【感想・ネタバレ】国盗り物語(二)のレビュー

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感情タグBEST3

Posted by ブクログ 2023年12月15日

庄九郎(斎藤道三)の人間的な魅力がありありと書かれており、その魅力が作品を面白くしている。非凡な活力にまだまだ若いものだと思っていたら、実はかなり歳をとっていて驚いた。

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Posted by ブクログ 2021年09月20日

司馬遼太郎歴史小説の1つ

斎藤道三後編

美濃を切り取るためには土岐頼芸を失脚させなければならない.
天下を取るための最後の準備にして最大の難関でもあった土岐頼芸を今のポジションから外すために道三は術数権謀であの手この手を張り巡らし,その時を待っていた.

そして,美濃に点在した邪魔だったものを排...続きを読む除し,最終的には土岐頼芸をも排除した.ただ,排除した時にはもう十分に年を重ねてしまったので天下は難しい.また隣国の三河も勢いがある.そこで道三は三河の殿,織田信長に自分の娘を正室へ送り込んだ.そして,間接的ではあるが信長に次の未来を託すがごとく,具足や力を施した.

斎藤道三は結果的に天下を取ることはできなかったが,それでも国を盗り,織田信長や明智光秀のような未来に意志ある者を育て上げたところは立派な人だと思う.現代にいると間違いなく取締役や起業家といった側面で活躍していたのだろうなとも思ってしまった.

3巻からは信長が主役となるが,斎藤道三は最高の立役者になった.戦国時代の次の展開が楽しみだ.

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Posted by ブクログ 2021年09月08日

斎藤道三素敵すぎるー!岐阜城に行ってみようかと調べたら、松波庄九郎と道三は親子なの?
でも足跡をたどりに是非行ってみたいと思うほどに物語が面白かった。

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Posted by ブクログ 2021年01月26日

1巻、2巻は斎藤道三の物語。寺を飛び出した一人の男が、やがて京都の油商となり店を乗っ取り、美濃に進出してとうとう守護職を追い出して自分が国王になってしまう。まさに戦国時代の英雄物語である。道三の活躍する数々の戦のストーリーもすごいが、女性を次々と我が物にしていく展開もすさまじい。しかし、2巻の最後、...続きを読む道三編のラストでの、彼に人生を変えられた女性たちとのシーンはしみじみとしていて、それまでの道三のイケイケ物語から急にトーンが変わる。ここに道三の老いの悲しみが見事に表現されている。
司馬遼太郎の戦国物は、史実を細かく追わずに、ストーリー中心にグイグイ引っ張っていくところが魅力的だ。

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Posted by ブクログ 2020年11月29日

道三の美濃強奪という、当初の目的が果たされる時が近づきつつある。
二十年がかりの大事業である。
外堀から徐々に埋め、本丸へ。
正に蝮に相応しい。
戦場での冷徹な道三と、平生の人間臭い道三のギャップが良い。

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Posted by ブクログ 2020年07月17日

面白い!

筆者である司馬遼太郎と斎藤道三が対談しているかのような章も新鮮。
現代を生きる術にも通ずるところがある。

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Posted by ブクログ 2020年06月13日

斎藤道三という人が魅力的な歴史上の人物なのは、その時代の常識に生きるふつうの人が想像できないことを、創造することのできる数少ない人物だったからであることがよくわかる。飢饉の時に領土の税を減免するかわり、油は自分のところから買わせるようにするとか、決して奇抜な発想ではなく、常識にとらわれないだけで妥当...続きを読むな方法である。こういうことが時代や世界をデザインをするということなのだろう。そしてそれを果たしていく織田信長は、隣国にいた斎藤道三にその才能を見出されなければ、あるいは歴史に出る前に滅ぼされていたかも知れないことを思うと、歴史の不思議さを感じる。

