他国はこんな国だと評価する際、私たちはどれだけ確固たる根拠に基づいて考えられているか。私たちがある国に関して持っている情報がどれ恣意的な操作と選択をされてきたかのか。
そういう想像をさせてくれる本だった。
何かを「判断」する前に「理解」が必要だというのは当たり前のようであると同時に詭弁にも聞こえ
...続きを読むる。なぜなら、国と国との関係という複雑な事象においてはそれを完全に理解することなどほとんど不可能だからだ。また、個々人が他国に関して専門家レベルの理解を持たなければなんらかの判断を下してはいけないわけではないから、理解が必ずしも必要かと言えばそうではないと言える。実際にこの日本には、事実をもとに他国の状態をある程度理解できている人もいれば、ほとんど正確な情報を持たずに国の名前を見ただけで全てを否定する人もいる。だがそのどちらも主権を持った1人の有権者で、両者の一票の価値は等しい。(ちなみに、ここでいう理解というのは譲歩のニュアンスを含んだ言葉ではない。事実に基づいた情報があるかないかという話である)
法的な観点からいえば、私たちに他国を理解する義務は全くない。しかし知ろうとするならば適切な情報を得ることができ、その情報は短絡的な判断を阻止する。私は相手を知った上で判断するか知らないで判断するかなら、前者の方がいいと思っている。
だからこそ私は筆者の本を手に取り、中国という国を知ろうと試みた。本書はそれに大きく資するものであったばかりか、ひとつの読み物として上質であった。何度も読み返すたび何度も興味深い。