本書はプラトンの代表作のひとつで、ソクラテスの刑死の日に、ソクラテスと弟子たちとの間で議論された「魂の不滅」について、その場にいた一人のパイドンが、その日のことについて尋ねてきたピタゴラス派の哲学者のエケクラテスに話をするという形式で進む対話篇です。
紀元前三九九年の春、ソクラテスは謂れのない罪で
...続きを読む告発され、死刑を宣告されて牢獄に入れられました。それまでに詩を作ったことがなかったソクラテスですが、入獄後は作家のアイソポスの物語を詩に直したり、ギリシア神話の神であるアポロンへの賛歌を作ったりしていました。訳を知りたい弟子たちにソクラテスはその理由を話し、最後に彼は弟子に、ソフィストの一人への伝言をお願いしました、「できるだけ早く自分の後を追うように」と。弟子の一人はソクラテスが死を勧めることに大変驚きました。そして、その者は喜んでソクラテスの後は追わないだろうと答えたところから、議論が始まります。
ソクラテスは、死は勧めましたが、神の意志に背くということで自殺をしてはならないと説きます。それでは自殺ではないにしても、なぜ死を勧めるのでしょうか。ソクラテスは、死後、この世を支配する神々とは別の賢くて良い神々のもとに行くことと、この世の人々よりはより優れた死んだ人々のもとにも行くと信じていました。そして、哲学者は死後にはあの世で最大の善と智慧を得られるとも考えていました。死後にはすばらしいことが待っているから死を勧めていたのです。しかし、それには条件があり、魂が肉体の愛慾、欲望、恐怖などにまみれていない状態でないといけません。従って、生きているうちから、死んだ状態になること、魂を惑わす肉体から魂を分離すること、言い換えれば、生きたうちから死の練習をする、その重要性を説きました。
しかし弟子の一人は、人が死ぬと魂は消滅してしまうのではないかと考えました。そこで、魂の不滅を証明するために、ソクラテスは生成の循環的構造、想起説、魂とイデアの親近性、想起説と「魂は調和である」という説とは両立しないこと、そしてイデア論を挙げて話を進めていきました。
弟子たちは幾度か反論しながらも、最終的に魂の不滅について納得しましたが、事柄の大きさ、人間の弱さにより、なお語られた内容について不安を抱いていました。そこでソクラテスは、魂の不滅とイデア論は信じられるものであっても、より一層明晰にそれらを検討しなければならないと主張しました。
そして最後にソクラテスは、もしも魂が不死であるならば、生きている間だけでなく、未来永劫のために、魂の世話をしなければならず、また、これまでの議論に従って生きようとしないならば、今ここでどれほど多くのことを熱心に約束したところで、なんの役にも立たないということで、話をまとめられました。
弟子たちと議論を尽くしたソクラテスは、死ぬ間際になっても尚、魂の不死を信じていましたが、弟子たちは不安でした。論理的に答えを導きましたが、彼らはそれを裏付けるために自分で魂を見ることはおろか、今までに見たこともない訳で、目に見えない形而上学的な事象における結論を確信できる心境には至らなかったのでしょう。理性によって正しく答えを導き、かつそれを信じていく難しさが垣間見られます。