これは日記なのだろうか、物語なのだろうか。
愛する宮の死後、「夢よりもはかなき世の中を嘆きわびつつ明かし暮らす」女のもとに、故宮の弟・帥の宮から橘の花の一枝が届けられる。
亡き人を思い出させる花橘の香りに、女は、
「薫る香によそふるよりはほととぎす聞かばや同じ声やしたると」
(あなた様は昔の人の香
...続きを読むりがするという橘の花を贈ってくださいました。私も亡き兄宮様のことが偲ばれてなりません。しかし兄宮様との昔を偲ぶのなら、私は郭公によそえて偲び、その声を聞きたい。「声だけは昔のまま」というあの古歌ではありませんが、懐かしい、昔と同じ声をしているかと)
と詠んで贈る。
帥の宮は、
「同じ枝になきつつをりしほととぎす声は変はらぬものと知らずや」
(兄宮の声が聞きたいということですが、私たちは同じ一つの枝に鳴いていた郭公のようなものです。声は兄宮と変わりないものと知らないのですか)
と返し、頼りない糸のような二人の恋が――まだ恋とは呼べぬものだけれど――ひっそりと始まった。
二人が交わす歌を中心に進められる物語は、地の文にも多くの歌が引かれ、歌と散文が融合したうっとりするくらい美しい文章でつづられている。
頼るものもない女(和泉式部)は悲しみの淵で帥の宮と惹かれあうが、世間の噂のせいで帥の宮の訪れは少ない。しかし途切れがちな逢瀬を重ねるうち、宮はだんだん女を深く愛おしく思うようになり、自分の邸に迎え入れようとまで思うようになる――。
構成は、原文、補注、現代語訳、解説、系図、略年表、参考資料として帥宮挽歌群、和歌初句索引、重要語句索引。
月の夜や雨の音を思わせる、しっとりと物悲しい恋の物語。
短いのでぜひ読んで欲しい秀作。