インド生まれ、1998年にノーベル経済学賞を取ったアマルティア・センの著書。
「飢饉」が何故起きるのかと探り、食料総供給量の減少によるという従来の通説(FAD)を、原因としてそれだけでは説明できないとして退け、或る階層の人々が食料を手に入れる権原が損なわれるためである、という自説を展開する(権原アプ
...続きを読むローチ)。
実際の大飢饉、ベンガル、エチオピア、サヘル地域、バングラディッシュでの統計データに基づいて、詳しく分析しているのだが、数値データを経由して、現実界の様相がそれとはかけ離れた抽象的な学の論理へと跳躍するさまは、デリダなんぞを待つまでもなく脱構築的なスリリングさだ。経済学は社会学的観察から遠い数学的理論に突き進むというこの飛躍・断絶ゆえに面白い。
もっとも、経済学の場合、抽象的理論に留まることなく、常にそれによって政策を導出しようという効用性が重要となる。ケインズの書物がこの実態を明瞭に示している。
センの本書では、大飢饉という悲惨において、「実は国家全体としては食料供給量は十分な状態であり、あまつさえ食料を他国に輸出している状況にありながら、一部の国民はその食料が入手できずに餓死していく」という理不尽な現実を解明する試みとなっている。
その後この経済学説が、学会においてどのように受容されているのか知らないが、少なくともこの本はひとつの「意外な知見」へと導かれるその道程によって面白い。
もちろん、センはFADを全く否定しているわけではなく、「それとは別の仕方で」飢餓の原因にアプローチするひとつの手法を呈示しているのだと理解する。