【感想・ネタバレ】「法令遵守」が日本を滅ぼすのレビュー

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Posted by ブクログ

コンプライアンスとは「法令順守」ではなく、「社会的要請への適応」と解釈すべきと作者は問う。
本来、何のために法律が存在するのか?単純に法律を遵守する事が社会の要請に応える事にはなっていないにも関わらず、「法令を守れば良い」、「法令に従って物事の是非を判断すれば良い」と単純化されていないか、作者は警笛を鳴らす。
文章も簡潔に非常に読みやすく、分かりやすい。おススメ。

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2014年11月17日

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細かい条文がどうなっているなどということを考える前に、人間としての常識にしたがって行動すること。そうすれば、社会的要請にこたえられる。
本来人間がもっているはずのセンシティビティというものを逆に削いでしまっている、失わせてしまっているのが、今の法令遵守の世界

組織が社会の要請にこたえるためには
 社会的要請を的確に把握し、その要請にこたえていくための組織としての方針を具体的に明らかにすること
2 その方針に従いバランスよくこたえていくための組織体制を構築すること
3 組織全体を方針実現に向けて機能させていくこと
4 方針に反する行為が行われた事実が明らかになったりその疑いが生じたりしたときに、原因を究明して再発を防止すること
5 法令と実態とがかい離しやすい日本で必要なのが、1つの組織だけで社会的要請にこたえようとしても困難な事情、つまり組織が活動する環境自体に問題がある場合に、そのような環境を改めていくこと

組織が何を目的とし何を目指しているか、その実現に関して何が問題になっているかを、全構成員が理解、認識すること

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2013年07月30日

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コンプライアンス=法令遵守としてしまい、形から入り、形で終わっている今の世の中、会社、組織に警鐘を鳴らしている本。

筆者はコンプライアンス=「組織が社会的要請に適応すること」と定義していると書いてある。長いから広がらない、とあるが、個人的には辞書にこの意味が載るような簡潔な日本語が作られれば、と思う。明治時代にはそうしてきたはずだ。

法律やルールを守っていくことは大事なことであるが、それは何のために、誰のためにやっていくのが大事なのか、記者会見で頭を下げれば終わりというわけではない、と改めて考え直すべきなのであろう。

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2013年05月28日

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官製談合などを引き合いに、立法事実を軽視した法運用がいかに社会にマイナスに作用するか、また昨今の企業不祥事で散見される、無自覚な「法令遵守」だけをして本質的な原因追求をしないために、類例が何度も繰り返されているのではないかと警鐘を鳴らしています。
また、本質を見失ってしまうのは、官僚やマスコミの行動が弊害になっているからという指摘は同感ですが、根拠についての記述がいささか弱かったかなという印象です。
「法令遵守」=「コンプライアンス」ではないという説明に著者の主張が凝縮されており、「コンプライアンス」の真の意味を問い直すのに、一読の価値ありでしょう。

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2011年11月12日

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守るべきものの先に何があるのかを考えぬままルールを敷いてしまったために歩みを止めた日本の現状を綴っている。少々難しくもあるが経済・経営に興味があるならお薦めしたい。

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2009年11月12日

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この手の本色々読んだが・・・ふむふむと納得させられる点があったことではこれが一番かも。5つ星あげちゃいます。

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2009年10月04日

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まっとうな本。
コンプライアンスを言葉の武器にしてはならい。そしてまたバックラッシュを主張しているわけでもない。

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2009年10月04日

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長崎で大活躍した郷原元検事の痛快な一冊。法の背景にある社会的要請を忘れて、細かな法令にこだわる”法令遵守”が大手を振って歩く最近の日本は、大間違いだと説く。

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2009年10月04日

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社会の現状に照らし合わせた必要性からは乖離した法令をただ闇雲に遵守することで起こる弊害を、談合問題・ライブドア事件・村上ファンド事件・耐震強度偽装事件などの具体例をあげて説明している。法令本来の目的を見失い法令遵守が自己目的化したり、包括的規定に基づいて処罰するべき案件を形式犯として罰則を適用したりするために不利益をもたらしていることが多いという点を指摘しながら、法令の背後にある社会的要請に応えていくという日本型のコンプライアンスとそれに基づく組織づくりを提案している。面白くためになる本でした。

