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プラトンの本に対する書評などおこがましいので、書評ではなく純粋な読書感想を思いつくままに述べたいと思います。本書は1000年後も読み継がれている名著だと思います。
*日本語訳が読みやすいです。難しく、かつ微妙なニュアンスの表現をうまく日本語にされていて、本当に読みやすかったです。また巻末の解説が極めて有用でした。あの解説がなかったら理解度はかなり低くなっていたと思います。
*本書は「国家」という題名ですが、まず正義とは何かという命題からはいります。そしてそれを深掘りする過程において、理想の国家像を描き始めるということですが、テーマはかなり広く感じられます。ただ読み終わって改めて思い返すと、すべてが関連していたのだなということがうっすらわかってくるという感じでしょうか。本書は全編通じて対話形式になっていて、私自身ソクラテスの言っていることがよくわからないな、と思う個所があると、ちょうど対話の相手が「よくわかりませんが」と受け答えをしてくれて、ソクラテスが具体的な事例で説明してくれる(例:動物に当てはめたり具体的な職業で説明したり)というケースが何度もありました。
*上巻の最後では美を事例に、美の実在(イデア)と美をまとっているものの違いを理解できるかどうかが哲学者(愛知者)とそうでないものの違いである、と指摘されていますが、美に限らずあらゆる場面において本質は何かを理解できる力がいかに重要であるか、改めて痛感しました。
*最近読み始めた禅の思想とはまっこうから対立している面もあります。たとえば本書では「同一のものが同時に静止しまた動いているということはありえない」と述べられていますが、禅の思想では「ありうる」となります(「禅と日本文化」鈴木大拙、などを参照のこと)。ただしそもそも対立していると感じること自体がプラトン的であり、禅の思想では対立していないとみなされるのかもしれません。いずれにせよ、どちらが正しいということではなく、比較するのはおもしろいと思います。
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なぜ今まで読まなかったんだろう。
タイミングなのか。
とても分かりやすく書いてある。とはいえ、対話についていくことができるということで、それを「知った」とは言えないだろうけども。
この訳は現代的に思える(苦労しない日本語)けども、1979年が初版なんて、驚いた。
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「国家はどうあるべきか」のような明らかに答えが無い高レベルな問いに対して,つぎつぎと答えがつけられていく様は爽快.根拠は無いが指針を示してくれるものを見てスッキリしたい方にはおすすめ.
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ソクラテス先生の僕が考えた最強の国家の巻。
プラトン哲学の集大成の呼び声も高い本書。
正義とは何か?という導入部から始まっており、
理想の国についての議論に移っていくという流れだが、
扱うテーマは職務や結婚、戦争など多岐に渡っており、
男性も女性も分け隔てなく向いている職務に着き、
幸福を皆で共有し、それを実現するために支配者は
真理を追究する哲学者であるべきと結論を出している。
個人的に印象に残ったのは以下の二点。
一つ目は、神々の不道徳な逸話を問題視している点。
ギリシア神話の神々のやることがひどいというのは、
「図解雑学ギリシア神話」の感想に書いたが、
神々を人々の道徳の規範とすべきという点において、
プラトンも問題視していたということが分かる。
彼らの後継者であるローマ帝国の支配者が、
絶対的に正しいキリスト教の神を選択したのは、
当然の成り行きだったのかも知れない。
二つ目は、早くも男女平等を説いている点。
この時代英雄と言えば戦争で活躍した者だったが、
その権利を女性にも平等に与えようとしており、
女性が戦争の訓練をすることを滑稽だとしつつも、
スパルタの訓練法も最初は馬鹿にされていたが、
今では誰も笑わなくなったと言う論に舌を巻く。
ただ、ギリシア人のみで結束することを説き、
