【感想・ネタバレ】そのビジネス、経済学でスケールできます。のレビュー

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Posted by ブクログ

はじめに 失敗に終わるのか、拡大に向かうのか
 素晴らしいアイデアが、完全に実を結ぶという法則はどこにもない。じつは、すべての素晴らしいアイデアに共通しているのは、成功する保証はない、ということだ。
 医学上の画期的発見、消費財、技術革新、政府のプログラム、その他のどんな事業も例外なく、当初掲げた目標から広範な影響を及ぼすまでに至るには必要なことが一つある。「スケーラビリティ」、つまり、力強く持続可能な形で成長させ、拡大する能力だ。
 簡潔に言えば、スケールがあって初めて世界を変えることができるのだ。

 これらの事例は、すべて「ボルテージ・ドロップ(熱気の低下)」に関係している。ある事業が規模の拡大がうまくできず、プラスの効果が消滅する(「ボルテージ・ドロップ」とは、実理科学の文献に由来する用語で、エイミー・キルボーンらの研究に遡ることができる)。ボルテージ・ドロップが起きるのは、それまで人や組織を動かしてきた将来の芽がなくなり、結果、カネやハードワーク、時間が無駄になり、希望を打ち砕かれるときだ。そして、それらには驚くべき共通点がある。ソフトウェア開発から医学、教育まで分野を問わず研究の妥当性をモニターするために創設された事業「ストレート・トーク・オン・エビデンス」によれば、施策や事業の50%から90%は、規模の拡大に伴ってボルテージが低下しているという。


第1章 チェックリスト①偽陽性や詐欺ではないか
▪️企業はどうすべきか
 一般的な教訓はこうだ。第1に、企業は従業員を、アイデアを売るだけでなく利益共有に関与させるべきだ。スケーリングや買収の重要な判断を従業員が下す場合は、特にそうだ。スタートアップ以外の世界では、そうしたケースは少ないが、報酬を将来の業績の指標と連動させるケースは数多くある(たとえば、小売りチェーンのバイヤーや出版社の編集者の報酬は、彼らが買いつけた商品や書籍の売上高と連動している)。組織内でインセンティブがしっかりはたらけば、スケーリングに伴うエラーは少なくなる。
 第2に、リーダーの立場にあるなら、部下が「パイアスの破壊者」になってくれるようなインセンティブを与える。これまで見たように、従業員に真実を述べるインセンティブがなく、アイデアを思いついた当人が、その検証役を兼ねている場合が少なくない。もっと広く言えば、どんな企業も組織も、その構造のなかに、悪魔の提唱役をしてくれる補佐、チーム、機能——多くのデータや証拠を常に求める勢力——を埋め込んでおくべきだ。ほんとうに良いアイデア、スケーラブルなアイデアなら、徹底的に突っこまれても持ちこたえるはずだ。


