朝ドラ『エール』風俗考証の方による古関裕而評伝。古関さんの曲は昔藍川由美さんのアルバムで聴いてから旋律の美しさが耳に残りずっと気になっていました。
意外だったのは、古関さんには天才大物作曲家のイメージがありましたが、戦前(1930年代~1940年代初頭)に本格ブレイクするまでに実に時間を要していたこ
...続きを読むとです。一応「船頭可愛いや」はヒットしていますが(朝ドラでも古関さんをモデルにした裕一青年がヒットを出すまでの不遇ぶりが描写されていました)、頁をめくってもめくってもなかなかブレイクしない! という状況が延々と続くので、その辺りは読んでいてなかなか辛かったです。
天才音楽家が、音楽の芸術性と大衆性との狭間で苦しみ、聴き手の心を掴むことにより覚醒する、という構図は「音楽家あるある」であり、本書でも恋愛や風俗を上手く取り込むことで大衆性を確立したポピュラー音楽家の代表格として、古賀政男さん(朝ドラには主人公のライバルにして友人の木枯青年として登場)と対比的に採り上げられています。
古関さんの場合はその本格的な覚醒が訪れたきっかけが皮肉にも「戦争」であったということで、彼の作る人の心を鼓舞しつつどこか哀感のある美しい旋律が、挙国一致で戦争に向かう日本の空気と軍部の思惑とにマッチして、人気作曲家へと登り詰めて行き、戦後、自らの曲にのせて戦地に多くの人々が送られ犠牲になったことを大いに悔恨することになります。
ただし、本書の記述からは、戦前戦中も翼賛体制に真面目に協力する一方で、ご本人の人柄のほか、従軍音楽家として戦地に赴くなどした体験から、銃後の民、そして戦場の兵士達に共鳴する心を常に持ち続けていたという印象が伝わってきます。そうした心が敗戦や原爆のもたらした悲しみ、苦しみに打ちひしがれた人々を励まし心に灯をもたらす作曲家としての戦後の活躍に繋がったに違いありません。
晩年、テレビ番組で彼の業績が採り上げられる際に徐々に戦前戦中の作品が演奏される機会が減っていったという記述が本書終盤にあります。軍靴の響きと戦争にまつわる悲劇を連想させる音楽が避けられる状況はとても理解できますが、古関さんの場合は戦前戦中と戦後の活動とがある意味首尾一貫しているので、あらゆる時期の作品を聴くことにより、より作品への理解を深められて、音楽の魅力を楽しむことができると思いました。
ところでもう一つ気になったのは古関金子夫人です。朝ドラで彼女をモデルにした「音さん」についてはまだ、音楽学校で正式に声楽を学んでいたが出産育児のため志半ばで中退、という段階ですが、金子さん、その後も個人レッスンで声楽の勉強を続け、戦後に生まれた末っ子の子育てをしながらラジオ番組とは言え夫作曲のオペラナンバーを歌唱したのみならず、詩吟や油絵も学び、油絵は絵画団体のコンクール入選って多才過ぎるのでは……。本書では彼女を「作曲家・古関裕而」にとって最も重要な存在と位置付けしながら生涯についてはそんなに掘り下げていないので、ちょっと別の本も読んでみないといけないかも、と考え始めているところです。