異民族は奴隷要員としているのは残念。
下巻ではどんな議論がなされるのか楽しみ。
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【政治学の参考文献】
古代ギリシャの哲学者・プラトン(前427~前347)の代表作。
理想国家について論及した世界最古の政治学の書と呼ばれるもので、後の西洋哲学に絶大な影響を与えたらしい。
真の政治は哲学(学問)に裏付けられていなければならず、政治的権力と哲学的精神とが一体化され、多くの人々の素質がこの二つのどちらかの方向へ別々に進むのを強制的に禁止しない限り、国々にとって人類にとって不幸の止む時はないという。
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人間に正義はないが、国家は、みんなが分業して暮らしているので、利害調整のために正義が必要だ。正義は人間のためにあるのではなく、国家のためにある。政治は私利私欲のない、暇な人が、善意でやるべきで、そういう人じゃないと正義の守護者になれない。正義にみられるのではなく、正義であることが国家の正義の本質だ。だから政治家は音楽や文芸に親しむ感受性の強い人が良い。そういう人は権力に敏感だから、仮に他国と戦争になっても、第三国を巻き込んで同盟工作をかける知性を発揮するはずなので、大丈夫だ。などとソクラテスが語りまくる。
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・「熱でふくれあがった国家」(p141)を「理想国」に浄化するための方法を考察することが本書の中心テーマ。
・良い国家を作るためには良い教育が必要で、教育に悪影響を及ぼすものは徹底的に排除されなければならない。さらに、病弱な者は治療せずに死んでいくに任せ子孫も残してはならない一方で、有能な男女間には可能な限り多くの子種が作られるべきだ。そして、国家は有能な少数の者が支配するべきであり、国民全員が国家のために苦楽を共有すべきである。
・言論統制と優生思想と少数支配と滅私奉公とに基づいたこの「理想国」は、プラトンの死から幾千年後の20世紀になってようやく実現した。「もしそのような国制が実現したとすれば、その当の国家にとってすべてがうまく行くだろう」(p399)というプラトンの夢想は果たしてどうであったか。
・個人的には第2巻のグラウゴンの問いかけが本書最大の山場であるように思う(プラトンの中に既に社会契約説の萌芽があったことには驚いた)。「不正がバレなければ、正義よりも得ではないか」と冷厳たる事実を突きつけられたソクラテスは、真正面からこれに反論することはできず、倫理的見地から反駁せざるを得なかったという点も興味深い。
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プラトンの「国家」。
政治に関心のある僕としてはずっと読みたいと思っていた本で、周囲からは「難しい」と言われていたのでなかなか踏み出せなかったが、勇気を出してその扉を開いた。
構成は上下巻2冊で、さらにその中で大きな話を1巻(章)ごとに区切っている。
プラトンの理想国家について考察をソクラテスと周囲の人物の対話を中心に描写しており、ソクラテスの問答法がいかなるものかが分かる。
国家を統治するものはいかなるべき者がふさわしいか。
そういった人物をどう教育していくか。
そのようなことを議論しながら理想国家への道を模索している。
プラトンの考えは国家の守護者(統治者)は優れた哲学者がなるか、あるいは哲学者が守護者になるべきだとしている。
靴磨きが靴磨き以外の仕事をすることでその能力を発揮されないように、人には能力に合った相応しい役割があるという。
そしてそれぞれの民がそれぞれに相応しい役割を果たすことで国家に正義が成されるという。
では女性はどうか?
女性と男性は身体的な差異がある。しかし男性の中にも女性に近い人物や女性の中にも男性に近い能力を持った者もいる。よって女性も国防にあたってはその相応しき役割に準ずるべきだとする。
商人は節制を、軍人は勇気を、政治家は知恵を、それぞれ発揮することによって国家は正義を成すのである。
それではそのような優れた統治者をいかに育てうるのか?