第2章 チェックリスト②対象者を過大評価していないか
 当時も将来もウーパーに対抗するうえで、戦略の根幹に商品差別化と顧客ロイヤリティを据えるべき、とのローガンの主張には全面的に賛成した。その理由は、ウーパーのような手強いライバルとの激烈な価格競争からうまく逃げるには、価格以外の何かに力を入れるしかないからだ。だが、商品差別化と顧客ロイヤリティという二本柱をどう新戦略に活かすのかについてを入れるしかないは、意見が食い違った。ローガンは有料会員制が決め手だと自信をもっていたが、わたしはそれではうまくいかないとの確信があった。その根拠は、コストコやネットフリックスのような企業とはくらべものにならない、リフト特有のベースラインの脆さだった。わたしの考えでは、サブスクリプション・モデルでスケールアップできるのは、それによって、容易に手に入らない商品やサービスが手に入る場合だけだ。それこそが、コストコの成功の秘密の源泉であり、会員は会員証を提示しなければ中に入ることすらできない。これと対極にあるのがライドシェア市場であり、画面をタッチすれば、ほどなくウーパーかリフトの車が到着する。タクシーや鉄道など低料金の他の選択肢もある。コストコで鶏の胸肉ーポンドを買おうと考えているとき、別の会員制スーパー、サムズクラブのアプリを操作して、鶏の胸肉をバスケットに入れてもらうようなことはないだろう。
 さらに、加工食品やデパートで扱われる商品は、どこでも価格や品揃えが大して変わらないが、コストコは、他の小売店では簡単に手に入らない商品の選択と在庫に力を入れている。一方、ライドシェアリングは、ミクロ市場のダイナミック・オペレーティング商品であり、価格、需要、(乗客を乗せられる車の)供給、到着時刻が常に変動している。1社のドライバーの供給が払底すれば、料金が跳ね上がるか、待ち時間が大幅に長くなり、乗客は競争相手に簡単に乗り換える。実際、多くの人はウーパーとリフト両方のアプリを登録していて、両社の待ち時間と料金を素早くチェックしてどちらかを選んでいる。切り替えるのは造作もない。別のアプリをタップして、待ち時間と料金を確認し、もう一度、タップして申し込む。タップ、タップで完了だ。
 コストコ・モデルは、このようには機能しない。ネットフリックスのようなサブスクリプション・サービス(会員制サービスとほぼおなじ)もそうではない。一般に視聴者は衝動的にサプスクリプションを解約して、その場で別のネット配信サービスに乗り換えることはない。アカウントを作成し、クレジットカード情報を入力するという手間が必要だ。くわえて、ネット配信サービスでは、豊富な選択肢から選べるように、同時に二つ以上のサイトに登録し、料金を支払うことが多い。
 また、コストコの会員だからといって、他の店で買い物しないわけではない。家庭用品はすべてコストコで買っても、生鮮食品は品揃えが違う他の店で買うこともあるだろう。ライドシェアリングでは、こうした差異はない。多くの場合、迎えに来る車のフロントガラスには、リフトとウーバーの両方のステッカーが貼ってある。ドライバー自身も、二つのアプリを使い分けているのだ!そして、コークとペプシのように似たような商品でも違うブランドになっているが、リフトとウーバーのドライバーは、ブランド化に力を入れていないばかりか、顧客のロイヤリティ獲得にも熱心ではない。会員サービスの場合、乗車体験以外に、会員でなければ簡単に手に入らない商品やサービスを付加できない限り(ユナイテッド航空と提携して、リフトのロイヤルカスタマーにのみ無料のアップグレードサービスを提供する等)、スケールアップは不可能と言わないまでも、むずかしいとわたしが強く主張した理由はここにあった。そして、わたしが懸念した課題は、これだけではなかった。


 リフト・ピンクの逸話が物語っているのは、どんな事業でも、スケールアップするうえでの課題は顧客を理解することが不可欠だ、ということだ。商品やサービスを提供する場合でも、政策介入する場合でも、現在の対象者(顧客)がどんなタイプなのかをほんとうの意味で理解していなければ、スケールアップした場合にどんな人たちが反応してくれるか正確に予測することはできない。つまり、第1章で論じた偽陽性のハードルを乗り越え、アイデアのスケールアップの有効性を信頼できる形で示すことができたとすれば、次のステップは、「アイデアがどこまで広く通用するか?」を問うことになる。一般に、文化や気象、地理、社会経済集団の垣根を越えてアイデアや事業を広めようとする場合、人の選択が大きく異なるのは避けられない。そして、パイロット調査やソフトローンチ(限定した地域や対象向けの先行発売)の参加者は、それぞれの土地や文化に特有の行動をとるリスクが常にある。バカバカしいほどわかりやすい例で言えば、新作のビーチウエアは南カリフォルニアでは飛ぶように売れるだろうが、アラスカまで太平洋沿岸全般に展開するのは無理がある。同様に、地震対策キットは、地震に弱い地域ならよく売れるだろうが、他の地域ではそれほど売れないだろう。そのため、新たな広告キャンペーンを全国展開しても意味がない。


