【感想・ネタバレ】高学歴ワーキングプア~「フリーター生産工場」としての大学院~のレビュー

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Posted by ブクログ

ネタバレ

高学歴ワーキングプア 「フリーター生産工場」としての大学院 (光文社新書) 新書 – 2007/10/16

大学院(特に文系)に進学したら地獄にまっしぐらです
2016年1月14日記述

水月昭道氏による著作。
2007年10月の本である。
ただ指摘している事は全く古くなっていない。
残念ながら現在進行中のままなのだ。
本書内では主に文系の大学院進学者を想定している感じ。
理系だともう少し具合が違うのだろうか。

自分も文系で大学院進学は厳しいとは認識していた。
しかしここまでとは思わなかった。
大学院重点化策のあまりにずさんな、あまりに悲惨な、あまりに理不尽な結果に怒りを覚える。
大学院重点化による計画的な大学院生増加政策とは悪質な振り込め詐欺に他ならない。
どうなるか将来を検討もせず、そして誰も責任を取らない文科省官僚、大学経営者、教授には反吐が出る。

90年代前半からスタートした大学院重点化で増えた大学院生数と少子化で減った学部生の数が奇妙にほぼ同じであることも驚くほかない。
(90年代後半からの就職氷河期の学生の就職先が見つからないという問題を考えれば当時は雀の涙程度の意義はあったかもしれない。無論、今は無し)

そして非常勤講師の待遇のヒドさ。
正規、非正規の格差は民間、公務員でも酷い。しかしアカデミアほどではないのだ。
専任講師や准教授になると実質的に終身雇用になり、教授になれば年収1000万円を超える。
しかもその非常勤講師達は学費を払う為の奨学金(学生ローン)の返済も合わせると手元にお金は残らずむしろ赤字になってしまうだろう。
リアルな地獄の行進をおこなっている。
その非常勤講師達によって大学の授業は成り立っている。
近隣の各地の大学で必至に教えている。
入試難易度差はあっても大学教育に格差など実質無い。
しかしこんな状態で授業料に見合うような高品質なものを提供し続ける事は出来ないだろう。
日本の大学は、最低品質のサービスを最高料金で提供する産業なのだ。

2015年6月12日の日経新聞夕刊記事だと会計大学院で既に13校中9校定員割れと報道された。
立命館、甲南、法政、2017年からは中央も廃止。
法科大学院もボロボロで先日成蹊大学法科大学院の廃止が決まったばかりだ。
この流れは構造的なものであり本書の指摘する事を真正面から受け止め改善していかないなら一般の大学院も会計大学院、法科大学院のように廃止される事態になるだろう。

労働力不足社会に突入した今後の日本にとって無用な大学院は廃止させるべきだ。
昔の大学院生数7万人程度にまで縮小させて何も問題はあるまい。
現行の大学院生数26万人は多すぎる。

現状大学院生になってしまった者はアカデミアにこだわることなく民間、行政に就職される事を勧告したい。
この腐った構造に身をおいてはいけない。
水月昭道氏も指摘するように「末は博士か大臣か」なんて言葉は死語と成り果てている。

本書終盤に水月昭道氏が書いていた学校法人は利他の精神を持てというのは理想論であろう。
そもそも私立学校は経営が安定しているならともかく
そんな綺麗事だけでは経営は難しそうだ。
本書で登場した私立コースにいた女子学生がいざ国立大学に受けると手のひら返しをするのには呆れるばかりだ。
当の女子学生が卒業後に不信感を抱き母校への寄付などしないのも当然だ。
ただこの事態は私立高校ならば十分あり得るなと思ったのも事実だ。
(私も私立高校出身だ。何をするにも金ばかりでうんざりした記憶が強い。よほど特別なトップ校以外は私立なんて行く意味ないと当時思ったものだ)

利他の精神うんぬんについては、小中高は実際に数の上では公立学校がほぼメインだからまだマシだろう。
大学は逆に数の上で私立が多い。
経営的にも利他の精神どころではない。
大学院生数を無意味に増やしてしまった遠因になっているように思える。

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2021年12月23日

Posted by ブクログ

ネタバレ

周りを見渡しても、高学歴ワーキングプアーはあちこちにいる。ずっと親のスエをかじり続けてる、高学歴ニートとか高学歴ひきこもりとか。
どんな形であれ、学んだことは生きていくために活かしていくべきだと思う。社会の中で働いて、誰かの需要に応えることができるだけの技術や能力を身につけて、それで賃金を得て、食いたいもの食って好きな服買って、どこかに住んで、そのために学ぶんだと、オレは、思う。
文系も理系も、分野によっては、ほとんど社会で使い物にならない場合もある。お勉強するための勉強、みたいになっている人も見てきた。
親の金がたくさんあるのなら、それでも良いんだと思う。そういうところから何か新しい学問の発展があるかもしれない。
でも、そうじゃない場合は、学ぶという行為は、自分がより楽しく生きていくために必要な技能を身につけることだと思う。

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2013年03月22日

Posted by ブクログ

ネタバレ

やや乱暴な文体だが、現在の大学・大学院を巡る状況が大まかにわかった(少子化で18歳人口の数は減っているのに、大学・大学院は急増している等)。博士号を取得してもフリーター・無職になってしまう若者の残酷な現実がひしひしと伝わってきた。何のための教育か。大学にはそのような根本的な教育哲学が必要だと思う。

ただ働きたくないとかそういった軽い気持ちで大学院に進んだ人はともかく、純粋に向学心に燃えて or 大学の画策によって進学した(させられた)人への就業支援は、大学だけでなく、社会政策によってもなされるべきである。もちろん彼ら自身も何のために大学院まで行くか、ということを入学前に考えておく必要はあるが。

最後、大学・大学院時代の専攻と全く違うことで起業した人の話は興味深かった。こだわりを捨てることも大事だと彼は言う。そう、大学は職業訓練校ではない。就活予備校でもない。確かに就職支援・キャリア教育は必要だけど、大学で学んだことをどのように生かすか(直接的なことだけでなく間接的なことも含めて)はその人次第なのだ。

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2014年02月19日

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