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2009年10月07日

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法令と社会的要請との間にズレがあるのに、企業が法令規則の方ばかり見て、その背後にどんな社会的要請があるかということを考えずに対応すると、法令は遵守しているけれども社会的要請には反している、ということが生じる。社会的要請に応えていくことこそがコンプライアンスである。確かにそう思う。
「社会的要請」という言葉は勉強になった。
確かに合法か違法か、ということにばかり注目が集まるが本質はそこではない。事例の中に、合法ではないが社会的要請には応えている、というものが数多くあり、一方で社会的要請に応えていない法律が今だに残っていることは驚きだ。本質よりも形式を重んじる風潮は滅びゆく日本の兆しなのかもしれない。

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2024年02月14日

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「法例遵守」することで、大丈夫だと思っている日本人に向けて、それが問題の解決にはならないことを指摘する良書。

談合が非公式のシステムとして認められたことであること、公正取引委員会が歴史的には非常に難しい立場であったこと、ライブドア、村上ファンド、耐震強度偽装事件、パロマ事件などを例に挙げて、官とマスコミがそれを後押ししていると指摘している。

日本の法律は元々、実態にあっていく慣習法ではなく、大陸成文法であるとともに、学者の研究も経済活動などとは無縁で、法学のタコつぼにとじこもって、主に、民法、刑法、行政法が研究対象になる。このような中で、フルセット・コンプライアンスの考え方が有効であると指摘している。

いろいろな意味で、今の過渡期の日本の問題点がよくわかった。やはり、このようなことをその場で押さえずに、構造や組織や仕組みで変えていかないと真の問題は解決しないと感じた。

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2012年05月13日

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ネタバレ

『法令遵守が日本を滅ぼす』。なんだかタイトルもあざといし、新潮新書なのであまり期待しない方がいいかな(←出版社差別)と思いながら読んでみたのですが、思ったよりも面白く読み応えのある本でした。

法律と企業倫理のこれまでの関係と、そのこれからあるべき関係が述べられています。具体例や歴史的経緯、それに日本人の法感覚などに照らし合わせながら論述が進められていくので、本の厚さに対して情報量も相当なものです。

まあ大まかな作者の主張はタイトルの通りで、最近は法令遵守ということがよく言われるけれどそれだけではダメだ、ということです。

規則を無視するのも、規則を無批判に遵守するだけの態度も、どちらも間違い。そもそもその法律が社会的感覚とズレていることは多くあるのであって、企業は必ずしも法律に即さないような社会的・道義的責任までも見据えていかなければならないのです。そういうことが述べられています。

もっと簡単に言えば、「企業よ、法律を守るばっかりではなく、ちゃんと社会の空気を読め!」といったところでしょうか。

しかしこの本は「企業寄り」という感じで、もはや法律に絶望しているようにも見えます。その点が少し気になりますね。

恐らく企業にだって空気が読める企業とそうでない企業があることでしょう。それにそうした空気じたい、一般的な暗黙の合意としてあるわけではなくて、マスコミがどう報道するかにかかっている部分もあります。

例えばマスコミが「この企業はこんなに反省しているから許してあげよう」という報道をすれば、社会全体でそういう空気になるものです。また逆に、どんなに謝罪しても、マスコミが叩く限り我々はその企業をそういう目で見続けてしまうものです。

この本の立場は「明文化されたルールに依存するとろくなことはない」ということだと思いますが、僕にしてみれば「場の空気を読んでばかりいるのは日和見主義で、そうした立場からは一貫した道義性は生まれない。不祥事を起こした企業は、それへの対応が、今後も他の企業に対して模範となるように心がけねばいけない」といったところです。

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2012年04月02日

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有名な郷原弁護士の著書。
フルセット・コンプライアンス論の提唱者。今取り組んでいるコンプラ課題の来季以降の方向性の参考にと、購入してみました。『食の不祥事を考える』と『司法記者』は読んでみようかと…