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Posted by ブクログ 2020年06月09日

斎藤道三が加納城の城主となり、そこから美濃の国盗りを成し遂げるまでを描いた、「国盗り物語(ニ)〜斎藤道三 後編〜」。
本城もやぐらも全て瓦でつくった稲葉山城を設計し、城下町をつくり、楽市楽座をひらき(美濃だけで)…斎藤道三のおこした様々な政治に圧倒されるお話でした。
そして、尾張の虎 織田信秀との度...続きを読む重なる戦いにも息を呑む思いで読み進めました。
歴史に疎い私でも知っている、幼少期の織田信長や明智光秀も登場し、これから大人になる彼らがどのような生き様を見せてくれるのか…ワクワクしながら、次の第三巻も読み進めていきたいと思います。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2020年05月08日

美濃の蝮と言われた斎藤道三の後編。戦国時代のダークヒーロー小説であり、男子の憧れなのではないだろうか。

人並み外れた智者であり武芸家。また気運がくるまで気長く待ち続け、その気運がくるやそれを一息で掴んでしまう英雄。上に立つべき能力者としての「蝮」である。
自身曰く善と悪を超越したところに居ると書い...続きを読むてあるが、まさにこの両面を持ち合わせなが「新国」を作り上げた人物である。
天下第一等の悪人と言われる所以は「破壊者」というところにある。守護職の土岐頼芸を追放し、古くからの商業機構である「座」を美濃においてぶち壊した。魔法のように忠誠の神聖権威にいどみかかり、それを破壊。それを壊す為には「悪」という力を使う人間であった。
ただ彼は悪のかぎり力を尽くし、破壊し、ようやく破壊から「斎藤美濃」という戦国の世にふさわしい新生王国をつくりあげた。
一方以前から自分の家来を厚く遇し、領民に他領よりも租税を安くし、堤防を築き、灌漑用水を掘り、病にかかかった百姓には医者を差し向け、かつ領民のための薬草園をつくった。美濃はじまって以来の「善政家」といっていい。

ただ上記だけでまとめると、単なる自分の欲が強い独裁者のようにも感じるが、彼には一人の人としての爽やかさや柔軟さをもった魅力がある。

飄々と高笑いをし、戦場に響き渡る声を馳せ、自らが指揮官となり第一線に立つ。且つ強い。能力のあるものは出に関係なく認めて下につける。藤左衛門の手下であった白雲が京の油屋に討ち入りに来た後に捕まえ「殺せ」という本人に「死ぬなら戦場で死ね」と自分の家臣として使えさせる。主君を追放しておきながら、一人で漁夫に化けて、船を出して最後は見送る、誘拐された嫁は自ら助けにいくなど。

また物語として面白いのは脇を固める人物。どこかひょうきんだが大事なときに登場し任務をこなしてしまう赤兵衛、戦や奇襲などで一人つれていくとしたらこいつというクールな武人の耳次。ライバル小僧として「虎」と恐れられた信長の父の織田信秀、色と酒と食に溺れだめだめながらも絵描きとしても優れ後世にも「鷹」の絵の残る美濃の守護職の土岐頼芸など。

そして様々な女性とのやりとりのうまさも、彼の色男としての能力、悪く言えばズルさがある。
京の油屋の女主人であり正室のお万阿の方は旦那の夢物語を笑いながらも見守り待ついい女(現代ではいないのでは)だったり、天女のような女と称され土岐頼芸から魔法のように奪ってしまった深芳野もいれば、後に濃姫の母となる那那姫は幼いときから目をかけて育ててもいる。全員に正直に気持ちを伝え、結局それぞれを愛するというから女性たちも呆れて諦めるしかなくなるのだ。

司馬流で書かれた小説だから現実とはまた異なるかもしれないが、戦国時代の英雄伝としてとても面白かった。随所に格言も書かれていて、人の上に立つことを目標にする人には打って付けだと思う。

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Posted by ブクログ 2020年04月29日

油商人から美濃の国主に成り上がる斎藤道三の生涯。その後継者となるのが織田信長と明智光秀。NHK大河ドラマ「麒麟が来る」を機に再読し、名作であることを痛感。

全四巻。
斎藤道三 前後編
織田信長 前後編
の四巻構成の第二巻。

斎藤道三が美濃の国守となり、年老いて将軍となる夢を諦めるところまで。
...続きを読む編ではライバル尾張の織田信秀(信長の父)が登場する。道三とはまた違った爽やかな魅力的な人物として描かれている。

