上巻を読み始めた先月からずっと、日常生活を送りながらも頭と心の一部は平安時代に行っちゃってたので、読み終えてからしばらくの間放心状態だった。すぐ現実に戻れなくて、戻りたくない気持ちもあって。ラストがあまりにも寂しくて涙が出た。
本作は紫式部の物語ではあるが、紫式部一家の、家族の物語でもある。そして
...続きを読む天皇家や中ノ関白家はもちろん、複雑な藤原家一族どうしの関係の中で、それぞれが恋をしたり出仕したり、自分や家族の出世に喜び喜ばれ、妬み妬まれ、持ち上げられ蹴落とされ、多くの人が死に、生まれ、さまざまな人生が交錯してゆく。
〈本質的には現代人と変らぬ生き身の人間として、登場人物を描くことにつとめた〉と著者も「あとがき」に書いているように、読んでいる間ずっと私の目の前で、小市(紫式部)たちが息をし、しゃべり、和歌を詠み、必死に生きていた。みんな、確かにそこにいて、家族のようにいっしょに過ごした。
「全集版あとがき」には、どことどこが史実なのかが示されており、この物語の信憑性がグッと増して感慨深い。〈文芸作品というものは和歌一首にしろ、詠み手の内面と断ちがたく結びついているし、まして長尺の物語を紡ぎ出すとなれば、作者は持っている力のすべてを投入せざるをえず、その作品は作者本人の全人間的なものの投影とな〉るものであるから、これからは小市の人生を重ねながら『源氏物語』を読むことになるだろう。そういう味わい方ができることがうれしい。
こんなに人間的な小市が立体的に立ち上がり、またこの時代を生きた他の人たちも、一人一人を生き生きとイメージできたおかげで、多くを知ることができたし、かなり理解が深まった。本当に読んで良かった。
『散華』というタイトルが、心に深く深く沁み渡った。