【感想・ネタバレ】創造的破壊の力―資本主義を改革する22世紀の国富論のレビュー

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Posted by ブクログ

フランス視点。米国型と北欧型の良いとこどりをしましょう、というよくある見方に関してデータを積み重ねながら説明を進めている。政策策定者に向けてのメッセージ色が強く、イノベーションを起こそうとする主体にとってはあまり有用な情報ではないかも。

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2023年11月11日

Posted by ブクログ

 創造的破壊とは、新しいイノベーションが次々に生まれて既存技術を時代遅れにし、新しい企業が絶えず既存企業と競争し、新規雇用と事業が続々と創出されて既存の雇用と事業に置き換わっていくプロセスのことである。創造的破壊は資本主義の原動力であり、無限の再生を可能にするが、同時にリスクや混乱ももたらす。よって適切な規制や指導のあり方を学ばなければならない。

 創造的破壊のパラダイムに基づく成長モデルは、オーストリアの経済学者ヨーゼフ・シュンペータが提唱した次の3つのアイデアから着想を得ているため、シュンペーター理論に基づく成長モデルと呼ばれることもある。ただしこれまで厳密にモデル化され検証されたことはなかった。
 3つのアイデアの第1は、イノベーションと知識の普及が成長プロセスを支えるということである。長期的な成長は、新しいイノベーションの開発者が過去の知識の蓄積すなわち「巨人の肩の上に乗って」積み上げたイノベーションの結果として実現する。この見方は、技術の進歩なしには長期的な成長は起こり得ないというソローの結論とも一致する。知識の普及と体系化があって初めて、イノベーションは次のイノベーションを生み出すようになる。巨人の肩の上に乗ることができなかったら、シジフォスの神話のように毎回ふもとから同じ山を登らなければならない。
 第2は、イノベーションの創出にはインセンティブと知的財産権の保護が欠かせないことである。イノベーションがもたらす超過利潤を追求する企業が果敢に投資を、とりわけ研究開発投資をするからこそ、イノベーションは創出される。よって利益の確保を可能にする要素、とくに知的財産権の保護にはイノベーション投資を促す効果がある。逆に、知的財産権が保護されないとかイノベーションの利益に懲罰的な課税が行われるなど利益が脅かされるような状況では、イノベーション投資は進まない。一般に、イノベーションは制度や政治によるインセンティブがプラスなら促進され、マイナスなら減退する。この意味でイノベーションは社会的なプロセスだと言える。
 そして第3のアイデアは、創造的破壊である。新しいイノベーションは過去のイノベーションを陳腐化させる。別の言い方をするなら、創造的破壊による成長は、新しいものと古いものとの衝突を恒常的に引き起こす。よって既存企業とりわけ大企業は、自分たちの守備範囲への新規参入を阻止するか、せめて遅らせようと戦い続けることになる。
 こうしたわけだから、創造的破壊は成長プロセスそのものにある種のジレンマをもたらす。一方で、イノベーションに報い、イノベーションの意欲を高めるには超過利潤が期待できなければならない。だがその一方で、その超過利潤が将来のイノベーションを邪魔するために使われてはならない。先ほど述べたように、シュンペーターは資本主義の未来について悲観的だった。資本主義は、新しいイノベーションを阻もうとする既存企業の企てを抑えられないがゆえに衰退するという。だが私たちは、このジレンマを乗り越えること、言い換えれば資本主義を適切に規制することは可能だと考えている。ラグラム・ラジャンとルイジ・ジンガレスの著作のタイトルを借りるなら、「資本主義を資本主義者から救う」「邦訳「セイヴィングキャピタリズム」慶應義塾大学出版会、2006年〕ことはきっとできるはずだ。


第2章 テイクオフの謎
この章のまとめ
 テイクオフの奇跡にはさまざまな要因があり、18世紀から前例のない富の蓄積が始まったのはそれらが重なった結果だと考えられる。ただ、テイクオフが19世紀初めになるまで起きなかったこと、ヨーロッパで(まずイギリス、次にフランスで)起きたことの説明としては、技術と制度を組み合わせた説明に最も説得力がある。新しい技術、たとえば印刷術は知識の普及と蓄積を飛躍的に容易にしたし、発明家の権利を守る新しい制度は投資とイノベーションを促した。
 成長のテイクオフは、つまるところシュンペーター理論の3つのアイデアを体現するものと見ることができるだろう。くどいようだがここで繰り返しておくと、イノベーションの蓄積が成長の原動力となること、知的財産権をはじめとする制度は発明家の利益を守りイノベーションを促すこと、創造的破壊を恐れ新規参入者に既得権益を脅かされまいとする既存企業や政府の邪魔立てを防ぐには競争環境が必要であることだ。このパラダイムが本書を通じて私たちの分析の指針となるが、つねにデータによる検証は怠らないつもりである。