本巻の後半でようやく大河ドラマの時系列に追いつく。

蝮と呼ばれ策謀の限りを尽くしたかのように後世思われているが、既得権益を破壊し楽市楽座や災害時の年貢の減免など領民にはありがたい領主だったと思われる。悪名はある意味勲章と言ってもいいかもしれない。

明智光秀や織田信長、まだ若い松永久秀がようやく登場。織田信長編に向けてまだまだ展開が楽しめそう。

司馬遼太郎としては比較的初期の長編。余話や史観の語りよりも話の展開のテンポに重点があるようで、一気に読み進めることができる。
史実ではなく物語として絶品である。

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Posted by ブクログ 2019年01月09日

【感想】
斉藤道三編の後半。
この時代で既にPDCAをしっかり遂行し、権謀術数で巧みにのし上がって行く姿は本当にロマンに溢れる。

斉藤道三の凄いところは、上記のとおりPDCAだろう。
目的に向かってしっかりと段階を踏んで準備を行ない、色んな策を弄して遂行していく。
素晴らしい目的意識の高さとその手...続きを読む段の選定センスは、自分への揺るぎない自信と能力に裏打ちされているのだろうが、個人的には非常に参考になる部分も多いと思う。
やはり事を成すにあたり、PDCAを明確にすることは今も昔も大切なことなんだろう。

斉藤道三においてもう一つ注目する点は、目的遂行の為にまわりくどいほどに我慢強い事だと思った。
決して急かす事なく徐々に美濃で謙虚かつ確実にステップアップしていき、真の目的である国主になる為に抜けている点を装って敵(土岐頼芸)に一切の警戒心を与えない。
かつて油屋になった際も、同じくまわりくどい程に準備をして店主になった点から見ても、斉藤道三の用意周到さはズバ抜けている。
(普通なら我慢しきれずに奮発し、結局は少ない利しか得られないようなものだが・・・)

今まで名前しか知らなかったが、斉藤道三は戦国時代でも屈指の英雄の1人なのだと強く思った。

次巻にて斉藤道三の死没について読んだが、最期の最期まで「英雄」だった。
ロマンに溢れ、神出鬼没、しかし決して勢いだけではない「英雄」斉藤道三は、個人的に戦国時代で1番好きだ。


【あらすじ】
気運が来るまで気長く待ちつつ準備する者が智者。
気運が来るや、それをつかんでひと息に駆けあがる者が英雄。
―それが庄九郎の信念であった。そして庄九郎こそ、智者であり英雄だった。
内紛と侵略に明け暮れる美濃ノ国には英雄の出現は翹望する気運が満ちていた。
“蝮”の異名にふさわしく、周到に執拗に自らの勢力を拡大し、ついに美濃の太守となった斎藤道三の生涯。


【引用】
p98
「人の世の面白さよ」
人は、群れて暮らしている。
群れてもなお互いに暮らしていけるように、道徳ができ、法律ができた。
道徳に支配され、法律に支配され、それでもなお支配され足りぬのか、神仏まで作ってひれ伏しつつ暮らしている。
(しかしわしだけは)と庄九郎はおもうのだ。

