田中圭一× 『宇宙兄弟』小山宙哉先生インタビュー
手塚治虫タッチのパロディー漫画『神罰』がヒット。著名作家の絵柄をまねたシモネタギャグを得意とする。また、デビュー当時からサラリーマンを兼業する「二足のわらじマンガ家」としても有名。現在は株式会社BookLiveに勤務。
インタビューインデックス
- 20歳で初めてペンを持った遅咲き漫画家
- 近未来だけど読者にやさしい世界観
- 抑えた演出が逆にドラマを光らせる
- カラー版でこだわった「色使い」と、『宇宙兄弟』の「これから」
20歳で初めてペンを持った遅咲き漫画家
――まずは、小山さんがマンガに目覚めた作品について教えてください。
小山:『SLAM DUNK』 (※1)です。僕が小学5年生から高校2年生の間に連載していました。その頃はマンガを読んで感化されやすい時期でしたし、すごくハマって読んでましたね。
――90年代の初めですね。あの時代のジャンプは『DRAGON BALL』『るろうに剣心―明治剣客浪漫譚―』『幽☆遊☆白書』など、ヒット作が揃った黄金期でしたよね。その中で『SLAM DUNK』に惹かれた理由は何でしょうか?
小山: やっぱり主人公・桜木花道というキャラクターですね。もし、最初からバスケットボールで話がグイグイ進んでいたら、もしかしたらそこまで惹かれていなかったかもしれない。最初はヤンキーものっぽいノリで始まって、ギャグ要素もあって……そこにいる花道という面白い奴がバスケットを始めたらどうなるんだろう、という見せ方にハマったんだと思います。
――うんうん、やっぱりキャラの魅力は大きいですよね。その後、自分でマンガを描こうと思ったきっかけは何でしょう?
小山:専門学校のデザイン科に在籍していた頃なんですけど、自由課題の時、みんながパソコンでデザインをやっている中、僕は一コママンガ集を作ることにしたんです。そこで、あるあるネタのようなマンガを描きました。それが最初です。ただそのころは漫画家を目指していたわけではなかったです。その後、20歳くらいでストーリーマンガを描き始めました。
――それが初めて本格的に描いたマンガなんですね。20歳になるまでほとんど描いたことがなかったなんて、ちょっと信じられないですね。小山さんの作品からは、幾多の経験を積んだベテラン作家のような風格を感じますから。
描かないまでも、それまで多くのマンガや映画を読んだり観たりしてきたなど、小山さんという才能の血肉になっているものが豊富にあったということでしょうか?
小山:マンガは他の人に比べて読んでない方だと思います。うちのスタッフの方が、4,000冊持っているって人もいるくらいで。
――多くの作品を読んで、そこから「面白いマンガを描くためのノウハウ」をたくさん吸収して引き出しを多く持っているというわけではないんですね。意外だ。
小山:多くはないですね。自分がハマった作品だけは集めてました。最近になってからかな…色々なマンガ・映画・音楽に触れるようになったのは。
佐渡島:小山さんはあまり自覚していないと思いますが、読んだ作品は少なくても、そこから記憶している情報量が多いんですよね。その作品の話をする時、普通の人よりもシーンや絵などの細部まで覚えていますから。
――なるほど、六太が細かいことをよく覚えている性格なのは、小山さんの性格を反映しているわけですね。
小山:そうですね……もしかしたら僕自身のことも含まれているかもしれませんが、『宇宙兄弟』を描くきっかけとなった向井万起男さん (※2)の本を読んだ時に、向井さんの語り口や、人のことをよく観察しているところが面白かったので、それも反映されていると思います。
――なるほど。さて、20歳で初めて描いたというストーリーマンガ、その後はどうなったんでしょうか?