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2012年01月10日

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[ 内容 ]
「申し訳ございません。違法行為を二度と起こさないよう、コンプライアンスを徹底いたします」とは、不祥事を起こした際の謝罪会見での常套句。
だが、こうした「コンプライアンスとは単に法を守ること」と考える法令遵守原理主義そのものが、会社はおろか、この国の根幹をも深く着実に蝕んでいるのだ。
の中に蔓延する「コンプライアンス病」の弊害を取り上げ、法治国家とは名ばかりの日本の実情を明らかにする。

[ 目次 ]
第1章 日本は法治国家か
第2章 「法令遵守」が企業をダメにする
第3章 官とマスコミが弊害を助長する
第4章 日本の法律は象徴に過ぎない
第5章 「フルセット・コンプライアンス」という考え方
終章 眼を持つ組織になる

[ POP ]


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[ 関連図書 ]


[ 参考となる書評 ]

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2011年05月22日

Posted by ブクログ

2011/02/28読んでいる最中の感想
法律の目的が風化すると、ただ守ることだけが目的となり、当初の目的や意図が活かされず、かえって経済や社会への悪影響が生まれる。
一般的には悪である"談合"にも、インフレ時代には社会的な存在意義があった。だが、デフレの時代では存在意義が薄れている。

罪刑法定主義の考え方と相容れないのは、刑法が個人の自由への制裁を目的としているのに対し、商法上の独占禁止法などが、経済の発展を目的としている点の違いなのかな。

乱文なので、読み進めていくうちに考えを纏めたい。

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2011年08月15日

Posted by ブクログ

なんとなく聞こえがいい「コンプライアンス」という言葉は、ここ10年の間に一気に広まった。これを法令遵守と訳し、ひたすらちゃんと法律を守りましょう、と捉えることがさらなる失敗を生む、と著者は語る。
そのとおりであると思う。そもそも法律は、それ単独で成り立つものではない。その背景に「社会」「慣習」「常識」「論理」があるからこそ成り立っている。この点を理解せずに、法律の文面だけで法律が成り立つと勘違いしてはいけない。

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2010年01月06日

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遵守してなにを達成するかというその先の目標を見ないまま、
法令遵守なんて言っても何の意味もない。
経済活動を萎縮させてしまうような規制ばっかりまかり通るだけ。

なのに法令遵守に異議を唱えればバッシングされることうけあい。
「法令を遵守しましょう」っていう言葉は「人を殺してはいけません」っていう言葉くらい
あまりに一般的で否定できない言葉だから。

そう考えると、日本を滅ぼすのは何も法令遵守だけじゃない。

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2009年10月04日

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何でも法にすればいいというわけでもない。むしろ、何でも法にするから現実と法令の離隔が生じる。(2009.05.13)

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2009年10月04日

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「未熟な」法治国家である日本で、法令のみを守るだけでよしとする風潮に警鐘を鳴らす。
「なぜ」は色々な事件によって詳しいが、「ではどうすれば」にもうちょっと...という感じ。

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2009年10月07日

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ゼネコンの談合、ライブドア、村上ファンド、パロマなどの記憶に新しい問題を例に、「法令遵守」に固執することの弊害を説いています。
法令によらない、倫理観・信頼・社会的責任を果たそうとする姿勢によって支えられた日本が、変化しようとしているのを感じました。
現状では法的責任を追及されるのを恐れるあまり、会社や官庁の組織が硬直化し、ものごとの全体を把握できなくなっていることがよくわかりました。
法律に違反しているかしていないかを最重要視するマスコミの報道のカラクリも解説してありました。
とてもおもしろいオススメ本です。

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2009年10月04日

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1. 検察の起訴裁量について

 法令と実態が乖離しているような状態で「形式的にすぎる」官僚を批判しているが、検察については法令違反については淡々と職務を遂行すべきだと感じた。世間から特装検察が評価されていた執筆時とは異なり、袴田事件を筆頭に検察への不信も高まっている現在では、「柔軟に」事件に対応したところで「恣意的に運用したのではないか」との疑いをかけられるのは目に見えているし、そのような疑いに市民の目を入れたはずの検察審査会についても良い評判を聞かない。
 法令におかしいところがあるのであれば、司法に持っていって判断を待てば良いのであるし、その判断を元に立法が法令を変えるのが筋であるから、検察に柔軟さを求めるのは賛同できなかった。