まず第一に、生まれたときから触れる文学に気をつけさせるべきである。
神が悪魔に化けるとか、世の中が暗黒であるとか、そういった内容は避けるべきであって、勇気や正義に憧れを抱くようなものに触れさせるべきである。
では統治者は不幸ではないのか。
というものに関しては、利益の焦点はある一定の階層にあてるべきではなく、国家全体の利益に基づいて考えるべきであり、また優れた統治者は自身が国家の守護者としての行い自体が幸であると知るものである。
難解な論理展開と多様な例によってこの書をなかなかそのままにまとめることができなかったのは残念だ。
しかし現代の政治と比較してみたときに、「国家」から学べることは多分にあるはずだ。
マスメディアに踊らされ、国民は政治家の政策よりもスキャンダルばかりに関心を向け、政治家は政治家で政策以前に、政治家自身が国民の代表としての品位と道徳に欠けるのである。
「国家」のみならず古典は、現代の様々な問題について解決のヒントを与えてくれると思う。
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プラトンがソクラテスに仮託して語る国家の理想像、正義の本質。その議論は古代から今日に至るまで多くの人々に影響を与えてきた。今日の、建前上民主主義国家のなかで生きている我々にとっては、議論の前提となっている支配者/被支配者の二分法は非常に違和感があるが、この点を乗り越えていくことに『国家』の議論を批判的に継承していく鍵があるのではないか、と思う。
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これからもずっと読み継がれるであろう名著。「哲学」の全てが詰まっている。政治とは?徳とは?正義とは?幸福とは?答えよりも、思考方の勉強になるのでは。
プラトンは本当にユニークでロマンがあると思う。アリストテレスよりずっと好き。
岩波文庫にしては訳も分かりやすく、すらすら読める。
Posted by ブクログ
学生の頃に、夏期講習でこの本の講義を受講しました。
読んだ当時は、本書で展開されている理論がすべて理想論にすぎず、心を入れすぎると人生に悪影響をもたらすと思っていた。本書で展開されている理論、人間観、国家論なにもかもは誰もが思うことなのかもしれないが、それは所謂、官僚主義や共産主義、そして全体主義といった危険な種が植え付けらているからだ。
それから10年程たち、いろいろな経験を重ねていく内に、この本に書かれていたことをよく思い出すようになった。というのも、現代のような資本主義社会では、ミラン・クンデラの言う「資本主義社会に含まれる残酷で愚劣なもののすべて、詐欺師や成り上がり者の卑俗さを」目の当たりにしてきたからだ。
本書で描かれる国家論は決して歓迎できるものではない。
それでも、そこに描かれる国家像の美徳に、どこか羨望感があるのも事実である。
本当に大切なことは、本書で書かれている内容と、現在の世界の中間にあると思う。
これは人生の必読書だと思います。
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「正義とは何か、悪とは何か」を導き出すために、ソクラテスがその友人や弟子たちと対話していく話の、上巻。
これまで読んだ『ソクラテスの弁明・クリトン』と『パイドン』ではソクラテスの死の間際というタイミングであったのに対し、この国家は弁明・裁判から遡った時間軸になる。
そのためソクラテスの質問への回答や話しぶりではまだ悟りきったような部分がなく、それが故により親近感を湧きやすい。「死の直前」ならではの緊張感がないので落ち着いて読める印象がある。
「正義とは何か」、つまり「正しさとは何か」というのはテーマとして非常に難しい。人によって回答が違って当然と私には思われる。だからとてもこれと断言回答できない。
ソクラテスは、「正しい人間があるとすれば、正しい国家というものが分かれば、それを敷衍できる」といった論理で答えを探っていく。
では正しい国家とは何か。何がもっとも「良い」国家なのか。
理想の国家を定義するために、国家のサイズ、国家を構成する人々の仕事や役割、他国との関係性、婚姻や性交渉や出産育児、触れるべきOR触れてはならない音楽や娯楽の類などなど、微に入り細に入り最も理想的な国というものを定義していく。
この過程できっと紀元前当時の様々な生活様式、習慣、思想などの情報が現代まで残されてきたのだろう。貴重な情報源だ。
この理想の国家というのが、ソクラテスも上巻の終わり間際でいうように、実現可能とは言っていない。実現可能であるかどうかへの回答は難しすぎて、最大限実現に向かうにはどうしたらよいかという回答とさせてほしいし、それで十分なのではないか、という話をする。
