昭和26年から昭和29年(西暦でいえば1951年から1954年)にかけて発表された、全13編からなる初期短編集。
このうち「陰気な愉しみ」と「悪い仲間」が芥川賞受賞作。
クセがあるようでないようで、解説にも書かれていたが非常にニュートラルで読みやすい文体を書く人だな、と思う。
かなり以
...続きを読む前の作品であるから、使われている単語や歴史的な背景には古臭いものもあるのだが、その文体だけはとても現代的。
思うに当時にこの文体を読んだ人は、確かに「モダンな文体だ」と思っただろう。
殆どの作品の根底に横たわっているのは「自己嫌悪」であり「罪悪感」であり、「自己憐憫」であるように思える。
脊髄カリエスで苦しんでいる間、ずっと自己を見続けていた結果なのかも知れないが、これらの心理描写が非常にたくみで、まるで目の前に「ほら、こんな感じでしょ」とまざまざと披露されているように思えてくる。
その都度その都度、点としての心理描写もさることながら、心理の変遷というか、ゆるやかな変化や突然の豹変の様など、まるで読者である自分自身の心理が、作品と同期を取られるが如くコントロールされているように思えてしまう。
私小説のようでいて、僕が私小説から受ける閉塞感みたいなものはあまりなかったように思う。
作者自身が解説の中で「実際、小説を書くためにわざわざ架空の自己など設定しなくとも、自己というのはそれ自体が、“架空”と見えるほど奥深いものであって、それを探ることは生じっかな小説を書くことよりもずっと小説的な作業ではないか」と書いているように、そこには作者自身というよりも、もう一つ上のレベルに立った状態で自分自身を見つめたうえでの「自己」を書き写したように感じる。
だから、そのニュートラルな文体と相まって、息苦しさを感じずに済むように思える。
いずれにしても、とても面白く読み進めることが出来た。
名前は以前から知っていたのだが、遅まきながら今回初めて読んだ作家。
今年の初めに鬼門に入ってしまった作家。
もっともっと早く読んでおくべきだった作家。
遅まきでもいいから、他の作品もぜひ読んでみたいと心から思わせてくれる作家。
そんな作家に出会えたことに感謝している。