▪️うまくいかなかった例
 電力事業向けの顧客エンゲージメント・プラットフォームを提供するオーパワーは、2008年、節電プログラムを立ち上げた。顧客には、おなじ地域内の他の住民と比較した電力使用量状況を知らせる手紙を送る。近隣住民の使用量を知れば、節電の意欲が高まると期待したのだ。オーパワーは、全米の860万世帯を対象にした第Ⅲ相ランダム化試験で、行動の「ナッジ」(省エネ・アドバイス)を実行した。聡明な若手エコノミストのハント・アルコットがデータを詳しく見ると、当初の結果は驚異的で、電力使用量が大幅に減っていた。その後の何度かのトライアルでも、同様の結果が再現された。これなら全米に拡大してもうまくいくはずだ。そう考えた。だが、それは間違いだった。
 数百万世帯を対象にした最初のテストで好結果が出たとしても、プログラムをスケールアップできるか否かは、最初のナッジ・プログラムに参加した標本集団と、その再現性にある。住民の環境意識が高い地域では、トライアルへの参加が多い傾向があり、顧客はナッジに反応しやすかった。だが、価値観や優先度が異なる地域にプログラムをもっていくと、手紙では針1本動かせなかった。最初の市場では目覚ましい結果を出したが、他の地域ではボルテージが大幅に低下した。全米に広げたとしたら、大誤算になっていただろう。少なくともボルテージは大幅に低下したはずだ。
 オーパワーは、「エリアの選択パイアス」を除外していなかったし、自社のパイアスにも気づいておらず、データの正確な解釈ができなかった。標本集団が全体をどこまで代表しているのか読み間違えるのは、標本集団のさまざまなセグメントが、スケールアップした場合の対象者とどう異なるかを完全に理解していないからだ。こうした選択バイアスの問題の大きさを実感したのが、シカゴハイツのプロジェクトだ。


 じっくり身のまわりを観察すると、至るところに交渉可能財と交渉不可能財が存在していることに気づくはずだ。自動車を分解して部品にしてみると、どれが交渉可能財でどれが交渉不可能財かはすぐわかる。自動車本来の目的を果たすには、4本のタイヤとエンジンは不可欠なので交渉不可能財だ。一方、最先端のナビや後部座席のテレビ画面は、なくても構わないので交渉可能財だ。経済学では、こうした部品の価値をウエイトづけすることを「ヘドニック・アプローチ」という。スケーリングの科学では、おなじようにヘドニック・アプローチでアイデアを評価することが、中心的な課題になる。
 交渉不可能財の価値は無限大だ。スケールアップする際、それなしでは機能しないのだから。一方、交渉可能財の価値は有限である。スケールアップは、交渉不可能財が入手できる限りにおいて成功する。一般に、事業が成功していても、交渉不可能財をスケールアップできなくなった時点で、ボルテージは下がり始める。


第3章 チェックリスト③ 大規模には再現できない特殊要素はないか
▪️適切なインセンティブの導入
 当然ながら、本人のためになるはずの薬をなぜ飲まないのかという問題は、トレーダージョーズでディップをなぜ買わないかよりも、心理的に複雑な問題だ。薬の場合、支払いはただちに発生するが、その効果を実感できるのは先なのに対し、トレーダージョーズのディップは、口にした瞬間に美味しさが実感できる点に違いがある。人間には目の前の事柄を重視する「現在バイアス」があるので、効果が表れるまでに何週間も何か月もかかったのでは、薬をきっちり飲んでもらうのは簡単ではない。とはいえ、突き詰めると、どちらのケースも(その中間のあらゆるケースも)課題はおなじだ。成功するかどうかは適切なインセンティブの導入にかかっている。それができなければ、どうなるか。わたしは、シカゴハイツ幼児センターの教育カリキュラムで実際に経験した。


 では、ノンコンプライアンスやミッションの迷走を、組織はどう阻止すればいいのか。出発「点としては、それぞれに経済的、心理的なインセンティブを取り込むことだ。コンプライアンスを向上させるには、そのメリットをすぐに目に見える形にする一方、コンプライアンスのコストを下げる。ミッション・ドリフトに関しては、たとえば、企業の創業者や、最初に画期的な発見をした科学者など、アイデアを忠実に守ることに個人的な強いこだわりがある人がいると、実行チームによる迷走は最小限にとどまることがわかっている。要するに、実行役がミッションをなぜ実行するか理解していれば、思い入れがぐっと強くなる。
 だが、21世紀のビジネスでは、スケールアップした場合に深刻なボルテージ低下につながる交渉不可能財への忠実度の欠如が、迷走とは関係ない場合が多い。一見、見事にスケールアップできそうな素晴らしい新素材——革新的な最新テクノロジーの導入をした結果なのだ。


