【感想・ネタバレ】未完成 大作曲家たちの「謎」を読み解くのレビュー

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Posted by ブクログ

 《未完成》が曲のニックネームとして定着しているのは、シューベルトの《未完成交響曲》くらいのものだが、本書はそれも含め6曲(+コラムでもう少し)、未完成のクラシック音楽について論じているものである。こういう本、あってもいいと思っていたのだ。何しろ評者は未完成曲の完成版という類のCDが出ると、ついつい買ってしまうゲテモノ食いだからだ。

 いくら未完成だってそれなりに完成した姿がないとコンサートのレパートリーにはなりにくい。未完成のままレパートリーに定着した作品としてはシューベルトの他に、ブルックナーの交響曲第9番が上げられる。この2曲とも完成した楽章まででも演奏上十分な達成感があるのだ。
 ブルックナーの場合、作曲者が完成の意志を持っていたのに寿命が来てしまったのだが、シューベルトの場合はそうではない。この人とにかく未完成作品が多い。《四重奏断章》など第2楽章の冒頭で中断しているので、第1楽章のみが演奏されるが、稀代の名曲。《未完成交響曲》の場合も、第3楽章の冒頭が書かれているが、中断してしまっている。それがどのような経緯で人手に渡り、死後に「発見」されたかには謎も多く、本書でもそこがキモだ。
 この第3楽章のトリオに歌曲を補い、第4楽章は《ロザムンデ》間奏曲を流用するというニューボルト版という「完成版」があるが、作曲者が断念したものをいったい誰が書き継ぎうるのかという問題を残す。

 その点、ブルックナーの交響曲第9番の場合、緩序楽章の第3楽章で楽想が天に昇っていくところで終わりでいいじゃんと誰しも思う。ところが実は第4楽章はほとんど完成していたのだというのが、第2話のキモ。作曲者の没後、関係者が楽譜をそれぞれ少しずつ記念に持っていって散逸してしまったのだ。これも近年、幾人かの学者の手により、ほぼ復原されている。なのに、3楽章版での演奏・録音が多いことに音楽産業の問題を絡めるのは、さすがにレコード・ジャーナリズムにどっぷり浸った著者ならではの見解である。

 マーラーの第10交響曲は種々の完成版があるにしても、そろそろ完成版の形での演奏が定着しつつある。それが第3話。ここでは前田良雄『マーラー』による通説批判の紹介が主である。

 第4話はショスタコーヴィチ《オランゴ》。最近CDが出たばかりの真新しい「発見」についてである。ショスタコーヴィチの場合、未完成に終わるのには政治が絡む。

 マーラーの第10交響曲に取り憑かれてしまったデリック・クック、スクリャービンの未完の大作《神秘劇》の第1部を補完したネムチン、こういった人たちはどうしてこのような割に合わない仕事に生涯をかけたのかと常々思うが、第5話はそういう割に合わない話。プッチーニの《トゥーランドット》はその補筆を担当したアルファーノの非才が非難されることとなっているのだ。しかもその初演のときに、トスカニーニは、アルファーノの補作版を使わず、プッチーニの絶筆のところで尻切れトンボでオペラ公演を終えているのである。これについて著者は時の権力者ムッソリーニとの確執に理由を求めており、なかなか興味深い推理なのである。

 実はアルファーノのオリジナルな作品はいくつか聴くことができるが、そう悪くないのだ。同様にモーツァルトの《レクイエム》を補筆したジュスマイアやアイブラーの作品だってそう悪くない。バルトークは第3ピアノ協奏曲の17小節のオーケストレーションを残して死んだが、たった17小節なので、補筆部分がどうのと問題にされることはほとんどないが、ヴィオラ協奏曲となると、シェルイの補筆の問題を指摘した新たな版も出されている。ジュスマイアのオーケストレーションはダメだという意見はずっとあり、別の完成版もいくつか試みられているのだが、あたかも他人がかなりの部分を補筆したことなどなかったかのように演奏されているのがモーツァルトの《レクイエム》だと著者は述べている。これが第6話で、遺族の金策が作品の補筆完成を生んだのだ。

 しかし考えてみると不完全な人間がどんなに身を削っても芸術作品を神の域にまで完成できるわけはないので、すべての芸術作品は未完成ともいえる。また、音楽だったら演奏家がいて、聴衆がいて、その都度その都度、違った形で完成される、ともいえる。こうした論点は本書では触れられていないが、芸術作品と未完成という問題は深い含みを持つのではないかと思った。

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2016年02月04日

Posted by ブクログ

シューベルトの交響曲第7番"未完成"やモーツァルトの"レクイエム"など、クラシックには数々の未完成な作品があります。その経緯にまつわる伝説は数々ありますが、それらは本当なのか?という点をミステリー仕立てで紹介しています。本書では、上記2名に加え、ブルックナー、マーラー、ショスタコーヴィチ、プッチーニを取り上げています。クラシックのガイド本はたくさんありますが、こういう切り口の本は珍しいと思います。未完成の秘話に思い入れのある人にはオススメできません。推理過程が作品によってはちょっと強引なところもあります。

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2013年03月06日

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