2002年に北朝鮮から帰国した蓮池薫氏が、帰国から10年を経て、初めて北朝鮮で過ごした24年間を綴った手記。2012年に単行本で発行され、2015年に文庫化された。
本書を読み終わって、北朝鮮で過ごした24年と帰国後の10年の蓮池さんの心の葛藤は如何ばかりのものであっただろうかと、心が締め付けられる
...続きを読む思いである。
蓮池さんは、「はじめに」で、本書を書き記す決断をするために、
◆何よりも日本に残るという決断が正しかったという確信が必要だった。それには子どもたちが意欲を持って自立の道を歩み出すことが最低条件だった。
◆ほかの拉致被害者たちの帰国を実現するうえで、いったい私がどうすることが適切なのか、つまり私がこのようなものを書くことが問題解決に有益なのかどうかを判断する必要もあった。
◆さらには、私自身が北朝鮮での生活を、むき出しの感情や感傷からだけでなく、一定の距離を置いて冷静に振り返ることのできる、心の余裕も不可欠だった。
といい、そのためには10年が必要だったと語っている。
本書には、蓮池さん自身の心の動き、葛藤についての記述が中心で、その他のことは意外に書かれていない。招待所に住んでいた他の人々のことはもちろん、家族のことですら最小限しか触れられていない。
また、かつて一部の市民運動家たちからは、「生還した拉致被害者はもっと多くのことを知っているはずだ。それを明らかにすべきだ」と非難されたとも言う。
しかし、蓮池さんは、誰に相談することもなく、「ここまでなら明かしていいだろう。これ以上は不味い」ということを、時の経過により変容した部分を含めて判断し、本書を綴っているのであり、その緊張感は並大抵のものではなかろうと、心中を察する。
そして、本書の中心となっている、蓮池さんが、家族が少しでも幸せに生きるためには何が必要かを考え、帰国の夢を断ち切り、我が子に自分たちは在日朝鮮人だと嘘をつき通したことには、言葉も見つからない。
また、北朝鮮の人々にも温かい目を向けているが、それは蓮池さんの心の強さと柔軟さの現れであると思う。
書かれていないことには理由があり、それを想像することを含めて、とても深く重い。
(2015年4月了)