【感想・ネタバレ】『きけわだつみのこえ』の戦後史のレビュー

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Posted by ブクログ

保阪正康(1939年~)氏は、北海道生まれ、同志社大文学部卒の作家・評論家。2004年、菊池寛賞受賞。昭和史に関する著書多数。
本書は、1999年に単行本で出版され、2002年に文春文庫、2020年に朝日文庫から刊行された。
本書は、題名の通り、1947年に『きけわだつみのこえ』の元となった『はるかなる山河に』(東大版)が発行されてからこれまでの、『きけわだつみのこえ』を取り巻く歴史を辿ったものである。
著者は「あとがき」で次のように書いている。「『きけわだつみのこえ』(東大版、光文社版、岩波文庫旧版)は、戦後日本の文化的遺産である。この書がこれまでに三百万部近くも売れたという事実が、それを裏づけている。・・・本書を書こうと思ったのは、1995年12月に刊行された「岩波文庫新版」を手にとったからである。それまで私たちが読んでいた各社版の『きけわだつみのこえ』に、時代の制約による削除などがあったことは仄聞していたし、私なりにその事実をたしかめてもいた。したがって、「新版」には期待していたのだが、それはかなえられなかった。現在のわだつみ会の幹部たちは「新版」刊行時に、これが『きけわだつみのこえ』の「完本」だと胸を張ったが、これまでに多数編まれている戦没学徒たちの故人遺稿集と読みくらべても、「新版」には首をひねらざるをえないような個所が数多くあるのだ。」
そして、
第1章:『きけわだつみのこえ』の誕生~学業半ばで死んだ息子、兄弟、友人の霊を慰めたいという初心に早くも政治の影が
第2章:バイブルへの道~安保闘争のなかで『きけわだつみのこえ』は反戦を叫ぶ若者たちの「聖典」になった
第3章:倒された「わだつみ像」~既成秩序の破壊を叫ぶ学生たちは、学園に立つ知性と平和の象徴をひきずりおろした
第4章:「反天皇制」の中で~わだつみ会は昭和天皇の戦争責任を問う声を大きくあげることで会員を増やしていく
第5章:戦没学徒の「戦争責任」~一部会員たちは死んだ学徒にも戦争責任があると言い張り遺族たちを怒り悲しませた
第6章:追放された遺族~「わだつみ」を支えつづけた人々を「インテリ」たちが陰険なやりくちで追い出した
第7章:わだつみ学徒、五十年後の「死」~岩波文庫に収録された「新版」は戦没学徒の遺志を踏みにじる欠陥だらけのものだった
という展開で、『きけわだつみのこえ』が、いかに政治的に、或いは一部の集団の恣意的な独断によって利用されてきたのかを、明らかにしていく。
私は、『きけわだつみのこえ』には関心がありながら、これまで手に取ることはなかったものの、本書を読む前に、先入観なく触れておきたいと思い通読したのだが、家族や友人への愛、死に対する無念と覚悟、日本の将来への願い、(たまたま検閲を免れたと思われる)戦争や軍部への批判など、全篇に溢れつつも、学徒それぞれの境遇や個性を反映した思いには、強く共感を覚えた。
そして、本書を読んで思うのだ。『きけわだつみのこえ』に載っている戦没学徒の遺稿自体になんの罪もないし、その価値が減ずるものでもない。巻末の「解説に代えて」で片山杜秀氏が述べている。「死者の声を独占して政治利用することの虚しさは、明治国家以来の靖国神社の歴史にまず示され、戦後のわだつみ会の歴史においても残念ながらついには反復された。われわれは死者の声を一色に染め上げようとするあらゆる作り話に抗さねばならない。」全く同感である。
(2020年12月了)

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2020年12月18日

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