事実、この理想の国家は、ヒトラーが真面目に捉えてしまって影響を受けたと思われるような、かなり非現実的な像が描かれる。
例えば「子供は生まれたらすぐに親から取り上げて、誰の子供であるかは絶対に知られてはならない。全子供が全大人の子供であり、特定の親子関係を持つべきではない」という実現が厳しい内容や、
「ギリシア人は内戦などによって敵を捕らえても奴隷にしてはならないが、ギリシア人以外では構わない」という差別に関わるもの、
「気持ちを明るくしたり奮い立たせる音階は使ってよいが、不協和音を用いた、悲哀や不安を表現するような音階は使ってはならず、そのような音楽を聴いてもいけない」という表現の自由や娯楽を制限するもの、
「優生な遺伝子を持つ子供は積極的に生み育て、優遇するべきで、そうでない遺伝子の子供は可能な限り少なくなるように仕向け、また当人たちにはそれを悟られてはいけない」という優生学の思想などである。
彼らは論理的に真面目に思考検討しているものの、今では物議を醸す露骨な男女差別的な発言も多い。
正義は立場によって変わる。国家の良し悪しも、その地理的特性や時代特性によって大きく変わるだろう。
本書から学べるのは、決して具体的なノウハウではない。
その論理的な思考法を一アイデアとして受け取ること。
当時の慣習や思想などの情報を得ること。
そして真摯に、目的となる困難な答えに向かって思考し、対話し続ける姿勢などである。
この姿勢こそ、一番心に刻んでいきたいものである。
本書の終わりでは哲人政治が遂に登場する。
最終的にどのような結末を迎えるのか、下巻を楽しみに次へ進もう。
Posted by ブクログ
すぐれた人間による統治(アリストクラティア)が理想。すぐれた人格的な素質と卓越した実践能力の持ち主(哲人)が、経験や感覚の堕落した世界から人々を真理へ導く。感覚の世界に生きる人々は洞窟の中で、灯に照らされて壁に映る影(偽の姿)を見ている。統治する者は、彼ら蒙昧な民を洞窟から連れ出し、まばゆい光、真の姿を教える。すぐれた人間による劣った人間に対する支配であり、強者による弱者の支配ではない。すぐれた男とすぐれた女を交配させ、生まれた子は公営の育児所で育て、すぐれた人間集団を維持する。▼統治する者は私有財産の保有を認められず、生きるのに必要な分だけ報酬が与えられ、民を幸せにするために奉仕する。▼民主政はダメ。平等で好きなように生きる自由が強調され、無秩序になる。民主政治は貧者による政治に陥る。貧者は目先の欲望に囚われ、理性的な判断はできない。ペロポネソス戦争で民主政アテネは王政スパルタに負けた。師匠ソクラテスを処刑したのも民主派の連中だ。プラトンPlato『国家』BC375
※アテネ・スパルタがペルシアを撃退BC449。ペリクレスBC443。アテネがスパルタに敗北(ペロポネソス戦争)BC431。衆愚政治。民主派による裁判でソクラテス刑死BC399。プラトン国家BC375。プラトン死去BC347。
ソクラテスは、アテネの青年をそそのかして伝統的な信仰から離脱させたとして、「毒杯を自分で飲む」の刑に処されることに。友人クリトン「逃亡の準備したから逃げて。あなたは判決が間違っていると主張しているのに、なぜ刑罰を受けるのか」。ソクラテス「裁判は不正だけど、脱獄もまた不正。脱獄は善ではない。不正されても、不正の仕返しをしてはいけない。ただ生きることではなく、善く生きることが大切」。プラトンPlato『ソクラテスの弁明・クリトン』BC399
ポリス。人々は市民共同体として共通のルールの下で協力する一方で、名誉・名声を得る競争をしている。弁論術で他人を操作したいと望んでいる。しかし、私たちは名誉・名声よりも、魂に配慮すべき。魂は不死で、死後に審判を受ける。プラトンPlato『ゴルギアス』紀元前4世紀
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すべての人は徳への資質を備えているが、一部の人はとくに自然(環境)への適用に優れており、徳の獲得・精神の向上に熱心であり、より人間的に完成している。レオ・シュトラウスStrauss『自然権と歴史』1953
市民としての徳(節制・勇気・知恵・正義)を身に着けた人々による指導が理想。精神的に卓越した人々が指導することで、独裁や専制に対抗できる。レオ・シュトラウスStrauss『都市と人間』1964
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対話の流れがはやすぎて時々迷子になった。
興味深かったのが、どんな人にも固有にもつ才能があり、それを見つけ出して国家のために役立てることの重要性を話していた。
知識という言葉はあくまでもカテゴリーという意味づけで〇〇の知識という使われ方をしていることを再確認した。
Posted by ブクログ
