【感想・ネタバレ】となりのカントくん 4コママンガでカント哲学のレビュー

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Posted by ブクログ

ネタバレ

面白いっ!!!
以下覚書(笑)
形而上学(「メタフィジックス」『(直前の巻)自然学(フィジカ)』の『あと(メタ)』)
形ある自然を超えた(メタ)原理の学
神の存在や死後の魂、万物の根源など、形ある自然に含まれず、経験的に確かめられない問題を扱う哲学の一分野
二律背反
例えば神も死後の世界もユーレイも人間の自由すらも実在を証明できないし反論もできない
そういうものについていくら論じても答えは出ない
信じる範囲
・信じなければならない、信じるしかない範囲を確保するため、知ってるって言える範囲を制限する
・証拠に頼らないで何か言おうとして、うまくいく場合とうまくいかない場合がある
うまくいくのが三角形、うまくいかないのが形而上学
・知っていると言えるのは、証拠があることか、矛盾なく考えられることだけ

今って8秒くらい

人間の知的能力には限りがある
すべてを知るわけにはいかないし、わかりようのないことについてはわからないと素直にあきらめよう

わたしたちの知性から生まれる純粋悟性(知性)概念
知と信を区別
芸術作品をほかの人間の活動と切り離した→美術館やコンサートホールのようなものができた理由のひとつ
永遠平和→国際連合につながっている

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2017年11月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

哲学なんて全く興味も知識もなかったけど、本屋に寄って少し惹かれてしまったので購入。

初心者マークさんにはわかりやすく説明されているのではないかなと思う。

《何のために生きているのか》と考えた時に、いちいち人の意見を聞きながら生きていくのでは周りの人の奴隷みたいなものだ。
自分の行動に責任を持つことが大切。

優柔不断な私には響いた言葉。なんでも人に相談したり、評価をネットで調べたりしてしまう…。
哲学を学ぶことは難しいけど自分で決断することの重要性を学べただけでもよかったかな。

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2019年09月01日

Posted by ブクログ

ネタバレ

やはり赤ちゃんには離乳食だし、病人にはおかゆなわけで。
いきなり哲学の硬いリンゴは食せないので、すりおろしリンゴにしてみた。

本著はカント哲学を端的にまとめた4コママンガで、大変わかりやすい。

カントによると、哲学の問いは
「人は何を知りうるのか」
「人は何をすべきか」
「人は何を望みうるのか」
の3つに集約されるそう。

特に「人は何を望みうるのか」では、いくら人間が鳥になりたくても鳥になることはできない。
しかし、飛行機に乗って旅行したり、鳥人間コンテストに出たりはできる。
つまり望めることと望めないことを区別して、何のために生きるかを考えることで、人生は随分違うものになる、という話に感銘を受けた。

ルソーの「不幸の本質は能力と欲望のギャップである」という話に似ている。

カントはルソーの『エミール』をあまりに読み耽って、いつもの散歩を忘れたというくらいだから、ルソーの延長線上でカントの考えが生まれたのかなと思うと、さらに面白くなった。

また、「人は何を知りうるのか」(認識論)に関して、人間の知的能力には限りがある、わかりようのないことは素直に諦めようというのがカントの基本的な考えとのこと。

当時はイギリス経験論(英)と、大陸合理論(仏・蘭・独)の対立があった。

・経験論:確認検証作業を重視
・合理論:合理的推論を重視

そして、経験論が行き過ぎると懐疑論に、合理論が行き過ぎると独断論になってしまうことから、カントは両者を調停し、知と信を区別して、知の対象をはっきりさせた。

・懐疑論:目に見える証拠がないと断言できない
→ボールの裏側は見えなくても、ボールが転がっていると言えるように、目に見える証拠がなくても経験は成立している

・独断論:証拠がなくても推測によって断言し、独りよがりになる
→見たり聞いたりして確かめることもできず、矛盾=二律背反するような主張は形而上学的であり、信仰の対象であって知の対象ではない

上記の過程から、「一つのボールの動き」に関する目に見えない単一性や因果性を語れるのは、「一つのボールに関する経験」を経て、人間の知性から「純粋悟性概念」が生まれたからである。ボールがあるから経験できるのではなく、経験ができるからボールがあるんだという、この発想を「コペルニクス的転回」というそうだ。

なかなか難しくもあったが、またいつか深掘りしたいし、ルソーの『エミール』が読みたい。

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2017年02月07日

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