庄九郎にとってなにが面白いといっても、権謀術数ほど面白いものはない。
権ははかりごと、謀もはかりごと、術もはかりごと、数もはかりごと。
この四つの文字ほど庄九郎の好きな文字はない。


p138
出家は本気であった。
この男なりに、今まですべてのことを本気でやってきた。
が、単なる本気ではない。本気の裏側で、いつも計数・策略が自動的に動いている男である。


p255
歴史が、英傑を要求するときがある、ときに。
時に、でしかない。なぜならば、英雄豪傑といった変革人は、安定した社会が必要としないからだ。
むしろ、安定した秩序のなかでは百世にひとりという異常児は毒物でしかない。
が、秩序は常に古びる。
秩序が古び、ほころびて旧来の支配組織が担当能力を失ったとき、その毒物が救世の薬物として翹望される。


p259
当時は、天下のどこへ行っても、商業はいっさい許可営業制であった。専売制といってもさしつかえはない。
もし勝手に販売する者があれば、その許可権を持つ社寺その他が打ちこわしの制裁を加えるか、ときには売人を殺した。
これほど不合理なものはない。
「せめてわしが領内だけでも楽市楽座にしたい」とかねがね言っていた。


p379
ひとは、「美濃の蝮」と庄九郎のことをいう。
自分の家来を厚く遇し、領民には他領よりも租税を安くし、領民のために医者を差し向けたり薬草園を作ったり、美濃はじまって以来の善政家といってもいい。

人間は欲の固まりである。
だからこそ、庄九郎は善政を布く。
(乱世では、ほとけもマムシの姿をしているものさ)と思っている。


p382
ニコロ・マキャヴェリの「人間とは」五箇条
1.恩を忘れやすく
2.移り気で
3.偽善的であり
4.危険に際しては臆病で
5.利にのぞんでは貪欲である

人間は常に偽善的であり、名分がほしい。
つまり、行動の裏付けになる「正義」がほしいのである。
地侍たちにそのような「正義」を与え、美濃の皇太子である小次郎頼秀を追っ払った。

また、国内の辻々に高札を立て、「誅殺した者には褒美を取らせる」と布告したため、この国の正当な相続者であるはずの小次郎頼秀は越前まで逃亡した。
その執拗さが、「蝮」と呼ばれる本性である。

その後、美濃征服の最後の仕上げとして、酒色にふけっている「お屋形様」こと土岐頼芸をほうりだす。


p402
「わしはもともと、国を奪るためにこの美濃にきた。人に仕えて忠義をつくすために来たのではない。
ただの人間とは、人生の目的が違っている以上、ただの人間の感傷などは、お屋形様に対しては無い。」


p404
「お暇乞いに参りました。」
「いや、それがし、京へは帰りませぬ。お屋形様に去って頂こうというわけでございます。
あ、いや、お待ちを。去って頂く、と申してもこの美濃をではござりませぬ。
守護職からご勇退ねがわしゅうございます。
あ、お待ちを。つまり、ご隠居なされませ、と申すのでございます。」

「お屋形様に、お覚えがございましょう。その御子、わが屋敷に16年間おあずかり申しておりまする。」
「義竜(よしたつ)か」
といったのは、頼芸の不覚であった。その子が自分のたねであることを認めたことになるのである。
これほどに才智に長けた男でも、この天然の不思議だけはわからぬものか、と頼芸はひそかに庄九郎をあなどっていた。
それもあって、あれよあれよというまに勢力を増大していった庄九郎を、害になるとも思わなかったのである。


p409
「人の一生も、詩と同じだ。なかでも、転が大事である。」
「この転をうまくやれるかやれないかで、人生の勝利者であるか、ないかのわかれみちになる。」

「起」
土岐頼芸に智恵と力を貸して、兄・政頼を守護職の地位から追い、頼芸をその地位に据えて自らは頼芸の執事になった。

「承」
成功を拡大し、自身の権勢を高める一方、頼芸を酒色におぼれさせて美濃人に国防上の不安を与える。
これには20年かかった。

第3段階は「転」である。
頼芸を追って、一転して自分自身が美濃の国主になることであった。


p419
・神出鬼没
この異能な男は、指揮ぶりについても風変わりであった。
大将である彼が普通のように一定の場所に位置せず、そこここを身軽に飛び回り、所々に飛び込んでは直接兵を叱咤し指揮した。
「あの男は、一体何人いるのだ。」
敵軍だけでなく、味方の諸将さえも戸惑うほどだった。


p460
信秀を斎藤道三は「尾張の短気者」と見ていたが、信秀はそれほど短気ではなく、むしろ豪気であった。
待つことも知っていた。
妙案が浮かばぬ以上、いらいらして傷を深めるよりもむしろ持久の策をとり、機が熟し条件が好転するのを待とうとした。

