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歴史に翻弄された男たちの数奇な運命!
岩松改め岩吉、久吉、音吉の3人は、幾多の困難を乗り越え、5年ぶりに日本を目の前にしている。しかし彼らに対する祖国の仕打ちは容赦ないものだった……感動巨編、涙の完結編。
史実を元に描いているが、本当に祖国である日本の仕打ちがひどい。体制維持を是とする幕府側の頑なさと隣人愛を解くキリスト圏に保護されたが故の物語だったのだろう。
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救われたいがために信じるのに、その信じるものの違いで裏切られることになるのはなんとも悲しい、酷い結末の話だと思った。
とはいえ、幕府がキリスト教を禁じていたのは日本の神仏への信心というよりは権力の維持のためだというのが不条理だと思う。人間は身勝手な存在だと思った。
その他にもいろいろ考えさせられた。自分が岩吉のように、子どもや親との一時のつもりの別れが今生の別れとなった際にどんな気分になるか。なかなか耐え難い。
あとはやっぱ、マカオに戻ってその後の人生を生きた音吉のように自分もどんなに辛い状況でも前向きに生きる人でありたいと思った。祖国に裏切られた後、音吉を支えたのはなんなのか気になる。キリスト教の教え?もしくは音吉たちに尽くした欧米の人たちの存在?
名古屋に住んでいるときに読んでおけばよかった。小野浦行ってみたくなった。
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フィクションであればどれだけよかっただろうと、思わずにはいられないラスト。
恥ずかしながら、「異国船船打払令」のために二度と祖国の地を踏むことが許されなかった方々が実際にいたということをこの作品を読んで初めて知りました。
いつ命を落としてもおかしくはない苛酷な状況下で、音吉たちが何度も生き抜くことができたのは、「家族にまた逢いたい」というたった一つの願いを持ち続けたからであるにも関わらず、目の前にまできた祖国に迎えられるどころか、砲撃された音吉たちの絶望と痛みは私たちの想像を絶するものであったと思います。
引き裂かれるような裏切りにあっても、その後も異国で懸命に生き続けた音吉たちに、尊敬の念に堪えません。
小説なので、ところどころフィクションや作者の三浦綾子さんの創作エッセンスが加えられているとは思いますが、作中には心に留めておきたい言葉もたくさん散りばめられています。
「焼かれても、焼けないものが残ります」
「辛いことでも、過ぎ去れば懐かしいもの」
「何もかも、今に思い出になる」
こういったフレーズは、音吉たちの生き様を表しているようで、とても哀しいけれど、美しく強い言葉だと思います。
音吉たちの1/100でも強くなりたい。
ちなみに、音吉の遺灰は2005年、遠州灘での遭難後実に173年ぶりに故郷の小野浦に還ることができたそうです。
音吉たちの知っている小野浦はもうないかもしれないけど、きっと どこかで 家族と会えていますようにと 願わずにはいられません。
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日本の鎖国時代、船が遭難して危うく助かり外国を見てしまった船乗りや漁師はたくさんいたのだろう。
ジョン万次郎は有名だが、この小説の主人公音吉も世界を見てしまったために日本に帰れなくなってしまう不幸を味わった。実話だそうである。
地球を一周するように世界を見てしまうのはそもそも太平洋を1年2ヵ月も漂流し、北アメリカに着いてしまったからだ。
14人居た乗組員たちも3人となってしまう過酷な漂流、流れ着いた北アメリカもインデアンの住むところで奴隷にされてしまう辛い経験の後、イギリスの商社に助けられた。
しかし簡単には帰国できないのである。すなわち鎖国の日本、イギリスが日本との通商を望む思惑、などあり西回りの世界一周とも言える船旅をする5年の歳月がかかったのだ。
そしてたどり着いた日本は3人に酷い仕打ちをする。送って貰ったイギリスの商船に江戸時代も終わらんとする幕府は砲撃するのである。
結局日本には帰れなかった3人の運命はこの小説にはない。
19世紀のはじめころ、キリシタンを禁じている鎖国時代、音吉14歳から19歳、英語を習得し、キリスト教の精神欧風の精神を学び、人間が人間らしいというのはどういうことかを知り、日本を外から見てしまったのだ。
世界を見てしまう、今なら造作もないかどうか?
鎖国時代の音吉たちが愕いた世界、相変わらずわたし達もいまだに愕いているのではないか!