2. 法令遵守について

 法令に限らず、「法令遵守」にある問題はSDGsにもあり、社会に根強く残っているものだと考えた。すなわち、建前においてSDGsという崇高な理念に賛同しているポーズをとり、環境コンサルの助言に従って配慮している形式だけを重視して、その実、「実質的に」持続可能な社会の実現にどのように寄与するのかという問題には直視しない態度が見られる。
 このような観点でいうと、世界を滅ぼす、ということにもなりかねない。本書の主張を敷衍すると、地球の構成員一人一人の鋭敏性が地球に「眼」を与えることになるのだろうか。

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2023年10月17日

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ルールや法律が目的とズレが生じると形骸化されたり、法律の抜け穴になり法律は守ってるけど社会の要請に応えられてない事は世の中にも普段の仕事でもよくある。
法律は守らないといけないが、守る為のルールに生産性を感じない。

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2011年09月05日

Posted by ブクログ

ネタバレ

本書のテーマはコンプライアンスである。90年代の末か国家公務員倫理法制定により、官僚の実社会との隔絶が広がり、法令を遵守するだけでは、社会的要請に応えられなくなって来ているという問題意識が存在する。

例えば、談合について、高度経済成長期には社会的要請としての富の再配分としてのシステムが存在しており、雇用の確保、中小企業を通した地域振興、天下りの受け皿、技術革新などの多面的役割があった。刑法の談合規定も適用されず、談合は公然化していた。しかし、低成長時代、弊害が多く出始めたので会社法上の規定と公正取独禁法の見直しにより、談合に課徴金を課し、談合コストを高める事で談合=犯罪のイメージは定着した。90年代以降の規制緩和の流れの中で、一方で競争システムを助長する事で、消費者の利益に資する反面、受注実績に制限を掛けなければ安全、良質という社会的要請には応えられない。談合を巡る問題で、結果的に談合は「不正の温床」というイメージは出来たが、なぜ談合が必要とされていたのか社会的実態を問う事をしなかったため、談合=悪論が目的化し、手抜き工事や有望ななどの問題が出始めている。

上記のように、時代とともに法令と社会的要請にはズレが生じ、拡大して来ている。法令遵守する事がメディアや規制緩和の事後チェック型の流れで求められるが、社会の要請に基づかなければ法律だけ守っても問題の解決にはならない。そこで法と実態社会のギャップの拡大を食い止める為に、どうすれば良いかは述べられていない。ただ、おそらく法令が完全に社会の要請に応える事は困難であろう。筆者はコンプライアンスを「組織が社会的要請に適応すること」と定義し、組織が法の趣旨に照らし社会的要請に応えるための組織改革が必要だと言う。ただ、当たり前の事のようにも思え、多くの企業が生き残るべく実施しているのではないかとも思える。むしろ、官僚という組織について知りたいので、他の書にあたろうと思う。

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2012年03月11日

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法律を守るだけじゃなくてもっと能動的に考えようといった話。

法律は相互に絡み合っていて、経済法をやるには色々な法律の理解が必要とのこと。
検察官の方の本。

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2011年06月16日

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目を引くキャッチーなたいとるだけど、要は「コンプライアンス=法令遵守」ではなく「コンプライアンス=社会的要請への適応」であり、法令だけまもっていても、その法令の背後である社会的要請に応えなければコンプライアンス違反のそしりは免れないということ。

1,2章はちょっとこじつけな感じがするけど、3~5章は社会人として読んでおいたほうがよい。

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2010年09月20日

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 なんかあると審査、検査を強化しよう、となる。また間接業務が増える。いまに間接業務だけになってしまうのではないだろうか?著者の言われるとおり「日本の建築物の安全性を支えてきた」のは「会社の信用と技術者の倫理」(p.80)なんですよね。文系の間接業務じゃない。