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Posted by ブクログ 2018年07月06日

「国盗り物語 (2)」(司馬遼太郎)を読んだ。斎藤道三、まさに歴史(時代)が求めた英傑というのだろうな。
とにかくこの作品、面白くて止まらないのである。
さあ(3)からは信長編だ。

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Posted by ブクログ 2018年02月25日

美濃において国主・土岐頼芸の信頼を得て着実に力を高めていく庄九郎。腐敗と内紛、侵略の危機を見事に乗りこなしついには国を「盗る」。
前巻は才気と切れ味で活路を見出す印象のあった庄九郎が洞察力と胆力を身に付け、周到に狡猾に美濃を飲み込んでいく。まさしく「蝮」の道三そのもの。
ライバル・織田信秀との知恵比...続きを読むべやこれまでの常識を覆す自由市場の建設。充実の時を迎えながらも「天下」の野望を達成するには残り時間がないことを自覚する庄九郎にこれまで見られなかった弱さが見え隠れし哀愁ある姿がなんとも切ない。
その野望と理想を受け継ぎ体現するのがしのぎを削った信秀の子・信長というのがまた歴史の皮肉でありロマン。

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Posted by ブクログ 2018年02月02日

一見不可能と思えることを、知略と度胸で次々と成し遂げていく様は痛快のひとこと。
カエサルの話を聞いているような気分です。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2017年03月22日

斎藤道三編を読み終えたら一区切りして、「関ヶ原」を読もうと思っていたけれど、面白くて区切れなかったので、現在進行形で織田信長編を読み進めています。

第2巻は、斎藤道三がついに美濃を乗っ取り、繁栄させていく様や、隣国や国内反発勢力とのいざこざが描かれている。
第1巻よりも俄然、戦国っぽさが出てきてア...続きを読むツかったです。
特に信長のお父さん、織田信秀との戦いが面白い。
基本的にこの作品、道三が無敵すぎて、他の敵さん方はクソ雑魚同然である。
そこに信秀というライバルが現れて、あの道三が手を焼いている!?という感じが良かった。

あとは、戦いを重ねて歳をとった道三が、「もう一生くれ。くれれば天下が取れる」などと、人生を悟った挙句、神仏に頼んでいるところが印象的だった。
あれほど神仏をナメくさっていた彼も、命の数には抗えない。
戦う男の姿がアツいだけではなく、一種の哀愁を感じさせてもくれます。

斎藤道三編の第1巻、第2巻は、読んでいて活力がみなぎってくるような作品なので、生きる希望を失った時にでも読めば、元気が出るかも。

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Posted by ブクログ 2019年01月16日

斎藤道三(庄九郎) 後編

美濃でその地位を築いた庄九郎は、美濃の守護職 土岐頼芸を追い出すに至る。

尾張の織田信秀との闘いにも再三勝ち続けるも、国盗りに費やした時間は20年。

もう一度、人生があれば天下を取れると思うも、寿命は皆平等である。
楽市楽座の制度は織田信長が行ったと思いきや庄...続きを読む九郎が積極的に行ったようだ。

当時の産業界というのは許可制(座)で、その強い権力は寺社が持っていたことは有名だ。ルールを守らない場合は神人がその店を襲う、京都のような工業の中心地では守護職でも彼らの意向には逆らえないほどだったらしい。

そんな座の制度の弊害をなくすための楽市楽座(本当は庄九郎が自由に商売をさせることで城下町を栄えさせ運上金を手に入れ、それで城を作ろうと考えていたのだが…)

この制度に反対する寺社は現代でいえば既得権益を持つ人といったところだろう。歴史は繰り返すということを感じさせられました。新しい改革には痛みが伴うなんて懐かしいセリフもありましたね。
当時と異なるのはさすがに命を狙われたり、妻をさらわれたりすることはないということでしょうか。

