戦後の歴史学を領導してきたひとりである著者が、文学作品としての『平家物語』について考察をおこなっている本です。
著者は「あとがき」で、『平家物語』にえがかれている治承・寿永の乱の歴史について研究をおこなっているときに、「いつもこの物語のことが念頭にあってはなれない」と語っています。そして、すでに江
...続きを読む戸時代から『平家物語』の記述が歴史上の事実そのままではないという指摘がおこなわれてきたことに触れつつ、「平家物語を独立の物語=文学として正しく理解する努力を自分でやってみてはじめて、歴史の研究者は平家のもつ力から解放され、平家物語を全体として歴史研究のなかに生かすことができよう」と述べています。
著者は、平氏の滅亡へといたる道筋をえがいた『平家物語』の運命観に注目しながらも、歴史のなかに生きる人間たちの種々相が「物語」のかたちであつかわれているところに、その文学的な生命を見ることができることを主張しています。また、貴族の信濃前司行長によって原作が生み出され、琵琶法師によって音曲に乗せられて語られることになったこの作品の「語り物」としての性格に注目し、『平家物語』がどのような歴史的条件のもとで生まれ、人びとに受け入れられていったのかということについて考察を展開しています。
著者は歴史学者ですが、それだけいっそう「文学」としての『平家物語』の輪郭を外から明瞭にえがき出すことに成功しているように思います。