第3章 新しい技術を恐れるべきか?
 次に、自動化が雇用に及ぼす影響をある時点から2年後、4年後、10年後に調査した。その結果、自動化と雇用の間には正の相関関係があることが確かめられた。自動化率が1%上昇すると、雇用は2年以内に0.25%、10年以内に0.4%増えている(図3.5)。この正の相関関係は、低スキル労働者にも当てはまった。つまり通説とは逆に、自動化は企業の雇用を破壊するどころか増やしている。このプラス効果は雇用だけにとどまらない。小売価格を押し下げ販売量を増やすので、労働者も消費者も、そして企業もその恩恵を受けることになる。
 企業レベルで自動化と雇用の間にこうした正の相関関係が見られるのはなぜだろうか。すぐに思い浮かぶ説明は、自動化の進んだ企業は生産性が向上するので、競争相手より高い価値を提供し市場シエアを拡大できることだ。そうなれば事業規模を拡大する誘因が働き、雇用を増やすことになる。

この章のまとめ
 この章では、技術革命をめぐる2つの定説を取り上げた。1つは、この革命は必ず成長の加速につながるというもの。もう1つは、必ず雇用が犠牲になるというものである。だが実際はまったく違う。成長が加速するにしても、それは多くの場合遅れてやって来る。しかも、不適切な制度は技術革命で生み出された潜在的な成長を妨げかねない(これについては第6章で詳しく論じる)。また、技術革命の歴史を振り返ると、どの革命も一部で懸念されたような大量失業は引き起こしていないことがわかる。むしろ逆に、自動化した企業は雇用を増やしている。これに対して十分な自動化をしなかった企業は衰退し、最終的には市場から退出して雇用を減らすことになる。

第4章 競争はほんとうに望ましいのか?
 では、政府は介入すべき産業部門をどうやって選べばよいのか。まず優先すべきは、気候変動、再生可能エネルギー開発、医療、防衛産業など重要な経済的・社会的な課題に関わる部門である。次に候補となるのが、高度なスキルを持つ労働者を活用する産業、あるいは強い競争力を備えた産業である。こうした産業への公的投資は成長に結び付く。各国のミクロ経済データを分析した先駆的な研究では、スキル集約型産業に的を絞った公的投資は生産性を押し上げる効果もあることが指摘されている。同様に、中国のデータに基づく研究も、競争力のある産業への投資が生産性の伸びにつながったことを示した。

この章のまとめ
 本章では、競争とイノベーションの関係を論じた。一般には、競争はイノベーションひいては経済成長を促す効果がある。ただし、技術の最前線にいる企業にとってはプラスになっても、後方に取り残された企業にとってはマイナスになりがちである。この章では、アメリカの経済成長の鈍化を競争の衰退で説明することも試みた。続いて、競争と知的財産権保護政策は相互補完的な関係にあることを示した。さらに、競争と適切に設計された産業政策はけっして両立不能ではないことを論じた。これらの問題は、あとの章で再び取り上げる。とくに、第6章ではアメリカの経済成長の停滞について、第7章では中所得国の罠について、第13章ではグローバル化について論じる。

第5章 イノベーション、不平等、税制
この章のまとめ
 本章では、イノベーション、不平等、税制の関係を分析し、いくつかの結論に至った。まず、不平等を計測する方法は1つではない。ここでは、所得上位層(たとえば最上位1%)への所得の集中度、一国の総合的な不平等(所得格差を表すジニ係数、親世代と子世代の所得の相関性を表す動的な不平等すなわち社会的移動性を取り上げた。
 イノベーションは、上位層への所得の集中を促す要因となるものの、経済成長を促す社会的移動性と正の相関性があるといったあきらかなメリットを備えている。また、イノベーションは総合的な不平等を悪化させることはない。一方、不平等拡大の他の要因である参入障壁とロビー活動はそうではない。ロビー活動は成長の足を引っ張り、総合的な不平等を拡大させる。
 またイノベーション志向の強い企業は社会的な上方移動を助ける働きをする。とくにスキルの低い従業員についてそう言える。こうした企業が正規雇用の機会を創出し、低スキル労働者の教育訓練を拡充することが望ましく、政府はそれを後押しするような政策を採用することができるはずだ。
 税制は、より包摂的な経済成長を実現するうえで欠かせない手段である。税収があって初めて政府は、成長の原動力となる教育、医療、研究開発、インフラに投資することができる。また、政府が富裕層の所得を再分配し、個人が直面するリスク(失業、病気、教育や訓練の機会喪失)とマクロ経済的なリスク(戦争、金融危機、パンデミック)に備えることを可能にする(第10、11、14章を参照)。しかしこの手段は慎重に使わなければならない。コラム4で指摘したように、社会的移動性への短期的な影響ははっきりしない。また税負担を重くし過ぎると、イノベーションの意欲を削ぎ、成長を停滞させかねない。
 この章を終えるにあたって、ひとつお断りしておかねばならない。それは、イノベーション創出活動そのものへのアクセスの不平等の問題を棚上げしてきたことである。とくに重要なのは、第2、第3のスティーブ・ジョブズになるチャンスは、社会的出自や両親の年収・教育水準・職業にどの程度左右されるか、ということだ。この問題は第10章で検討したい。第10章では、成長と社会的移動性の原動力としての教育政策とイノベーション政策の相互補完性を詳しく論じる。