また庄九郎の人柄が以下の下りから読み取れる
『人の一生は詩とおなじだ。なかでも転(起承転結)が大事である。この転をうまくやれるかやれないかで、人生の勝利者であるか、ないかのわかれみちになる』

『わしはもともと、国を盗るためにこの美濃へきた。人に仕えて忠義をつくすために来たのではない。ただの人間とは、人生の目的がちがっている。目的が違っている以上、尋常の人間の感情などは、お屋形さま(土岐頼芸)に対してはない』
これは自ら担いで守護職にした土岐頼芸を国から追い出す時に側近の赤兵衛に20年来の君臣魚水の関係を壊すことに対してうしろめたさがないかを問われた時の庄九郎の言葉

ただの浪人から京都一の名門油屋の主人、一国の守護職
の家臣、一国の主と登りつめた庄九郎から学べることはたくさんある。


目的のために意思を貫く姿、家臣、農民に対するいたわり、妻達に対する心遣いなど彼の豊かな人間性に魅力を感じずにはいられなかった。


庄九郎の野望は織田信長、明智光秀らに継がれていくのだろうか。織田信長編が楽しみです。

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Posted by ブクログ 2023年11月08日

前編で弾けまくった主役の庄九郎こと斎藤道三。その魅力的なキャラにガッチリとハートを鷲づかみにされた私は即、後編も読み切った。
戦に初めて鉄砲を用いたのはなんと庄九郎からではないか。長篠の戦いからと思ってたけど。
その信長の父信秀もマムシの道三に劣らずインパクトのあるキャラ。その2人の戦での駆け引きが...続きを読む面白くてぐいぐい引き込まれる。さあ次は成長していく信長の物語が始まります。

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Posted by ブクログ 2023年09月10日

戦国時代は、実力本位の時代というイメージがあるが、実際には、家柄、官位が重んじられ、だから信長は異端だったという事なのだろう。斎藤道三が、美濃を手中に収める過程で当地の名家を継ぐ形で改名を繰り返す様は、現代の感覚では理解し難いが、歌舞伎役者や落語家が名跡を継ぐようなものか?

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Posted by ブクログ 2023年08月29日

美濃を我が手中に収めるべく様々な陰謀を図り人を陥れていく庄九郎は、物語が進むにつれて悪人の面が濃くなっていき、理解に苦しんだ。しかし、時が経ち、天下統一という人生の指標が寿命の壁に阻まれ始めると、次第に人の一生とは儚いものであると受け入れていく。蝮と呼ばれた道三が純粋無垢な庄九郎としての一面をふと覗...続きを読むかせる場面では、哀愁が感じられて切ない気持ちになった。二巻の後半では幼少期の織田信長と明智光秀も描かれている。次巻へ更に展開が加速していきそうで、読み進めるのが楽しみである。

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Posted by ブクログ 2023年07月09日

とうとう有名な斎藤道三としての人物がでてきた。

美濃の蝮として有名だが、どうやってなっていったのかについて内容が濃く書かれているため物語として人物像を追って行けるのが面白い。

次はどうなるのか

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Posted by ブクログ 2022年10月16日

年齢と経験を重ねるにつれ気弱さを見せる道三に、フィクションだとは分かっていても人間らしさを感じられて良かった。

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Posted by ブクログ 2022年03月29日

「斎藤道三 後編」とあるが、斎藤道三の話がまだ終わったわけではない。もっとも、美濃の国主になったところまでは進んでいるため、“国盗り”は完了している。

道三の最高潮は美濃を盗ったところまでで、この先は苦難が待ち受けている。それが北条早雲との違いである。

ラストのお万阿および深芳野とのやり取りがそ...続きを読むれを暗示しているのかもしれない。

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Posted by ブクログ 2021年05月21日

二巻では、いよいよ斎藤道三の国盗り。
そして、ライバルと言える織田信秀とその子織田信長も出てきます。

美濃の執事と言える地位まで登り詰めた斎藤道三が次に目指すは、国主、つまり美濃の大名になること。そのためには国主の地位に据えた土岐頼芸からの信頼を固めつつ、時期を見て自分が国主になる。
この過程はか...続きを読むなりすさまじく、一難あってまた一難のことばかり。

