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「成功」「出世」「自己実現」など、くだらない――。名著『逝きし世の面影』の著者、初めての語りおろし。戦前の最先端都市、大連で少年期を過ごし、その後の熊本への引揚げですべてを失い、戦後を身ひとつで生きぬいてきた著者が「自分で自分の一生の主人であろう」とした半生を元に語る幸福論。
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Posted by ブクログ
菊ちゃんが最近興味あるってことで渡辺京二さんの本をひっぱり出して読んでみた。こういう本をちゃんと押さえて収拾しているから、なかなか蔵書を捨てられない。言い訳はそのくらいにして… なんだろ、戦前、戦中、戦後を生き抜いてこられたの言葉にはぐうの音も出ない。しかも、歴史に詳しい。時代を超える人間の本質を...続きを読む見据える考察がある。 ほんでもって俺の考えもまんざら間違ってなかったと勇気づけられた。若い人が読んでどう思うか?感想を聞いてみたい。
「来山は生まれた咎で死ぬる也 それでうらみも何もかもなし」小西来山の辞世の句が紹介されている。 けれど、そう簡単に達観は出来ないだろう。 自己愛がどんどん強まる現代のみなさん。極まった自己愛の裏側には、本当はもうそういうのはやめにしたい、ひっそりしていたい、という気持ちもあるのではないか。と...続きを読むころが社会はとにかく前に出ろ、顕示しろと急きたてる。 著者は集団に対する二つの思いの兼ね合いがあってよいという。所属したい気持ちと離れたい気持ち。極端なナショナリズムを常時持っている必要もない。 決して手を抜けとか逃げろとか、そういう話ではない。もちろん楽しみを放棄するわけではない。 生きるために精一杯やって、それが結果として有名になることもあるが、無名がベースだ。 (自分の基準で)清潔に生きて、無名で死ぬに限る。 ちゃんと読まないと誤解されそうな本であるし、自分も誤解しているかもしれないが、昨今、自分が目指そうとしてきた方向に光が灯ったようで、結構安心している。
国家と個人との関係についてはいささか意見を異にしますが、あとはまったくその通りだと思いました。「無名の人生」、理想です。
「人間死ぬから、面白い」とは、言わなかったけど、 そういう本になってしまったという京二さん。 そう簡単に人生が進むわけもなく、 そう安楽に人生が終わるわけでもないことを、 渡辺さんはよくご存じだ。 自分の人生に主人公でいたい、というのは、 とても共感する。 たいした人生でも、たいした人間でもない...続きを読むけれど、 自分が感じる小さなうれしさを大事にしながら、 天寿を全うできたら、と思う。
タイトルに惹かれて購入。 作者のことは全く知らないので、前半の作者の生い立ちの話は正直退屈だった。 中盤の江戸時代の考察がすごく面白かった。 「説教がましいなぁ」と思うとこや、「そういう視点もあるかぁ」と思うとこが代わる代わる出て来る。ユーモアもあって吹き出すとこもあった。あとがきでは編集者に言いく...続きを読むるめられて作ったみたいなことも書いてあり、いいわけがましいところが人間臭くて作者が好きになった。
今の世の中を相対的に見る、その対比の一つとして江戸の暮らしというものを、懐古趣味ではなくフラットに見れば良いのだろう、明治維新賛歌は少し見直したほうがいい。
80歳を超えて、なお文筆活動をこなす著者が目の前に控える死を意識いながら、語る人生訓。戦後すぐの混乱期をを生きてきた人間の芯の強さが詰まっている。平和な時代だけを過ごした人たちにはなかなか達観できない境地だ。 著者のスタンスは、昔は皆が思うほど悪くないということ。といって、「最近の若いものは…」と...続きを読むいう結論ではない。古い時代、新しい時代、それぞれの良さを認め、到達した結論は「人間、死ぬから面白い」だ。 死があるから、生が輝き、生に喜びを感じ、生に執着する。生きてさえいれば、成功とか出世とかどうでもいいと、著者は語る。
隠者の風のある評論家がその生き様を語ったもの。著者は幼少期から京都、大連、熊本などを点々とし、老いて後、娘夫妻の家に身を寄せるまで借家ぐらしの流転の人生を歩みます。 心情的にどこにも属さない、あるいは故郷なるものを持たないそのマージナルな生きざまは、まさしく知識人の原点に沿ったものといえるでしょう...続きを読む。(サイードが"知識人とは何か"で語る知識人像をこの人が体現しているように思えます) 「成功」「出世」「自己実現」などくだらない、出世とは嫌々するもの、などシニカルな世界観が染みます。 ○だいたい部長になるのとヒラのままでいるのと、給料にどれほどの違いがあるというのか。大したことはないでしょう。それよりも、組織に身を置く置かないにかかわらず、清潔な生き方を目指したほうがよほどいい。 ○しかしながら、人間というのら元々肩書きのない存在だ。サルを見てみろ、サルに肩書きがついているか?職業人として肩書きにふさわしい仕事をすることも大事だけど、その一方で、肩書きのない自分が本当の自分であることを、いつも心の片隅に持っておいて欲しい。
そのままでいいのです 渡辺京二さんの著作にふれるたびに なんども うんうん これでいいのだ と うなづいている自分に気付く ことさら 難しい理屈が言われているわけではない でも ついつい人が陥りがちなちょっとした奢りを 鋭く指摘される 私たちのDNAにもきっと 潜んでいるであろう きちんと まっ...続きを読むとうに 生きてきた人 を 改めて意識させてもらえる 「心のあり方」の民芸復興運動のような一冊です
本書はエッセイ集であるが、不思議な感覚を持った本だった。 「あとがき」に、この本の成り立ちが書かれているが、筆者がインタビューを受けたものを文章に起こして新書化したもののようである。インタビューがベースになっているので、書いてあることが「軽い」感じがする。また、筆者が「自分の話したいことを話す」とい...続きを読むうことで出来ていると思うが、従って、テーマが割と広範にわたる。 全部で6章の構成となっている。1章は、筆者の生い立ち。2章はどちらかと言えば「年寄りの繰り言」的な話。3章は幸福論とでも言うべきもの。4章は江戸時代、5章は国民国家についての内容。最後の6章は「無名のまま生きたい」という題名であり、本書全体の書名とも重なっており、筆者の人生観を示している。面白く読める部分もあれば、あまり面白くは読めない部分もある。 私が本書を手にとったのは、筆者が書いた「逝きし世の面影」という本を10年前くらいに読んだことがあり、それがとても面白かったからである。10年ぶりの渡辺京二であるが、その間、筆者の他の本を読まなかったのは、この方の本を書店で見かけることがあまりないから。 渡辺京二は1930年8月1日生まれ。本書は2014年の8月20日の発行なので、筆者が80歳代前半の時のものだ。この本は、特に面白い本だとは思わなかったが、80代になってこのような本を出版出来ること自体が既に驚異的なことであり、敬意を払わざるを得ない。 筆者は昨年の暮れ、2022年12月25日に亡くなられている。92歳であった。亡くなられたという報道を読み、筆者の作品を読んでみようと思い立ち手にとったのが本書。他の著作も続けて読んでいく計画。
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渡辺京二
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