◆幸之助を選んだ理由は、はっきりしていた。幸之助の条件が、誰よりも一番悪く、厳しいものだったからである。<だからこそ、人からもろうた人生ではなく、自分自身で人生を作っていくことができるんや>むめのは若い頃に奉公した船場の商家の女主人の言葉を思い出していた。あんな人みたいになりたい。だからこそ、自分もその言葉を貫いてみたい。そう思っていたのである
◆むめのは、相手に尽くす生き方を母こまつに教わる。人生で一番うれしいことは、相手に喜んでもらうこと。それが、むめのが学んだ教えだった
◆<運針はたしかにスピードの勝負になる。でも、その初めは、誰でも針の穴に糸を通すことから始まる。まずは、静の一点で相手に先んじたら、ええんやないか>(むめのが技芸学校時代、競技会で負けた悔しさから気づいたこと)
◆「こう言いましたら、向こうの方がこうおっしゃったので、私はこう申しました。そこまでちゃんと報告するんやで」ここまで終わって、やっと、「ほな、よろしい。ご苦労さん」となるが、子どもたちにとっては、「ご苦労さん」と言われるまではひと苦労だった(むめのを育てた母、こまつのしつけ)
◆「できません、ではいけません。私はよういたしません、と言って教えを請うようにしないと」それは、後にむめのが、よく若い者に伝えた言葉となる
◆<このお人には、なんや運がついているみたいや>
練物の製造方法がわかったことに続いて、100円ほど足りなくなっていた資金についても、友人に貯金のある人がおり、林と二人で説得の末、100円を借り入れすることができた。「事業をする、ということは、人の支援が不可欠になる、いうことやな」
◆<お母さん……>
淡路島から持ってきてくれた新しい着物の上に、紙包みがそっと置かれていた。開いてみると、お金が入っていた。むめのはその包みをおし抱いて深々と頭を下げた。<何もかも、お見通しやったんやな>
◆「なんや、おまんは商売に口はさむんか」
「幸之助さん、これは商売の話やおまへん。人間の話や。人間としての筋が通ってない話は、どんなに商売がうまいこといったかて、そんだけのこと。幸之助さんがしたいのは、そんな商売でっか」
◆喧嘩が終わったら、先に話しかけるのは女でないとあかん