【感想・ネタバレ】国民主権と天皇制のレビュー

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Posted by ブクログ

国民主権とは何か?天皇制とは?一見相容れないこの二つはどう両立するのか?この疑問をこれほど理路整然と、しかも極めて平易な言葉で説明した書物を知らない。敗戦とともに統治権の総攬者としての天皇の地位は失われた。その意味では政体は君主制から民主制に転換した。これをもって国体が変わったと考える人もいる。佐々木惣一がそうだった。だが統治の主体が君主であれ国民であれ、それが国民の信託に基くなら、政治権力の正当性の源泉は国民にある。その意味に於いて歴史を通じて日本は国民主権であったと尾高は考える。天皇は形式的には国民が選んだ訳ではないが、天皇制がかくも長きにわたって存続したのは国民の支持があったからだ。

翻って主権というものが何にも制約されない絶対的な権力だとすれば、かかる権力は国民にもない。統治主体が従うべき究極の意思、それは実在する国民の意思ではなく、良き政治、正しき政治という理念でなければならない。あえて言えばこの理念(=ノモス)が主権だと尾高は言う。これが近代的な主権概念を換骨奪胎した「ノモス主権論」である。そして象徴としての天皇は、目に見えない理念的存在としての日本、及び日本国民を目に見える姿で指し示す。内閣総理大臣の任命を始めとする天皇の国事行為は、現実に行われる政治を国民の総意に基づくものとして意味づける形式である。かように純然たる象徴天皇は国民主権と何ら矛盾せず、むしろそれを表現し、可視化するものなのだ。

ポツダム宣言の受諾によって一種の革命が起こり、主権は天皇から国民へと移行したとする宮沢俊義は本書を厳しく批判した。宮沢の八月革命説は、国民を担い手とする憲法制定権力論とともに学界の通説となったが、尾高は戦前の天皇制を温存しようとする反動と見做された。尾高が主権のあり方を問題にしたのに対し、宮沢は主権の所在を問題にしており、論争はすれ違いに終わったが、宮沢の後継者芦部信喜も樋口陽一も宮沢のように憲法制定権者たる全能の国民を想定していたわけではない。芦部は憲法制定権力とて内在的制約に服すと考えたし、樋口は国民による憲法制定権力の行使を凍結すべきと言った。いずれも国民主権に立脚しつつ、宮沢のあまりにナイーブな国民への信頼を括弧に入れる。ノモスという理念によって裸の政治権力を統制しようとした尾高の問題意識と重なり合うのだ。戦後の憲法学は宮沢の八月革命説を「顕教」として奉じながら、実は尾高のノモス主権論を「密教」として受け継いだのではないか。

特筆すべきは石川健治による解説だ。解説というより尾高法哲学の生成・確立・進化を縦横に論じた独立した論文であり、圧倒的な密度と強度に言葉を失う。京大での若き日の原始信仰研究、デュルケムを経由したカントの先験哲学批判、フッサール、シュッツらウィーン現象学サークルとの知的交流、フィヒテの民族論への接近と植民地政策へのコミット、ノモス主権の着想を得たシュミットの具体的秩序論、京城学派の畏友清宮四郎による象徴天皇論の継承など、途方もなく豊かな学問世界に引き込まれる。尾高の現象学的法哲学は、良くも悪くも東大法学部の伝統である市民的リベラリズムとは異質だ。ケルゼン=宮沢俊義=横田喜三郎=長尾龍一的な価値相対主義にはない「毒」がある。戦前の京都学派や晩年の廣松渉が仰いだのと同じ「毒」だ。尾高が現象学に学び自己の哲学の基軸に据えたのは特殊を通じた普遍、乃至内在的超越と言えようが、それは特殊と普遍、内在と超越の無媒介的等置と紙一重でもある。石川は市民的リベラリズムの立場から尾高の「毒」を薄めようとしているのか、或いはその「毒」で市民的リベラリズムを内側から食い破ろうとしているのか。石川の今後に注目したい。

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2023年12月30日

Posted by ブクログ

天皇主権の大日本帝国憲法は、国民主権を謳う日本国憲法に「改正」されたが、国会の審議その他の場で、「国体」が変更されたか否かが大きな問題となった。著者は、主権が君主にあるか、国民にあるかという帰属の問題も一応は論じる。しかし、国民主権になったからそれで良しということではないとして、無限定の「実力としての主権」を批判し、「法の理念としての主権」、そしてその背景にある『ノモスの主権』を論じていく。

ノモスの主権を巡っては、宮沢俊義・東京大学法学部教授との論争があり、そのポイントは、本書第7章に、著者の簡にして要を得た紹介があるが、本書全体を著者自らが要約してくれているようなものなので、大変参考になる。

解説は、著者の研究の歩みを詳しく紹介してくれており、それ自体一編の研究論文のようで興味深いが、学術系文庫の解説とはいえ、もう少し一般読者に向けた書き方にして欲しかった。
本書が文庫化されたのは嬉しい驚きである。

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2020年05月24日

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