第6章 長期停滞論をめぐる論争
この章のまとめ
 イノベーションと長期的成長に関してジョエル・モキイアの楽観論に同調すべきか、ロバート・ゴードンの悲観論に与すべきか。本章での私たちの分析からすると、モキイアの楽観論は科学の未来と人類のイノベーションの能力に期待する点で正しく、ゴードンの悲観論は必要な制度的改革を阻む経済・・政治からの抵抗を根拠とする点で正しい。ここでとくに指摘したいのは、競争政策がイノベーションに十分に配慮していないと、IT革命もAI革命もイノベーションひいては成長を刺激するのではなく、逆に妨げてしまうことである。また本章と前章の分析からは、イノベーションに目配りした競争政策であれば、成長を促すだけでなく社会的移動性を高めることも付け加えておきたい。したがってそうした競争政策は、より平等で包摂的な成長を実現するうえで、累進課税に劣らず、と言うよりも累進課税を補うものとして重要である。

第7章 中所得国の罠
この章のまとめ
 本章では、開発途上国の中で生活水準が先進国の水準に収束する国とそうでない国があるのはなぜかを考え、クラブ・コンバージェンス現象の存在をあきらかにした。新興国と呼ばれるようになる国の多くは、技術的キャッチアップや模倣を促す政策や制度を採用してきた。しかし経済がテイクオフを果たさない国もある。また生活水準が先進国に近づきながら、道半ばで失速し「中所得国の罠」に陥る国もある。そうした国は、キャッチアップ型経済からフロンティア・イノベーション型経済への移行が遅過ぎたか、移行しなかった国である。原因は、既得権団体や既存企業が新規参入を阻み、競争志向の構造改革をも阻止したことにある。競争はイノベーション型成長の重要な原動力だ。危機の襲来と国際競争は、その国の政府に必要な構造改革への取り組みを迫り、その結果として中所得国の罠から脱出する契機となることがある。実際にも1997~1998年のアジア通貨危機は韓国企業を競争に直面させ、韓国はイノベーション型成長経済の仲間入りを果たした。

第8章 工業化は絶対に必要か?
この章のまとめ
 クズネッツは発展過程にある経済の構造変化を2段階で捉えた。第1段階では農業経済から工業経済へ、第2段階では工業経済からサービス経済へと移行する。このプロセスがなぜ起きるのかを理解するには、供給サイドの要因すなわち財とサービスの相対的な価格変化と、需要サイドの要因すなわち所得と消費性向の変化を考慮しなければならない。
 では工業化という段階を踏むことは必須なのだろうか。経済学者の多くは、工業化は制度の整備、都市化、技術知識の獲得と伝播を促すとして重視する。たとえばダニ・ロドリックがそうだ。だがインドはサービス主導型で経済成長を遂げており、定説に対する興味深い反証となっている。インドの例が、工業化を介さずに発展するという新たな選択肢を確立したのであれば、それはまだ農業経済の段階にある国にとっては朗報となるだろう。この代替モデルが、貿易のグローバル化、デジタル革命、サービス関連のイノベーションの恩恵を得て成功するかどうか、結論を出すにはもう少し待たねばなるまい。農業経済から直接サービス経済に移行するこのモデルには、環境面でのメリットがある。輸送産業を除けば、サービス産業が排出するCOは工業の4分の1程度だ。したがって、多くの国あるいは大陸が工業化の段階をバイパスできるなら、成長と環境保護をグローバルなレベルで両立させる最善の形と言えるだろう。次章では、環境とグリーンイノベーションを扱う。