▪️スマート・テクノロジーとスマートでない人々
 ほとんどのデジタル技術は、本質的にスケーラブルだ。一連のコードは即座に無限に複製できるし、人々はまさにそのために、それなりのカネで購入したのだから、製品にすぐ「適応」できる。そのため、最新技術が事業の基盤にあれば、規模を拡大してもおなじものが複製されるだけなので、交渉不可能財は安泰だと思うかもしれない。だが、そううまくはいかない。
 第2章で取り上げた節電プラットフォームのオーパワーの例を思い出してみよう。節電イニシアチブを導入して2年後の2010年、わが研究室の博士課程の優秀な学生ロプ・メトカーフが、集まったデータの分析を提案した。オーパワーはハネウェルと組んで、スマート・サーモスタットを考案したばかりで、ゲームチェンジャーになると自信満々だった。スマート・サーモスタットでは、住人の活動時と就寝時で室温を変えたり、オフピーク時に電力の購入を増やしたり、ピーク時の購入を減らすなどして節電できる。スマホのアプリとも連携していて、室内にいるときは、スマホさえもっていれば簡単に温度を調節できる。
 勝てる製品の要素がすべて揃っていた。試作品として、すべてのエンジニアリング・テストに合格し、異例の好結果が出たことから、オーパワーはカリフォルニア中央部で広く売り出した。だがなぜか、期待された節電効果はまったくあがらなかった。そこで、われわれのチーム(クリス・クラップ、ロブ・メトカーフ、マイケル・プライス、わたし)が取締役会に呼ばれ、原因を究明することになった。
 約20万世帯のデータを見ると、ボルテージ低下の原因はシンプルだった。製品を購入したからといって、必ずしもコンプライアンスを守るわけではない。たしかにスマート・サーモスタットは顧客の家庭に設置され、アプリはスマホにダウンロードされていたが、適切に使われていたわけではなかった。デフォルト設定では節電する仕組みになっていたが、徐々に設定を解除し、元の利用パターンに戻っていた。そのためスマート・サーモスタットが謳っていた利点は帳消しになった。


▪️顧客は生身の人間
 問題は、エンジニアが現実の人間の行動をモデル化していなかったことにある。要するに、これだけ節電できる、とのふれ込みは、最適な使い方をする「完璧」な顧客を前提にしたものだった。だが、顧客は生身の人間だ。気まぐれで、よく間違いを犯し、早合点し、目先のご褒美になびきやすい。取扱説明書をよく理解して、それに従うわけでもない。出勤して家を空けるときもスイッチを切らないのは、留守番の愛犬に寒い思いをさせたくないのかもしれない。あるいは、帰宅してから暖房を入れるのではなく、暖かいわが家に帰りたいのかもしれない。人間のいい加減さ、怠け癖、無駄の多さを侮ってはいけない。特に規模を大きくする場合は!
 エンジニアは、こうした人間の特性を頭に入れたうえで、製品を考案し、テストしておくべきだった。画期的な製品も、実際のユーザーで適切なテストを実施しなければ、さまざまな間違った使われ方をして、意図した成果がまったく見られない事態が起こりうることを想像できていなかった。
 要するに、スマート・サーモスタットをつくってはみたが、それを利用する人間は、それほどスマートではなかった。じつは、オーパワーの問題は、処方薬をきっちり飲まない患者の問題とさほど違わない。医薬品も画期的なテクノロジーも、理論的には完全にスケーラブルな素材だ。ただし、それは適切なコンプライアンスさえあればの話だ。そこで、われわれチームは、顧客にもっとスマート・サーモスタットを活用してもらうために、どのようなインセンティブをつけるかをあきらかにするフィールドワークを設計した。当初の結果は有望だった。もちろん後から振り返れば、オーパワーが製品の設計段階で、コンプライアンスの課題を見越して対処しておけば、期待外れの結果になるのを避けられただろう。それには想像力と、エンジニアほど技術に詳しくない一般人を対象にしたベータ・テストが必要だ。アップルのような一流テック企業は、たいてい、これを実践している。スティーブ・ジョブズのレガシーを引き継ぐアップルは、ベータ・プログラムで、ユーザーに発売前のソフトを試してもらい、バグを見つける。登録ユーザーは、発売前のソフトにいち早くアクセスし、使い勝手をフィードバックする。