個人の話から国家、そして下巻の宇宙にまで広がるスケールの大きさたるや。
壮大なものではありましたが、その国家がしっかりと個々の人間と対応していて、ある種の比喩になっているのが面白いです。
下巻まで通読することをお勧めしたいです。
Posted by ブクログ
プラトンの『国家』、共産主義思想の原点であるとか、ナチズム的全体主義を正当化するために利用されたとか非常に悪名高いテキストなのだが、実際に読んでみると、なるほどと首肯する発言が多々あった。
理想の国家、理想の王国は現実では不可能であることが、壮大な歴史的実験によって証明された。とはいえ、なぜ国家があるのか。国家のあるべき姿とは何か、その使命とは、という方向性については決して間違っていないと思う。ユートピア工学ではなく、ピースミール工学によってよりましな国家というものを創っていくしかないのだ。
Posted by ブクログ
中学生哲学。
「不正のほうが正義よりも得になるなどとは、けっして思わない。」
中学生日記のセリフかとも思えるこの一節。
これが対話篇の始まりであり、
国家論の始まりでもあり、
かつ実はこれが結論である。
Posted by ブクログ
む、むつかしい…。なかなか全文読めないなぁ。
とりあえず正義とは、理想政体とは、のあたりは読んだ。
なんでこんなに自由を嫌うんだろう。ペロポネソス戦争とか関係あるのかなぁ。イデアと言う概念を用いた国家統一思想なのかなぁと。要考察。
Posted by ブクログ
『国家』第一巻に登場するトラシュマコスは次のように言う。
「<正義>とは、強い者の利益にほかならぬ」
「もろもろの国家のなかには、僭主政治のおこなわれている国もあり、民主政治のおこなわれている国もあり、貴族政治のおこなわれている国もある」
「しかるに、その支配階級というものは、それぞれ自分の利益に合わせて法律を制定する。(中略)そして、そういうふうに法律を制定したうえで、この、自分たちの利益になることこそ、被支配者たちにとって<正しいこと>なのだと宣言し、これを踏みはずした者を法律違反者、不正な犯罪人として懲罰する」
このトラシュマコスの立場は様々に解釈されてきた。ここでは大まかに以下の四類型に分類してみる。
第一は、『ゴルギアス』に登場するカリクレスと同様、「力は正義なり」という教義の信奉者であるとするもの。
第二は、シニシズムであるとするもの。
第三は、現実の政治に関する観察記述であるとするもの。
第四は、「反体制論者」とするもの。
第一、トラシュマコスは「力は正義である」と言っているのではなく、世にいう正義とは支配者集団の自己利益を隠ぺいする虚偽だと述べているのであり、カリクレスの立場とは異なる。カリクレスは権力を称揚するが、トラシュマコスは不正な人間ほど巨大な利益を我がものとする現実を告発しているのだ。
第二、トラシュマコスの言動に漲っているのは怒りや鬱屈感であり、シニシズムとは異質である。
第三、第二と同様の理由で、冷静かつ客観的な観察記述とは言い難い。
第四、この解釈がいちばん納得のできるものだが、現存の支配体制に替えて別種の体制を樹立しようとする立場ではない。
トラシュマコスの主張の核心部分は、支配する者と支配される者の差別は全ての政体を通底しているという点であると、私は思う。民主政体でさえ例外ではない。彼は支配と被支配という枠組み自体を否定しているのだ。これは無政府主義(アナーキズム)に近い考え方だと思う。
このような彼の主張の背景には真の正義への信仰がある(長尾龍一)。
真の正義は別にあり、それが偽の正義に蹂躙されていることにトラシュマコスの鬱屈の原因がある。そして彼にとって真の正義は、支配・被支配の差別がある限り、見出すことはできないものなのだ。
支配者たちもまた、自己の利益が何であるかについて、判断を誤ることがあるのではないか。自分にとって利益になると信じて行ったことが、逆に不利益をもたらすことが、あるのではないかと、ソクラテスは反問する。
トラシュマコスはソクラテスにこう答えるべきだったのではないか。
どのような政体にも失政はつきものだが、支配者は正義の名のもとに自己の利益を隠蔽するように、自己の失敗もまた隠蔽し、自己利益を擁護しようとするものなのだ。どちらの場合も、被支配者に降りかかるのは災厄であると。
追記(2011年11月5日)
哲学者の高橋哲哉は福島の原子力発電所の事故に関して、次のように語っている。
「ある者たちの利益が他の者たちの生活や生命、健康、日常、財産、希望などを犠牲にして生み出され維持される。犠牲にする者の利益は犠牲にされる者の犠牲なくしては生み出されないし、維持されない。この犠牲は通常は隠されているか、共同体にとっての尊い犠牲として正当化される」(佐高信『電力と国家』(集英社新書159頁~160頁)より)。
トラシュマコスもまた、こうした「犠牲のシステム」について述べているのだと、私は思う。これがどうして「強者の論理」だろうか。