第9章 グリーンイノベーションと持続可能な成長
この章のまとめ
 本章の分析から4つの原則を導き出すことができる。第1に、希少な天然資源の制約や気候変動との闘いにもかかわらず、イノベーションは生活水準と生活の質を継続的に押し上げることが可能である。第2に、イノベーションはおのずとグリーンな方向に向かうわけではない。むしろ、過去にダーティなイノベーションで成功した企業は、将来もその方面のイノベーションを追求する公算が大きい。よって政府が介入し、企業にグリーン技術の開発をめざすよう仕向ける必要がある。ただし、政府は自ら事業者となるのではなく、インセンティブをうまく使うべきだ。本章では、グリーンイノベーションを促す政策手段として、炭素税、補助金、途上国へのグリーン技術移転、ダーティヘイブン化を防ぐための国境炭素税を提案した。第3に、天然ガスなど過渡的エネルギーへの傾倒は、短期的にはCO排出量を減らす効果があるものの、過渡的エネルギーの罠に陥り、再生可能エネルギーへの移行が遅れるリスクをはらんでいる。第4に、市民社会は企業をグリーンイノベーションの道へ進ませるうえで重要な役割を果たすことができる。本章では消費者の役割を主に述べたが、企業の社会的責 に関わるすべてのプレーヤーが力を発揮できるはずだ。そこには中央銀行と商業銀行も含まれる。市場、政府、市民社会の相互補完性については第16章で再び論じることにしたい。

第10章 イノベーションへの道
この章のまとめ
 イノベーションは社会的移動性を高める役割を果たすと第5章で述べた。だが本章で示したように、イノベーターになる道へのアクセスには個人間に大きな開きがある。とくに両親の所得、教育水準、職業が子供に及ぼす影響は大きい。ここから、機会の平等に果たす教育の役割はきわめて大きいと言える。学校は知識の移転を行うだけでなく、未来のイノベーターに欠かせない学習意欲や上昇志向を呼び覚ます働きをするからだ。ただし、効率的に未来のアインシュタインを輩出するために学校制度はいかにあるべきか、という問いにまだ答えは出ていない。
 本章ではイノベーションを生み出すプロセスも考察し、主に基礎研究と応用研究の2段階で構成されること、学問の自由を保障し研究者の自由な交流の場が確保される大学は基礎研究に向いている一方で、具体的な製品やソリューションをめざす応用研究は企業で多く行われることを論じた。イノベーションの土壌としての大学の統治のあり方や経済の他の部門との相互作用については、今後の研究に待たれる。

第11章 創造的破壊、健康、幸福
この章のまとめ
 創造的破壊は個人の現実の生活体験としてどのように受け止められるのだろうか。本章では、創造的破壊が失業さらに地位低下のリスクを高めることを指摘した。加えてアメリカでは健康にも悪影響を及ぼすが、デンマークではそうではない。また創造的破壊は個人の生活満足度に相反する影響をもたらす。一方では不安を高めるが、他方では雇用と成長の見通しを改善するからだ。差し引きすれば、創造的破壊は必ずしも健康を害するとか幸福を台無しにするとは言えない。実際には、制度環境に大きく左右される。有権者の支持を得ると同時にポピュリズムへの堕落を避けるためには、しっかりしたセーフティネットを整備することが重要だ。第1のセーフティネットは、このほどのパンデミックで思い知らされたように、誰もがアクセスできる質の高い医療制度である。第2は、職を失った人が貧困に陥らないようにするための最低所得の保障である。第3は、フレキシキュリティのような労働市場政策である。すなわちイノベーション企業に解雇と新規雇用の柔軟性を与えると同時に、失業者に雇用可能性を保障する。手厚い失業補償と生涯にわたる職業訓練を組み合わせ、解雇された人が新しい雇用機会にスムーズに対応できるようにする。ここはまさに政府の出番だ。政府には創造的破壊に伴うリスクと雇用喪失に対する保険提供者としての役割と、イノベーションや職業訓練への投資家としての役割がある。政府のこの2つの役割については、第14章と終章で詳しく取り上げる。

