感情タグBEST3
Posted by ブクログ
「詩人になるか、でなければ何にもなりたくない」と言って学校を中退したのは有名な話ですが、ヘッセは小説のイメージが強く、詩集はあまり知られていないような気がします。人生を賭してまで詩人になろうとしたヘッセの生み出す詩は、触れると壊れそうなくらい繊細で、だけど力強い部分もあって。その振れ幅によって取り扱いに困ってしまうようだけど、時折この美しい世界に没入していきたくなります。ヘッセに興味があるならイチオシです。
Posted by ブクログ
高校の時教科書で一文を知り、感動して以来ヘッセのほとんどを読んできた。
どの作品も素晴らしいが、やはりこの詩に初めて触れた時の感動を忘れることはない。
十代の瑞々しい不安を持ち続けることができた者は美しい。
Posted by ブクログ
生老病死をテーマに書いたエッセイ、詩を選んで編んだ作品集「人は成熟するにつれて若くなる」の中の数編の詩に共感し、他の詩も読みたくなりこの詩集を手に取る。生きること、揺れる心を書きながらも、花、蝶、風、草、木。自然が溢れていてほっとする。18歳から70余歳までの詩が収録されている。通ってきた道だから青春の揺れもわかるが、老年の私は老年期の詩を欲する。落ち着けて前向きになれる。
Posted by ブクログ
ヘッセの詩集ですね。
ドイツ最大の抒情詩人の18才のころの処女詩集から70の晩年に全詩集からの代表作の抜粋集です。
高橋健二さんの訳も素晴らしく、どの詩編も心を打つものばかりです。
生きる希望と、大自然との語らいは、生命の偉大さを吟え揚げています。
病気の私にとっても、励みと癒しでじっくりと味わいました。
Posted by ブクログ
1898年のロマン的な歌から1939年の詩が収録されています。
夜の慰め、新詩集がお気に入り。
老いたる人よ、葬られよ、
元気な少年に席をゆずれ、
身を投げ出して、死を恐れるな!
春のことば より
Posted by ブクログ
小説よりも自由で、ヘッセという人物の文体が限り無く課されていると思う。詩人になりたくてしょうがない、詩を書くより他ないと知った少年の心根が最初から最後までにじみ出ている。
永遠の旅人。とどまることのできない時の中で、失われていった青春への憧れとのはざまを漂いながら今を過ごしていく。どこまでいっても今を生きていたから、時間の経過で詩人として成長していく様というよりかは、はじめから、ずっと一貫して流れていく様を見つめているといった感じ。何にもなじめず、どこにも安らぎを見いだせず、そんな自分を抱きしめるより他ない、やせっぽちの少年。
小説では、じっくり考えて構成して、ひとつの表現を獲得していくのに対して、ヘッセにとっての詩は、とめどなく流れていく心の動きそのもの、そんな気がしてならない。
失われたはずなのに、どうして懐かしさだけがこうして胸を刺すのか。戻れないと知りながら、求めずにはいられない。その微妙な人間のやりきれなさ、機微をとらえる力こそ、ヘッセがヘッセたる所以であると思う。迷いながらも歩き続ける、どこかで耳をふさいでしまいがちな、そんなことば紡ぎ直す、詩人の力が生きている。
いつか、彼とともに歩んだドイツ語でじかに感じてみたい。
Posted by ブクログ
詩人になれなければ、なにものにもなりたくないと言ったとされるヘッセの詩集。
穏やかな心持ちで人生というものを見つめる1人の人間の心が見えてくる作品集。
Posted by ブクログ
ヘッセの全詩集から抜粋された代表作。この詩集には、ヘッセ自身の孤独感、寂寥感といったものが強くまとわりついているように感じる。彼の小説には、家庭の温かみを描いたものが少ない。この詩集でも、そうした絆や人との触れあいのようなものがほぼ感じられない。ヘッセらしいと言えばらしいのだが、今の私ではなかなかシンクロできなかった。それにしても、これだけの叙情的な詩を訳すのは難しかったのではないだろうか。
Posted by ブクログ
小説でも感じたことだが、ヘッセの悩みには自分と通じるところが多い気がする。そのためか詩も全体的に馴染みやすかった。なかでも個人的に特によくて、動揺と感動の渦が沸き起こる感じがしたのは次の5つ。
眠れぬ夜(p80)
陶酔(p150)
ある友の死の知らせを聞いて(p189)
新しい家に入るに際し(p192)
夕暮の家々(p195)
年代によって著者の悩みの種が移り変わっていることが窺えるが、終盤の詩からはついに全ての悩みを乗り越えて一つの境地に到達したという感じがして一段と味わい深い。
"そしてわれらは感じる、危きもの、人間を、
永遠なものは特別な愛をもって愛しているのを。"
(沈思 p204)
私も早くこの境地に到達したい。
Posted by ブクログ
あまり体調が良くなかった。テレビやスマホを見るのもつらく、音楽を聴く気にもならず、かと言ってただ寝ているのも暇を持て余す。読書でも、と思ったがビジネス書に有りがちな「ああせよ、こうせよ」という文言を見るのも厭わしく、詩集に手を伸ばした。
憂鬱、空虚、孤独、諦め、死。日常生活で避けられがちな言葉をふんだんに使いながら、詩には淡々とした優しい響きがあって、粥のように体に沁みた。ありがとう、ヘッセ。一番のお気に入りは「私は、太陽や海や風のように白いもの、定めないものが好きだ」が印象的な「白い雲」。
Posted by ブクログ
ワシは「詩」が苦手です。「小説」が好きで、いわんや「言葉」が好きなのに、なぜか「詩」は苦手。理由は掘り下げればいろいろ出てくるのですが、端的に言うと「受け取れている気がしない」。
詩って、俳句や短歌に次いで、極限まで言葉を削いだ状態ですから、言葉そのものに共感できないと、なかなか入り込めないんですよね。そしてワシはその辺りの感性が鈍いのでしょう、感覚的な言葉紡ぎは結構難しい。
それでも、まだこのヘッセの詩集は読めました。まぁ和訳の妙もあるのでしょうけど、まだ「分かる」という感覚で読める作が半分くらいはあった。それが多いか少ないかは分かりませんが。そんな中、特に感じ入ったことが二つ。
一つは、創作家は満ち足りてはいけない、幸せになってはいけない、そんな気がしたこと。というのも、この静かな詩人の叫びは、渇望から生み出されているに違いない……そう感じたんですよね。満ちた瞬間、言葉がこぼれ落ちてくることはなくなるんじゃないか、この言葉紡ぎを見ていると半ば本気でそう思います。
二つ目は、詩は分からないワシなりに心に響いたものをメモっていったら、その半分が晩年寄りのもので、著者が実感としての「死」を意識し始めたのではないか、と思われるような、「生への渇望&諦観」が書かれたものが多かった気がしたこと。これも、言葉を削ぎ落していく詩作という作業は、人生の無駄を削ぎ落していくことにも似ているのかな、と、そんなことを感じました。
や、そもそも「詩集」のレビューって難しいですね。小説で言えば、無数の短編集みたいなものですから、なかなか全体を通じてこう、と言いづらい。
ただ、これもレビューとは言えませんが、ひとつ自覚して驚いたこと。子供は好きだけど自分の子供はいらないと吹聴するワシが、一瞬だけど、子孫がいた方が良いかも、と思わさせられてしまったこと。普段からゼロの結婚願望が沸き起こることはなかったとはいえ、意外な心の移り変わりを感じた読書だったのは確か。
純粋すぎる言葉の応酬は、思わぬ心への効果をもたらすものかもしれませんね。