第4章 チェックリスト④ ネガティブなスピルオーバーはないか
▪️スピルオーバー効果
 明白なのは、一見、自由意思に見える日々の選択が、じつは自分たちが自覚していない隠れた効果に左右されている、ということだ(シートベルトは締めて、そのうえで安全運転しなければならない!)。だが、スケーリングの文脈で考えると、避けなければならない、ボルテージ低下のもう一つの要因が浮かび上がる。「スピルオーバー効果」だ。スピルオーバー効果とは、ある出来事や結果が別の出来事や結果に意図せざる影響を及ぼすことを指す。ある市が工場を新設したところ、工場が大気汚染を引き起こし、周辺住民の健康被害が生じるケースは、スピルオーバーの古典的な例だ。スピルオーバー効果は、逃れられない出来事の連鎖、人間の創造物、自然界について物語っている。「スピルオーバー効果」という用語は、心理学から、社会学、海洋生物学、鳥類学、ナノテクノロジーまで幅広い分野で使われているが、本書の目的に照らし、人間的なアプローチで、あるグループの行動が別のグループに意図せざる影響を及ぼすこと、と定義しよう。さまざまな属性の人を対象にスケールアップするときほど、スピルオーパーが発生しやすく、目に見えやすくなる。スケーリングに関するマーフィーの法則を覚えているだろうか。うまくいかないものは、規模を拡大してもうまくいかない。もう少し退屈な言葉で言えば、予期せぬ何かは、スケールアップしないときよりも、スケールアップしたときに起きる確率が高い。


 注意点を簡単におさらいしておこう。三つの基本的なカテゴリーで、スピルオーバーを検討し、計測すべきだ。
1.「一般均衡効果」一般均衡効果は、規模の拡大に伴い発生する傾向があり、意図せぬ結果を招く。それが市場全体にポジティブまたはネガティブな効果を大規模にもたらす可能性がある。
2.「社会面の行動のスピルオーバー」自分の行動に他者が影響しているとき、社会面の行動のスピルオーバーが起きている。他者のふるまいを観察し、真似しようと思うこともあれば、直接影響を受けることもある。他者を観察して(意識的か無意識的にか)自分自身の行動を変えることになるが、ポジティブにもネガティブにもなりうる。
3.「ネットワーク効果のスピルオーバー」ある製品の利用やある政策の導入が広がり、すべての利用者、すべての政策対象者のメリットまたはコストが増大するのが、ネットワーク効果のスピルオーバーである。ネットワーク効果は、意図的に埋め込まれている場合もあれば、規模の拡大に伴い自然に生まれる場合もある。


第5章 チェックリスト⑤ コストがかかりすぎないか

第2部 最大の効果をもたらす四つの方法
第6章 方法① スケールするインセンティブを使う
▪️パイロットに炭素排出量を削減してもらうには
 2014年2月から9月にかけて、ヴァージン航空のパイロットの三つのグループに、毎月、それぞれ異なるレポートを送った。第1のグループには、本人の前月の燃費についてのレポート。第2のグループには、前月の燃費に加えて、各人に燃費節減目標を示し、目標達成を促すメッセージを添える。第3のグループには、第2グループとおなじく前月の燃費報告、個人の燃費節減目標の奨励に加え、目標が達成されるごとにパイロット本人名義で慈善団体に少額の寄付がされる、との情報を付け加えた(これは、「向社会的インセンティブ」と呼ばれる)。第4のグループは対照群で、単に燃料使用量が計測される、とだけ伝える。こうして7か月にわたって、いつものように世界中を飛び回るパイロットに、毎月ささやかなレポートを送り続けた。
 このフィールド実験は、ドミニカ共和国の税金の実験と違って、社会的に恥をかく要素はなかった(収監のような要素は、まったくなかった)。どのレポートでも、燃費データを公表すると、結果が年俸や業績評価に影響するかもしれない、などと脅すことはしなかった。ただ、この実験設計は、パイロットの年俸や業績評価を左右するわけではないものの、ヴァージン航空が炭素排出量の削減という「規範」の確立を目指していることを暗黙のうちに知らせていた。パイロットは、自身の選択が直接マイナス評価を受けることがなくても、選択の結果としての燃費データを幹部やわれわれエコノミストに見られることは認識していた。言い換えれば、パイロットが選択する行動の影響は、社会的な組織の仕組みのなかで結局は本人自身に返ってく る。そのため、新たな規範に従わなければ、面目を失う可能性があった。