Posted by ブクログ
ソクラテスとその他の知者達の問答によって国家のあり方を問いただす。
その答弁がとても新鮮で興味をそそられました。
万物の起源、世界とは、追い求めていたタレスから始まる哲学が、ソクラテス=プラトンによって大きく転換していく様がよく分かる。
少年愛好とか論点が理解不可能な部分は時代の背景で仕方が無いとして、国家と人の類似やその内容は面白い。
『ギュゲスの指輪』のグラウコンの問いは心を捉えました。
09/3/11
Posted by ブクログ
訳が藤沢令夫氏で非常に読みやすい。1979年の訳とは思えない。
最初の正義問答は面白かったけど、すぐにソクラテスの独り舞台となってしまう…というか、「パイドン」といい、プラトンが自分の思想を開陳する時にそうなっているんじゃないかということに気づいた。アカデメイアの講義もこんな感じで、ひたすらよいしょされながら話を続けていたのだろうか。
正義とは何か→国家における正義とは何か→個人における正義とは何かという感じで探究する中でプラトン理想の国家について語るのが上巻の主な内容。有名な「知恵・気概・節制・正義」や哲人政治などの要素も出てくる。
私有財産や貧富の差が国家を堕落させる、というところから始まる理想の国家の中身は非常に全体主義的なもので、徹底した優生政策(出来の悪い人間が作った子供は殺す!)と無菌室のような教育によりそれを実現させようとするものである。共産主義っぽいけど、共産主義のほうが真似ているのか、思考の始まりからただ似通っているのかは勉強不足で分からない。子供は誰が誰の子供か分からないように育てて資質によって職業を決定すると言っていたかと思えば、のちの軍隊の運営の箇所で当たり前に職業世襲っぽいことを言っていたりとその時その時のトピックで場当たり的に話をしている感は否めないのだが、プラトンの理想主義と、理想にわずかの傷も許さない完璧主義は伝わってくる。やはり人間の繁栄を志そうとすれば優生思想に行き着くのは自然な成り行きなのだろうか、ということを少し考えた。
Posted by ブクログ
あまりに有名なので義務感から上巻だけ頑張って読んだが、知的刺激も新規性もなく極めて退屈であった。知識のない中高生が考える姿勢を学ぶために読む本としてはおすすめだが、現代を生きる成人が改めて読む必要は感じられなかった。もちろん歴史的背景から学問的価値の高さは述べるまでもないが、書籍としての価値は教養書として名を連ねるほどのものではないかと。
Posted by ブクログ
「お金の所有が最大の価値をもつのは、ほかならぬこのことに対してであると考える。……たとえ不本意ながらにせよ誰かを欺いたり嘘を言ったりしないとか、また、神に対してお供えすべきものをしないままで、あるいは人に対して金を借りたままで、びくびくしながらあの世へ去るといったことにないようにすること、このことのためにお金の所有は大いに役立つのである。」(26頁)
個人と国家の共通項を探し、一方を他方に当てはめている。
演繹のし過ぎ、というのは現代的な感覚だろうか。
優れた国家に必要な三つの徳…知恵、勇気、節制。
勇気と知恵は、国家のある特定の部分に存在するが、節制は国家の全体にいきわたっていて、支配関係について支配者と被支配者との間で合意されている状態(293頁~)。
上記3つの徳に匹敵するのが正義。
正義とは、自分が自分の仕事だけを果たすこと。
国家のためという観点から、男女の平等を肯定する(357頁~)。
望ましい国制を移行するためには、哲学者が王になって統治するという変革が必要である(404頁~)。
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尊敬する先生に勧められて読んだ一冊。たぶん3割も理解できなかったのではないか。ちゃんと読む初めての哲学書だったが、かなり読みやすかった。どうも私はソクラテスの考えに賛同できないなあ。結構ずるくない、彼。言い返せないのが悔しい。
Posted by ブクログ
対話という形式、わかりやすい翻訳だからまだ読みやすい。紀元前400年代の人の思想に触れていることに歴史の厚みを感じた。
なかなか友達にはしたくないプラトン。正義について調べるつもりが理想の国家の話に・・・。
女・子どもの共有とか、選民思想などかなり奇天烈な発想。ここまで読み継がれてきた理由には疑問が残るけど、頷ける所もあり、よくわからない魅力がある。
あと、ひとつひとつ言語や意味を突き詰めていく姿勢には学ぶものがある。
Posted by ブクログ
正義とは何かという問で本書は始まる。
脚注によると、古代ギリシアでは「友を益し敵を害するのが正しいことだ」という考えが広く正義ととらえられていたようだが、プラトンはそうは思わなかったようだ(p42)。人を害することは不正なことだと言っている(害することによって、相手は正しくなるのではなく、不正になるから)。