 まあそうはいっても信用だの倫理というのは文明だから、なかなか一朝一夕には対策が取れない。そこで、本書も背後にある社会の要請ってものをよく考えろ、というメッセージになっている。「常識が大事だよ、常識が…」というわけだ。著者は「本来、人間が持っているはずのセンシティビティ」(p.103)という表現をされている。まあ要するに、よく考えろよ、ということなんですね。だけどよく考えても報われないんだよね。それでも考えろ、と。そういうわけだ。

 読みどころはやはり実例が書いてあるところ。バカヤローという表現はとっていないが、困ったことがありますよ、という実例を使った文脈が面白いです。

 専門家のバカヤローという文脈がある。法律家ってのは生活にはたいして役にもたたない。そういう専門家だから、面倒なことは法律家に丸投げしていた。それでよかったし、法律家も少ないから偉かった、重宝された、というわけだ。win-winですね。著者は「巫女のようなもの」(p.130)だったとしておられます。

縦割りのバカヤローという文脈もある。法律は個々にあるけれども、背後の価値観ってのはつながっているんだから、「タコツボの中に入ってでてきません」(p.138)というのは困りますよ、というわけだ。例えば企業法にしたって「企業に関する法全体を体系化して『面』でとらえるということ」(p.139)が大事とのこと。その通りですね。専門家ってのはその専門のオブジェクトのほうをキーに考えるんだよな。それをあてはめる相手の側の体系にあてはめないんだよなあ、と思いました。このくだりは賛同しました。しかし、面で捉えるには実体経済に近づかなければならないですよね。そこがイヤなんでしょうね。専門家の人は。そもそも実体経済がイヤだから専門家になった人が多いんじゃないのか?これは私の邪推。

 すぐ間接業務に持ち込むっていうところで、法令遵守ってのも、これもまた、わが国を覆う文系の禍いの一つだな、と解釈しました。

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2010年01月04日

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新潮社
郷原 信郎


むずかしかったなーw
普段新聞を読まない俺にとってはねw


物事には多面性があって、
ありき論や、善悪とか正誤とか、それだけで考えるのは幼いことですよー。

っていいたいんだと思う笑

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2009年10月07日

Posted by ブクログ

発売当初に購入して中途半端なままだったので、読み返してみたんですが、改めて再読すると新たな発見というものがあります。視点が変わったり、気付かなかったところが浮き彫りになったり。読書自体が自分の成長の目安になったりするんでしょうね。

(+)
・『会社法と労働法の関係』P135
会社は株主のものという考え方が一般的に認知されだした現在、労働者(つまり社員)はその利益獲得に必要な労働用益であり、その労働契約の相手方であるという考え方。会社はだれのものかという前提にたった「会社法」と雇用や労働者保護を目的とする「労働法」は相互に密接に関連している


・『法の背後に何があるのか?〜社会的要請と法令遵守〜』P100
法の背後にある社会的要請と、法令遵守の精神で締め上げた自らの守備範囲への意識の歪みがいわゆるテキサスヒットが生まれてしまう原因になってしまう。
→自分がかつてそうだったと反省。意識するあまり、潜在的に法令遵守がインプリンティングされることによって、手がでなくなる可能性がある。


(−)
途中からコンプライアンス論からマスコミを暗に批判しているような内容にも見える。またフルセットコンプライアンスについては、どうしても5W1Hのような漠然とした話に終始して、実態例にそぐわない気がしてならない。



【「法令遵守」が日本を滅ぼす】
郷原 信郎 (著)
出版社: 新潮社 (2007/1/16)
ISBN-10: 4106101971
ISBN-13: 978-4106101977
発売日: 2007/1/16

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2009年10月04日

Posted by ブクログ

 タイトル負けした内容。
 特に目新しいことはない。しかし、事実関係荷は問題ないので、毒にも薬にもならない感じか。

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2009年10月04日

Posted by ブクログ

なんらかの必要があって、あると思われるから決めたルールなのだろうが、それを守ろうとする中で、本来の、制定の目的を見失ったり、他人に無理を押し付けたり、身動きが取りにくくなったり、息苦しさを感じる。最近仕事上非常に多いことです。次のブームは安全と環境保護のルールでしょうか。(もう、過去なのかも)

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2009年10月07日

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