▪️ナッジを適用する
 調査の結果判明したのは、パイロットが燃費を向上させる行動をとるインセンティブになったのは、同僚の手前バツが悪いという恐れではなく、自分自身が炭素排出量の削減という社会の期待(あるいは会社全体の規範)に応える人間でありたいという願望だった。このナッジを、335人のパイロット、4万便あまりのフライト、10万強のパイロットの判断に広く適用することができるだろうか。人間の脳には、こうありたいという自己のイメージを実現するための微細な調整機能が備わっていることから、このナッジは広く適用できるはずだ、とわれわれは前向きに考えた。
 その考えは正しかった。データを分析すると、三つの介入グループはすべて、燃費を向上させる行動をとっていた。さらにうれしいのは、実験が行なわれているのは知っていても、介入群とおなじナッジを受け取っていない対照群のパイロットも、おなじように燃費を向上させる行動をとっていたことだ。これは、おそらく環境の変化に伴って行動が変化するホーソン効果か、見られていることを意識した効果だろう(ホーソン効果とは、1920年代のホーソン工場の実験で、明かりを替えたことで作業効率が高まったことにちなんで名づけられた)。ヴァージン航空のMYOU

ケースでは、単に燃料の使用量が計測され、われわれエコノミストにデータが送られると知ら せるだけで、十分にパイロットが習慣を変えるインセンティブになった。産業心理学では、作 業効率を向上させる手法としてホーソン効果が活用されているが、まさにパイロットでその効 果が確認できたわけだ。
 ナッジを適用した三つの介入グループのなかで、最大の効果があがったのは、前月の実績に 加えて、明確な削減目標を示し、目標達成を促すメッセージを受け取った第2のグループだっ た。燃費向上効果は、前月の実績だけを知らされたグループを28%上回っていた。これはあた かも、目標を達成できないかもしれないという可能性だけで、パイロットは燃料を節減し、体 面を保つようになる、つまり自分自身を期待に応え、規範を守る人間として見ることができる かのようだった。興味深いことに、慈善団体への寄付という追加的なインセンティブには効果 がなかったようだ。平均すると、寄付に関するメッセージを受け取ったパイロットが、削減目 標と奨励の手紙を受け取ったパイロット以上に燃費を節減したとは言えない。寄付がなくても、 インセンティブの効果は最大になっていたのだ。
 総合すると、実験の結果、ヴァージン航空が節減した燃料は7700トン、燃料費は537 万ドル、削減した炭素排出量は2万1500メトリックトンにのぼった。さらにうれしいおまけとして、機長たちがこの実験を気に入り、70%がこうしたイニシアチブにもっと取り組みた いと回答した(そうしたくないと答えた割合は、6%にとどまった)。さらに、対照群にくらべて介入群の機長は、仕事の満足度の向上も見られた。

▪️なぜスマート・サーモスタットは失敗したのか
 こうしたイニシアチブは、効率的なデータ収集の仕組みを取り入れれば、簡単にスケールアップできる。これは、「五つのバイタル・サイン」が、この種のナッジに自然に馴染むからだ。エネルギーの節減が、航空業界だけでなく、21世紀の産業全般の関心事であることからすれば、これは朗報だ。その証拠は、オーパワーを見るだけでいい。第3章で取り上げたが、「スマート」なサーモスタット技術も、利用者が適切な使い方をしないために、スケールアップするとボルテージを失ってしまった。
 スマート・サーモスタットの大失敗は、裏を返せば、一つの商品を売り込むよりも利用者に省エネのやり方を教えたほうが、オーパワーにとっても(消費者にとっても地球にとっても)メリットが大きい、ということだ。そこでオーパワーは、「ホーム・エナジー・レポート」と題する社会的ナッジのプログラムを導入し、利用者の電力使用量を近隣住民と比較した報告書を定期的に送付することにした。ヴァージン航空の実験と同様に、自己認識と社会的規範を利用した戦略だが、一つだけ強力なインセンティブを付け加えた。他者との比較である。これは、「隣人には後れをとるまい」とする、人間の基本的な願望にはたらきかけて省エネを促そうという考え方であり、パイロット全員に燃費報告書を送付したのに似ている。ここで問われるのは、地域社会で責任をもって省エネに取り組むセルフイメージだ。「環境に配慮した」隣人よりも、化石燃料を多く消費していることがわかれば、セルフイメージを保つことができない。データが匿名になっていて、テスラ車に乗っていたり、リビングの明かりを一晩中つけていたりすることを誰も知らなくても関係ない。社会的損失回避の心理は、どちらの方向にも傾く。25万世帯にホーム・エナジー・レポートを送付して38のフィールド実験を分析したところ、おなじ地域の近隣世帯と比較した電力使用量のデータを受け取っていた世帯は、平均の電力使用量が2・4%減っていた。
 うれしいことに、データをさらに深掘りすると、ホーム・エナジー・レポートの効果は、われわれの想定以上に長続きしていた。オーパワーがレポートの送付を止めた後も、35%から5%の節電が続き、実験終了後、数年が経っても続いている場合が多かった。あたかも省エネの天使が消費者の肩に止まって、せめて隣の住民並みに節電しなさいと囁いていたかのようだ。セルフイメージを保ちたいと思う効果は、レポートにあった近隣住民の省エネに関する情報以上に長続きした。
 スケールアップという目的から考えると、この発見の意義は大きい。1度だけ導入すればいいインセンティブのスケールアップが容易にできるだけではない。メッセージを継続して送るよりも、一度だけ送ったほうが効果が大きいのだ。メッセージを繰り返し送ると、効果が次第に下がっていくものだ。要するに、繰り返し送られるメッセージは陳腐化して、受け取る側には免疫ができるのだ。