小山:とにかくまず1本、作品を完成させて持ち込みに行こうと思っていました。それはプロレスマンガで……実は僕、プロレスはそれほど好きでもないんですけど(笑)、ストーリーもややこしい作品でした。とにかくややこしい上に完成までの道のりが長くなりそうで、どうしようかなぁと悩んでいたんです。ある日、通勤途中の駅でハンチング帽をかぶった若作りのおじいさんが、小さい子と早歩きしているのを見たんですね。あのおじいさん、なんで早歩きしているんだろう?何かから逃げているのかな?……と、色々と想像していくうちに、「おじいさんが泥棒」という設定が浮かんできて、『ジジジイ』 (※3)という作品ができあがりました。
――プロレスマンガが完成しなくて、別の作品ができちゃったんですね。
小山:その『ジジジイ』をモーニング編集部に持ち込んで、MANGA OPEN (※4)で入賞したんです(入賞時のタイトルは『じじじい』)。
――初持ち込みで入賞ですか!野球で言うと、初めてバッターボックスに立った選手がいきなりホームラン!ですね。
小山:そうでもないんですよ。モーニングに持っていく前に、小学館のIKKI (※5)に持っていってます。僕が好きな松本大洋さん (※6)が描いている雑誌だったIKKIに、同じく好きな井上雄彦さん (※7)が描いているのでモーニングに、という順番で持ち込んだんです。で、IKKIで「台詞が多い。86ページは長すぎる」という指摘を受けました。
――最初の『ジジジイ』は86ページもあったんですね。
小山:IKKIで受けた指摘を元に、台詞を減らして作品をシェイプアップして、モーニングへ持っていったところ「面白い!」と評価いただきました。だからいきなりホームランじゃなくて、IKKIでは空振りだったんです。
――デビューされてから3本目の連載が『宇宙兄弟』ですよね。その間に絵柄の変化があったように思うのですが。
小山:はい、色々と試行錯誤して変えていきました。ペンを変えたり、早く描く方がいいのか?インクが濃い方がいいのか?など。『ハルジャン』 (※8)の絵柄が『SLAM DUNK』っぽかったので、そのタッチから離れようという気持ちがありました。まずは目の描き方から変えていきましたね。『SLAM DUNK』が巻を追うごとにマンガ的な絵柄からリアルな絵柄になっていったので、僕はマンガ寄りの絵柄に留めておこうと思いました。
近未来だけど読者にやさしい世界観
――『宇宙兄弟』の舞台は近未来でややSF的要素も含んでいますが、読者に難解さを全く感じさせない。これは一見簡単そうに見えて、実は漫画家としてものすごい力量が必要なんですよね。未来が舞台の作品は、現代では見慣れないアイテムや乗り物や建物がずらっと出てきて、しかもモノクロのペン画で描かれている。だから、読者は描かれている物が何なのか理解できなくて、一瞬混乱します。SF作品で読者を惹きつけることが難しいのは、こういった読者を混乱させる要素が多いからなんですが、『宇宙兄弟』は見慣れた物ばかりが出てきて、違和感を感じさせない。一部だけ車のデザインがちょっと先の未来っぽかったりして、それで充分に読者に近未来だと思わせることができる。リアルと空想の割合の匙加減が実に上手いんです。この絶妙なリアリティは苦労されている点なのでしょうか?
小山:あ、でもそこはツッコまれるところなんですよ。「○年先の未来にしては未来感がない」って。僕が未来の科学に興味が無いんじゃないかって思われがちですが、いま田中さんが言われた通りで、知らないものを描くと、その説明から入らないといけないですよね。その情報は、『宇宙兄弟』のストーリーにとっては余計なものになるわけです。だから「ギリギリの所でちょっとだけ未来っぽくしますよ」くらいの感覚で描いています。
――SF的要素もさることながら、例えばロケットに詳しい人がマンガを描いたとしたら、ロケットを飛ばすための技術論に走ってしまいがちです。でも、読者が観たいのはそれじゃない。キャラクターたちが何をするのか?どう感じるのか?……小山さんはそれを分かっているから、マニアックなSFには行かずに「人間ドラマ」を描いているんだと思いました。
ちなみに、その「人間ドラマ」という部分で知りたいのが、キャラクターの各エピソードについてです。どの話も具体的で共感性が高いと感じるのですが、それらは周囲の方々の体験談だったりするのでしょうか?例えば第19巻で、ケンジが分娩台でつらそうな奥さんの眉間を見当違いにこするシーンなど、出産の痛みを知らない男としては非常にリアルな感じがしたのですが(笑)。
小山:眉間のシワは実際に僕がやったことなんです(笑)。後から妻に「眉間じゃなくてお腹とかさすってよ」と言われました。ケンジ周りのエピソードは、僕の家族がモデルになっていることが結構多いですね。風佳の「かぺー!」も、子供が言っていたことをマンガに反映しています。
――なるほど、小山さん自身の実体験も活かされているんですね!
抑えた演出が逆にドラマを光らせる
――さて、それでは小山さんにとっての「一コマ」を教えていただきましょう。このシーン(第8巻 #71「公園におっさん2人」)ですか。JAXAの宇宙飛行士選抜試験の結果を、電話ではなく、わざわざ星加が六太に伝えに来てくれた場面。前半のクライマックスの一つとも言える、いいシーンですよね。このコマを選んだ理由を教えてください。