個人にとっての正義を考える上で、より包括的な存在――国家――にとっての正義を考えていく。
そのために「理想的な国家」を創りだした。
この「理性的な」というのは、「国の全体ができるだけ幸福になるように」(p261)ということ。
理想的な国家には4つの性質があるらしい:「知恵」「勇気」「節制」そして「正義」
勇気は「恐ろしいものとそうでないものについての、正しい、法にかなった考えをあらゆる場面を通じて保持すること」(p289)のことを言う。
また、自身の中で「すぐれた本性をもつものが劣ったものを制御している場合」(p292)に、そこに節制があるという。
それで、正義とはそれぞれが自分の生まれ持った才能に合った役目を全うすることだという。自分の分を越えてはならない。
終盤は難しくて何を言っているのかよくわからなかった。
■ 余談
・序盤で書かれている、お金持ちになることの効用が興味深かった。「たとえ不本意ながらにせよ誰かを欺いたり嘘を言ったリしないとか、また、神に対してお供えすべきものをしないままで、あるいは人に対して金を借りたままで、びくびくしながらあの世へ去るといったことのないようにすること、このことのために、お金の所有は大いに役立つのである。」(p26;ケパロス)
・神に世俗的な振る舞いをさせるような詩は守護者の教育によくないから、そういうものはチェックして世に出ないように書いている(p172のあたり)。国が作るべき/作ってはならない物語のルールを規定すべきだとも書いている(p159)。国家検閲を推奨しているように見える。詩に厳しいのは、プラトンが詩を挫折した過去もあるから?
・病気になったからといって、仕事を奪ってでも延命させることは医者のやることではないといっている(p233のあたり)。怪我や病気で役に立たなくなった大工は、諦めてさっさと死ぬべきだという。
・男性の壮年期がp370において25歳~55歳となっているが、当時で55歳はまだ元気な部類だったのだろうか
・戦争をしても、それは善意を持って正すわけだと主張して、ギリシア人同士で奴隷にしたり、されたりすることは否定しているように思う(p398)
Posted by ブクログ
正義とは何かという問で本書は始まる。
脚注によると、古代ギリシアでは「友を益し敵を害するのが正しいことだ」という考えが広く正義ととらえられていたようだが、プラトンはそうは思わなかったようだ(p42)。人を害することは不正なことだと言っている(害することによって、相手は正しくなるのではなく、不正になるから)。
個人にとっての正義を考える上で、より包括的な存在――国家――にとっての正義を考えていく。
そのために「理想的な国家」を創りだした。
この「理性的な」というのは、「国の全体ができるだけ幸福になるように」(p261)ということ。
理想的な国家には4つの性質があるらしい:「知恵」「勇気」「節制」そして「正義」
勇気は「恐ろしいものとそうでないものについての、正しい、法にかなった考えをあらゆる場面を通じて保持すること」(p289)のことを言う。
また、自身の中で「すぐれた本性をもつものが劣ったものを制御している場合」(p292)に、そこに節制があるという。
それで、正義とはそれぞれが自分の生まれ持った才能に合った役目を全うすることだという。自分の分を越えてはならない。
終盤は難しくて何を言っているのかよくわからなかった。
■ 余談
・序盤で書かれている、お金持ちになることの効用が興味深かった。「たとえ不本意ながらにせよ誰かを欺いたり嘘を言ったリしないとか、また、神に対してお供えすべきものをしないままで、あるいは人に対して金を借りたままで、びくびくしながらあの世へ去るといったことのないようにすること、このことのために、お金の所有は大いに役立つのである。」(p26;ケパロス)
・神に世俗的な振る舞いをさせるような詩は守護者の教育によくないから、そういうものはチェックして世に出ないように書いている(p172のあたり)。国が作るべき/作ってはならない物語のルールを規定すべきだとも書いている(p159)。国家検閲を推奨しているように見える。詩に厳しいのは、プラトンが詩を挫折した過去もあるから?
・病気になったからといって、仕事を奪ってでも延命させることは医者のやることではないといっている(p233のあたり)。怪我や病気で役に立たなくなった大工は、諦めてさっさと死ぬべきだという。
・男性の壮年期がp370において25歳〜55歳となっているが、当時で55歳はまだ元気な部類だったのだろうか
・戦争をしても、それは善意を持って正すわけだと主張して、ギリシア人同士で奴隷にしたり、されたりすることは否定しているように思う(p398)