▪️生徒にも同じ実験をしたら
 教師で実験がうまくいくと、おなじ戦略が生徒に通用するかどうか疑問が湧いてきた。そこで、シカゴ地区の6000人超の小学生と高校生を対象に、新たなフィールド実験を行なうことにした。金銭的報酬(10ドルか20ドル)と、非金銭的報酬(トロフィー)の両方を使って、学力向上を目指す。結果は心強いものだった。第1に、従来型のインセンティブは有効だったが、クローバック型が若干、効果が高かった。第2に、報酬は必ずしも現金でなくても効果があった。最初に現金またはトロフィーを渡しておくと、テストの点数が上がった。とはいえ、教育の最大の謎の一つは、人生で先々得るものが大きいにもかかわらず、努力しない生徒が多いのはなぜか、ということだ。そこでわれわれは、さらに報酬のタイミングを見極めることにした。
 今回は、クローバックを逆向きにして、一部の生徒に、テストの点数が良ければ、テストの1か月後に、ご褒美をあげると伝える。するとどうだろう。このインセンティブはまったく効果がなかった。つまり、いくら大きなご褒美でも、すぐにもらえないなら、生徒の成績にはまあったく影響しなかったのだ。この発見は、生徒が自発的に勉強しようとせず、中退が多いことの理由の一つになる。一部の生徒にとって、(大学に進学するとか、高給の職につく、といった」リターンはあまりに先のことなので、十分なモチベーションにならないのだ。結局のところ、インセンティブをわずか1か月先に延ばしてもモチベーションが損なわれるようなら、違い得来、良いチャンスに恵まれるかもしれないという抽象的な見通しではたいしたやる気が起きないのだ。そのため気候変動対策や健康的な食事、禁煙を促すインセンティブについて考えると、コストはたった今、発生するが、その恩恵を受け取るのは先(時にはかなり先)なので、対策に身が入らないのも仕方ないと思える。インセンティブに関しては、タイミングがすべてなのだ。
 教育のインセンティブは、どんなタイプのものでも、生徒にネガティブな下方効果を及ぼす、と論じる識者がいる。成績をあげる原動力は、内的ではなく外的なモチベーションであり、外的な報酬には限度があるが、個人の満足には限りがないからだ。外的なインセンティブに頼るのは、自分からやる気を奮い立たせるのではなく、他人に尻を叩かれるのを待つということだ。内的なモチベーションが既にかなり低い状況なら、それも致し方ない。シカゴのサウスサイドのコミュニティが、まさにこの状況で、チャンスがなかったため、子どもたちは学校で努力しても意味がないと投げやりになっていた。いくつかの研究で、ご褒美を与えることが大きなプラスの効果をもたらし、長期的な副作用もないことがあきらかになっている。そして、じつは、カネやトロフィーといった外発的な形のモチベーションが、内発的モチベーションを喚起する可能性がある。生徒はご褒美欲しさに勉強するが、学ぶこと自体がご褒美なのだと気づくのだ。
 頑張ったことのご褒美に、報酬を取り入れるスキルは、たいていスケールアップできる。


第7章 方法② 「限界革命」を導入する
 だが、議論にはもう1段階ある。ジェヴォンズ、メンガー、ワルラスは、効用は静的なものではないと定義づけた。財やサービスを、「単位」に分解すると、消費したのが最初の1単位か、最後の1単位か、そのあいだかで、消費者にとって価値が変わってくる。最後の1単位の価値は「限界効用」と呼ばれ、全単位を平均した価値とおなじになることは滅多にない。つまり、アイゼンハワー行政府ビルに戻り、どの機関やプログラムの最後の1ドルが最も効果的かを見極めるため、機関やプログラムごとに支出の最後の1ドルの価値を推計したのは、事実上、限界効用を計算しようとしていたことになる(ただし、当然ながら、消費に関する限界効用ではなく、政策に使われた支出の限界効用である)。


