明治の偉大な建築家、辰野金吾の設計で東京駅が完成したのは大正4年のこと。事務所の弟子たちが笑いあう情景が描かれている。
「東京駅の見物客は今でも毎日一万人近くおり、乗車口も大賑わいです。『やあ、えらいもんだな』と大理石の円柱を撫でまわしている婆さんや、便所掃除用の水栓を弄りながら、どんどん水が
...続きを読む流れるので、『これは大変だ。誰かとめてくれえ』とあわてて、頓狂な声を挙げ、助けを呼ぶ田舎の爺さんもいました。」
100年近く経って今年、東京駅復元工事が完了した。連日多くの人が押し掛け、かつてと同じように、感嘆の声をあげている。今ほど、この本を読むのにふさわしいときはないように思う。
本書では、辰野金吾がどのような思いをもって仕事をしていたのか、工部大学校時代のジョサイア・コンドルや、イギリス留学時代のウィリアム・バージェスの教え、同級やライバルの言葉や、生き様とともに語られる。それは、辰野の伝記である以上に、近代日本において建築という学問分野と、建築家という職業が確立されていく過程の記録である。
筆者はあとがきで、「あの赤い煉瓦の壁を見ていると、われわれは往時、日本人が西洋化にかけた情熱、執念、誇りを懐かしく感じてしまう。それはまた、現在に生きるわれわれを力づけるなにものかでもある。」という。
これは、単なる建築物としてそこに建つだけでなく、沢山の人に愛され、多くの思い出を集めてきた東京駅を語るのにふさわしい物語だと感じる。イギリスからコンドル先生がやってくるシーンなど、いよいよ始まるのだという感覚にぶるっときて、思わず姿勢を正してしまう。辰野金吾という建築家とその当時の建築界について、いきいきと伝える良書である。