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Posted by ブクログ
少年が歌舞伎役者となり、芸の精にまで到達する過程を青春小説のスタイルで描き貫いた小説だ。主人公の喜久雄は「世間」や「現実社会」である大人の世界を脇に置いたまま、成長、成熟し、人間界を脱する境地に行く。
それが、この小説の語り口とも符合している。冒頭の長崎の場面では、地元方言がふんだんに出てくるが、一貫しての「ございます」調で同化せず距離感を醸す。舞台が大阪に移ると、今度は語りが生き生きとしだす。登場人物とも語調が合い、喜久雄の息遣いまでが感じられる描写を続ける。さらに舞台が東京に移ると、俯瞰的で世間の眼差しを含みだす。
この小説の語り手は一体誰なのだろう。作品の最後に次のような記述がある。
「しかしそれでも、この歌舞伎座の大屋根から見下ろしておりますと、その不器用な役者の姿が、父親の仇を討とうと、朝礼の最中に駆け出した、あの一途な少年の姿に重なってくるのでございます」
語り手は、歌舞伎座の大屋根から喜久雄の姿を見つめるのだ。それは芸の神様か。いや神ならば、喜久雄が自分たちに近づいてくるように描き、遠くに離れていくようには語らないはずだ。では生きている者の視点か。喜久雄の長い人生を同伴する登場人物は春江や徳次がいるが、彼らの芸の理解は役者とは別次元にあるだろう。
俊介の父であり喜久雄の師である二代目半二郎が、長崎での喜久雄との出会いから語り始め、死してなお語り続けたか。
芸の神様は、喜久雄に人間を超えさせようとする一方で、俊介には人間の「業」を与えた。俊介は長男を失い、父からの遺伝による糖尿病で両足を失い、命を落とした。人間の業もまた芸の重要なテーマだ。
喜久雄と俊介。天才二人が芸の真髄を追求する姿は実に美しい。半二郎は二人を育てたが、俊介に血を残す人間的な役者だったのではないか。
Posted by ブクログ
映画公開直前に上巻だけ買ったものの、映画を先に3回観てしまったので積読していた。
映画は言わずもがな神作だったが、本は映画よりもひとりひとりの人物について深掘りされていたり映画にはなかったエピソードも描かれていて、遅くなってしまったけど読んでよかった!!つまり映画も本もどちらも最高傑作です。
独特の語り口だし知らない言葉もたくさん出てくるのに内容がスルスル頭に入ってきて一気に読めたのは、映画を観ていたおかげで映像が浮かびやすかったのと、ストーリー展開がテンポよくて面白いからなのだろうなと思った。
徳次の人物像やマツとの関係性が深掘りされているところ、あとはやっぱり喜久雄と俊介の関係性やふたりの葛藤、苦悩が刺さった。
Posted by ブクログ
映画を観た後に小説を読みました。
映画でいまいちピンとこなかった部分は、なるほど、こんんにざっくりカットされていたからだったのかと、伏線じゃないけど伏線回収する感じでとても楽しく読むことができました。
(彰子はもっと大きな役割があったんだ!とか、藤駒と自身の娘にもっとちゃんと関わってたんだ!とか、万菊さん全然菊雄推しじゃないじゃん!とか)
実際の歌舞伎は数回しか鑑賞したことがなく、詳しくないので、映画のビジュアルを観ていなければ、歌舞伎の描写画面を読んでもピンとこなかったと思うので、歌舞伎に詳しくない私のような人は、映画を観てから読むとより楽しめると思います。
下巻に続く
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