第8章 方法③ やめるが勝ち
 アイデアを次々と中止せざるをえないのは、Xのプロセスのただの副産物ではない。それがあってこそ、Xは成り立っている。リサーチラボのチーフ、アストロ・テラーは、TEDの講演でこう語っている。「何物にも縛られない楽観論を許し、ビジョンを焚きつけることで絶妙のバランスが手に入った。だが、こうしたビジョンに命を吹き込み、実現するために、情熱的な懐疑主義も育んでいる」。これが意味しているのは、多くのアイデア、アプローチ、プロトタイプがいったんは捨てられ、その一部がいずれ一から再構築される、ということだ。期待外れだったグーグル・グラスの最初のバージョンがそうだったように。とはいえ、こうした最適な撤退を信条とすることで、グーグルXは人類史上最も革新的な事業を発見し、その一部のスケールアップを目指している。


第9章 方法④スケーリングの文化に変える
▪️謝罪の効果は謝罪の仕方で決まる
 データを分析した結果、得られた第1の教訓は、謝罪が効果的かどうかは、謝罪の仕方で決まる、ということだ。「わたしがしたことについてお詫びします」ではなく、「あなたがそう感じていることを遺憾に思います」と謝られたことがあるとしよう。ウーパーから後悔が伝わってくる謝罪を受けた乗客は、通りいっぺんの謝罪文を受け取った乗客よりも、ウーバーを利用し続けていたことがわかっても驚かないだろう。だが、第2の発見はもっと興味深い。どんなタイプの謝罪文でも、言葉よりカネがモノを言うのだ。もっと言えば、悪い体験をした乗客をつなぎとめるには、謝罪文にカネを組み合わせるのが最も効果的だった。どんな謝罪文でもらドルのクーポンを同封するのが最良の戦略なのは、5ドルのクーポンがそれほど貴重だからではない。後悔を示すジェスチャーと、少額の物理的コストを合わせることで、顧客がクレームを訴える価値があったと示しているからだ。
 第3の発見は、おそらく最も衝撃だが、何度も謝罪が重なると裏目に出る、ということだ。じつは、短期間に3回以上謝罪するのは、まったく謝罪しないよりも悪い。初めて悪いことが第3の発見は、おそらく最も衝撃だが、何度も謝罪が重なると裏目に出る、ということだ。じつは、短期間に3回以上謝罪するのは、まったく謝罪しないよりも悪い。初めて悪いことが起きたとき、謝罪すれば顧客の信頼は一時的に取り戻すことができる。だが、この謝罪は、今後は改善されると顧客が期待する約束になる。そのため、高まった期待が裏切られたとき、まったく謝罪しなかった場合よりも、会社の評判は傷つく。したがって、謝罪は戦略的に活用すべきだ。理想としては、予想外に悪い事態が起こり、近い将来、再発する可能性が低い場合にのみ謝罪するのがいい。謝罪を検討する際は、「売主の品質保証」を原則にすべきだ。

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2024年03月02日

Posted by ブクログ

客観的な5つのチェックポイントを意識することがすぐにでもできるスケールするアイデアの考え方
特に偽陽性や過大評価は直近の仕事でも役に立ちそう
スケールさせるためには、積極的に代替案を作りできる限り早く「やめること」、信頼と協力の組織文化を作ること
行動経済学のような分野ってマーケティング的な観点では面白いなって思った(この本を思い出した。)

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2023年08月14日

Posted by ブクログ

この本はどうすればアイディアや事業をスケールアップできるか、またどんなアイディアはスケールアップにつまずくのかを論じている。
けっこう当たり前なことが書いてあるのでそんなに勉強にならなかった

スケーラブルなアイディアには5つの特徴が備わっている。
1、偽陽性や詐欺ではないかを見極める

「統計上のエラー」はよく起こる。
ある属性集団の結果(偽陽性)を誤評価してしまい、それをスケールした時にうまくいかないことがよくある。

人は自分の見たいものしか見ない(確証バイアス)

4.ネガティブなスピルオーバーはないか
スピルオーバー効果「意図せぬ結果の法則」
経済外部性と同義

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2023年03月23日

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