感情タグBEST3
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北杜夫の著作に久しぶりにめぐり合った。平明簡易な文章に改めて感動を覚える。
東京亀有の古本屋にふらっと立ち寄り、この本を見つけ、即座に買うことを決めた。
私は時折、文章を書くが、北杜夫のような、平明簡易で、かつ、読む側の心に素直に染み入るような文章が書けるようになれればいいなと、常々思う。
作中の「あほんだら!」という妻をしかりつける言葉、深夜に読んでいて、思わず、頬が緩んでしまった。
お元気に過ごして欲しい
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有名なお母さまだったのね、全く存じ上げませんでした。
まぁ今の世なら違う意味で社会的に抹殺されてしまうような良い意味での自由を責任をもって突き詰めたお方という気がする。
そんな母親への愛がそこかしこに見て取れる本作、こういう両親にこの作家ありということかと。凡人はこういう方々にイチャモンをつけてはなりませぬ。
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宗吉(北杜夫)が茂吉を父として認めた一瞬。
《本文より》
そのうち、苦労して「赤光」「あらたま」からの自薦歌集「朝の蛍」を入手した。
これらの初期の歌は、ずっと圧倒的な感動を私に引起した。
青年期の感情的、抒情的な歌どもであり、更に私の記憶に懐かしい青山墓地や私がそこで育って嫌だった狂院のことなどが詠みこまれていたからだろう。
私は暗記するまでそれらの歌を繰り返し読み、私自身のとりとめのない、だが切迫した感情にひたった。
そして、昔から単に怖いと思っていた父は、突如として茂吉という崇拝するに足りる歌人の姿として、私の内部で変貌したのである。
あの頃のわたしの異常ともいえる感傷癖は、やはり死が身近に迫っていることからもたらされたもあったかも知れない。父の歌の中でもとにかく「さびし」くて「悲し」ければ私の嗜好ぴったりするのであった。
輝子の天蓋無謀、我儘勝手、傍若無人がよくでている。
《本文より》
母は自分の息子が当時では滅多にいけなかった外国を訪れたことに対して、むらむらと負けてなるものかという持前の好奇心をおこした。それが生来の、母の本性であった。
母にとってはけしからぬことに、二人の息子、つまり私(杜夫)と兄が、「ハンブルクのレーパーバーンは…」云々と話しあったりしているのを聞いていると、彼女の胸の中に生来の祖父ゆずりの好奇心が抗いがたく沸いてきたのはごく自然のことであっただろう。
いや、そればかりではなく、母はッカチで、またいざという場合、男まさりの闘志をふるい起こす性であった。息子に負けてはならぬ。否、彼らを海外旅行においても凌駕してやろう。こうした意思が、母の胸の中にみなぎりだしたことは当然のことであったのである。
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前半は茂吉に関する記述。後半から母親の話し。「楡家」や「青春期」を思い出しながら読むと面白いです。「老い」や「死」に関して考えさせられる一冊。