やはり何か新しいことをしようと思うと逆風は吹くもの。
一時は、美濃内の豪族からの妬み、恨みを買いすぎて、城を囲まれ自害するしかないとまで追い込まれたりもする。
そのときに斎藤道三がとったのが、出家をして頭を丸めるということ(斎藤道三という名もこのときの法名であるらしい)。
なんとも大胆!!

でも、そういった荒波を乗り越えて、ついに国主に。
斎藤道三のいう“転”がお見事。

そこからさらに天下を収めるには、もう一生分の時間が必要だろうと悟ったようである。
運命的なのは、その一生分の偉業を引き継いで成し遂げたのが、織田信長であるということ。娘の濃姫が嫁いだ娘婿にあたるということ。

また、斎藤道三の国づくりや戦いかたに後世残る創意工夫を描かれている。
例えば、楽市楽座。
学校の授業では織田信長が行った施策と習いましが、実はこれを最初にやったのは斎藤道三だということ。
また鉄砲を戦に用いたのも、斎藤道三であったということ。

とても興味深いし、これらを伝授した相手が、織田信長であり、明智光秀だというのも面白い!
明智光秀は、同じ美濃の武将であったからわかるものの、なぜ織田信長というのは、第三巻で描かれている。

兎にも角にも、斎藤道三のすごさ、苦労が描かれていて、とても興味深い一冊だった。

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Posted by ブクログ 2020年05月16日

戦国時代に油商人から大名にのし上がった斎藤道三が主人公。第2巻では、美濃を手中に収めるまでの過程が、面白おかしく描かれている。国を盗んだというよりも、人の心を盗んだ結果と言えるだろう。新しい戦法を導入して、戦に強かったことも魅力である。大河ドラマ「麒麟がくる」とは異なった部分もあるのが気になるが、こ...続きを読むの本が出版された後にもいろいろな歴史的な書物が発見されているので、仕方がないところかもしれない。いよいよ信長も登場してきて、ますます楽しみである。 
コロナで外出ができない中で、親しい友人が突然亡くなった。葬儀にも参列できず、喪失感がつのる。もっと一緒に酒をのみ、ゴルフをすればよかったと、今更ながらに思う。できる時にやりたいことをやった方がいいと、今更ながらに思う。読みたい本もたくさんある。これからも読書を楽しみたい。

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Posted by ブクログ 2020年03月07日

 斎藤道三編の後編にあたる巻。斎藤道三が美濃の国の守護を追ってその国の頂点にぼり詰めて行くところを描いている。後半ではライバルとして織田信虎が登場して、それまでの商人としての活躍から、大名としての戦略に話が変わってくる。本当に出世物語が楽しめる。

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Posted by ブクログ 2019年06月12日

斎藤道三編の後編。
前半に比べるとサクっと過ぎてしまった感があり。
創作できる部分が減って、道三さんの業績をなぞらなければならないからなのかな。

旦那さんとベッタリ物理的にいつも一緒ではないけれど、旦那さんが好きでサバサバしていて、旦那さんが美濃で別の女を複数囲っていても瑞々しく生きていられる京の...続きを読む油やのお万阿さんのキャラは良いな。

だからこそ、お万阿さんが複数の暴漢にかどわかされる話は必要だったのか、微妙に思いました。
男性読者向けかなぁ…。

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Posted by ブクログ 2017年09月03日

面白いの一言。 斎藤道三、あまり知らなかったけど。魔法使い。愛情深い。強い。 でも人生は短い。 跡を継ぐ信長の物語が楽しみ。

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ネタバレ

Posted by ブクログ 2017年01月06日

「おれが悪党?」庄九郎は意外な顔をした。
「そうみえるなら、不徳のいたりだ。人間、善人とか悪党とかいわれるような奴におれはなりたくない。善悪を超越したもう一段上の自然法爾のなかにおれの精神は住んでおるつもりだ」
「自然法爾のなかに。ーー」
赤兵衛も寺男だっただけに、そういう哲学用語はききかじっている...続きを読む。宇宙万物の動いている根本のすがた、といったような意味である。真理といってもいい。真理はつねに善悪を超越したものである。

