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Posted by ブクログ
夏目漱石も西欧の近代合理主義と自分のこころとの矛盾に悩む青年を描いたが、横光利一もそのような西欧合理主義の教育を受けながらも実際欧州に行ってみて、反発や適応せざるをえない苦しみをこの長編に描いた。ヨーロッパを賛美出来ず、なお日本に寄り添ってしまうこころを解剖してみせる。
昭和11年(1936年)といえば第二次大戦前の不穏な時だろう。行くにしても何日もかかった時代。そんな時欧州に遊学する青年たちとは特権階級、現代の誰でも(庶民が)行けるヨーロッパではない。東洋と西洋の相克の悩みは、今から考えると隔世の感。
ストーリーは単純。
同じ船で長旅して、欧州を目指した青年二組の男女が繰り広げる愛憎といえればいいのだが、なんともまだるっこしい展開なのである。
歴史、近代文化を学ぶため遊学した「矢代耕一郎」と、カトリック信者でイギリスにいる兄を訪ねる「宇佐美千鶴子」のカップル。
社会学、美術の研究のため渡欧の「久慈」と、せっかく夫を訪ねたのに離婚の危機迫る「早坂真紀子」との関係。
最初に「久慈」が「千鶴子」に接近、欧州到着後はだんだん「千鶴子」が「矢代」に引かれていくのだけれど、なかなか決定的な愛の告白をしないつつましさ。二人とも長い欧州の旅を終えて別々に日本へ帰ってきてしまう、それが上巻の終り。「何も言わなかったのがよかった」とかなんとか。(今なら、はぁ?と思う)
しかし、西欧に対する思想考察は当時を彷彿させおもしろい。またパリやスイスなどの描写は素晴らしい。パリで遭遇した歴史的な事実”人民戦線”の「デモ群集と官憲の衝突見聞」など迫力だ。もしかして当時のあこがれの欧州旅行案内だったのかねこれは…。
わたしが中学のころ友人に薦められた本である。挫折しては長いこと読みたいと思い続けてきたわたしの息も長いけど、この物語の退屈とも思える冗長さにはあきれる。
でもこれが「旅愁」という作品の性格的色彩というから、仕方がない。参考資料をみると、なるほど研究論文が多い。うなづける。
新感覚派の実験といわれた短編は非常にシャープで面白かったのだが。