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Posted by ブクログ 2020年07月15日

「茶とは便利なものが流行ったものでござりまするな。ここに一碗の茶を置くだけで浮世の身分のちがい、無用の縟礼をとりのぞくことができるとは」
といった。事実、茶の席では、亭主と客の二つの立場しかない。(p.52)

「お干しくだされ。それがしも頂戴する。もう、この一件、思いあきらめた。禅家では一期一会と...続きを読む申す。普天の下、人間は億千万人居りましょうとも、こうして言葉をかわしあうほどの縁を結ぶ相手は生涯でわずかなものでござる。よほど前世の因縁が浅くなかったのでありましょう。
そうではござらぬか、宮。あなた様のおん前にいるのは、仏縁によってここに湧出したるただの男。わが前にいるあなた様は、これまた逢いがたきみほとけの縁によりてこの山に湧出したるただのおんな。
そのただの女と男とが、ふしぎな縁で酒を汲みかわした、ということでこのたびはお別れしよう。」(p.64)

庄九郎にとってなにが面白いといっても権謀術数ほどおもしろいものはない。
権ははかりごと、謀もはかりごと、術もはかりごと、数もはかりごと、この四つの文字ほど庄九郎の好きな文字はない。(p.99)

「人の世にしくじりというものはないぞよ。すべて因果にすぎぬ。なるほどわしの場合、昨日の悪因がきょうの悪果になったが、それを悪因悪果とみるのは愚人のことよ。絶対悪というものは、わしが妙覚寺本山で学んだ唯識論、華厳論という学問にはない。悪といい善というも、モノの片面ずつにすぎぬ。善の中に悪あり、悪の中に善あり、悪因悪果をひるがえして善因善果にする者こそ、真に勇気、智力ある英雄というわい」(p.157)

「おぬしは天下の岡部又右衛門ではないか。たかが一国の小守護が来たからといって、居ずまいをただす必要はない。わしは一代で死ぬ。おぬしの仕事は百世に残る。どちらが上か」(p.283)

(お万阿と約束した「天下」が、はたしてとれるかどうか)
とれる、とおもっていたのは、若年のころである。年を経るに従ってそれがいかに困難な事業であるかがわかってきた。なにしろ、美濃という国を盗ることに二十年以上の歳月がかかってしまった。あとは東海地方を制圧し、近江を奪り、京へ乗りこむ。それにはもう二十年の歳月が必要であろう。
(いつのまにか、老いた)
五十に近くなる。
(もう一つの一生が)
と、庄九郎はおもった。
(ほしい。天がもう一回一生を与えてくれるならば、わしはかならず天下をとる。とれる男だ)
が、のぞむべくもない。(p.503)

すでに自分の人生が夕暮にさしかかっていることを庄九郎は知っている。いまや美濃を得、晩年にはあるいは尾張がとれるかもしれない。しかしそれで今生はおわる。そう見通すことができる。そうとすれば、せっかく今生で得た領土を、どうしても捨てる気にはなれない。これは煩悩ではない。と庄九郎はおもった。
美濃をすてれば、庄九郎の一生のしごとはなにもかも無に帰し、この男がなんのためにうまれてきたか、いや生まれてきたどころか、かれがこの世に生きたという証拠さえなくなるではないか。(p.511)

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Posted by ブクログ 2017年12月09日

道三の壮年期の物語。一方では信義、片一方では謀略を用いてのし上がっていくわけだが、司馬の手にかかると非常に魅力ある親分と映る。蝮と恐れられ成り上がっていく道三の生き様には、なにやら憧れのような感情を抱く。

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