第12章 創造的破壊のファイナンス
この章のまとめ
 イノベーション、とくに破壊的なイノベーションの資金を基礎研究から商業化までの各段階で調達するにはどうすればよいか。基礎研究の段階で大学や公的研究機関が投入する資金は、大規模な施設など必要な研究には不足しがちである。このため民間の財団が公的機関に匹敵する重要な役割を果たすことになる。そして企業が商業化を進める段階になると、企業のプロジェクトに資金の出し手がどのように関与するのかということが、単なる投資を超えて 大きな意味を持つようになる。 ベンチャーキャピタ ルは、当初は企業の意思決定に口出しする権利を確保し、破壊的なイノベーションと成長を導くメカニズムの構築をめざす。やがて企業が成長し上場を果たせば、今度は機関投資家が出資を引き継ぐことになる。経営者の能力を的確に評価し、信頼できると判断すれば地位を擁護し、リスクをとってイノベーション創出プロジェクトを推進することを支持する。また政府は、研究開発への優遇税制を通じてイノベーションの資金調達を後押しする役割を果たす。さらに政府調達や広く産業政策を通じてイノベーションを支援する(第4章、第14章を参照されたい)。
 以上のように、資金調達環境はイノベーションに重大な影響を与える。アメリカには公的研究機関、機関投資家、スタートアップの成長に必要な知識と経験を備えたベンチャーキャピタルの強力なネットワークが存在し、イノベーションに関して世界で揺るぎない地位を築くことに寄与している。なお資金調達自体が成長の足を引っ張る可能性もあり、これを回避するためにはある程度の規制が必要だ。この点については、以下のコラム9および第14章で取り上げる。

第13章 イノベーションとグローバル化
この章のまとめ
 2001年の中国のWTO加盟以降、アメリカでは同国からの輸入が急増し、雇用と賃金に全体として負の影響があった。1990~2007年に対中貿易が増加しなかったら、2007年のアメリカの雇用機会は150万件多かったはずだと見込まれる。ではグローバル化を断念し対中貿易戦争を起こすほうが得策なのだろうか。すくなくとも次の3つの理由から、答えはノーだ。第1に、雇用喪失のリスクには、セーフティネットの整備で直接対応することが可能である。これについては第1章を参照されたい。第2に、安価な輸入品の流入は物価を押し下げ国内消費者の購買力を高める。たとえばアメリカでは対中貿易の拡大により世帯の購買力は年間1171ドル増えた。第3に、貿易戦争勃発となれば、報復合戦を引き起こす恐れがある。すると国内企業の輸出市場が縮小し、ひいてはイノベーションも低調になりかねない。
 これに対して、国内企業に研究開発助成金を出す政策は大きなプラス効果が期待できる。国内のイノベーションを促し、バリューチェーンの支配力を維持できる。競争に勝つ最善の方法は投資と真の供給サイド政策なのである。ドイツは2000年代初めの時点で感染症対策物資(マスク、人工呼吸器、試薬など)は輸出入ともにフランスとほぼ同じ水準だったが、その後は主要生産国になると同時に強力な輸出国になった。これは、医療など戦略部門でバリューチェーンの支配力の維持に成功したからであって、けっして保護主義的政策をとったからではない。ドイツは、イノベーション政策、産業政策、社会的対話を組み合わせることで製造業の競争力を高めたと言える。
 保護主義に走って貿易戦争に突入する愚を避けるべきだとは言っても、いかなる場合にも関税を導入してはならないということではない。環境ダンピングやソーシャルダンピングに対抗するには関税も必要になるだろう。第9章では、「ダーティヘイブン」と闘う手段としての国境炭素税を取り上げている。ただし、関税措置は1つの国が一方的に講じるのではなく、WTOやEUなど他国間の枠組みで決定し実行することが大切である。
 本章の最後では、移民が受入国のイノベーションに好影響を及ぼすことを取り上げた。とくに高技能を持つ移民や受入国に定着した移民のプラス効果が大きい。

第14章 投資家としての国家、保険者としての国家
この章のまとめ
 イノベーションの拠りどころとなるのは何よりもまず市場と企業だが、投資家としての国家、保険者としての国家の役割も大きい。歴史を振り返ると、投資家としての国家の出現を促したのは、国同士の競争、すなわち軍事、貿易、産業の競争だったことがわかる。端的に言って、フランスがプロイセンに負けたからこそジュール・フェリーの公教育改革が実現したのだ。なお、国家が投資家であるためには財力が必要であり、徴税能力を備えていなければならない。
 同様に、1929年からの大恐慌、最近では新型コロナ危機といった深刻な経済危機や、2度にわたる世界大戦が、保険者としての国家を出現させることになった。大恐慌に直面したアメリカは、需要を拡大し不況からの脱出を後押しすべくニューディール政策を打ち出した。今日では、政府は景気後退局面で景気変動抑制的な大規模な財政政策を導入することが多い。ただしこうした財政政策が十分な効果を発揮するためには、危機以外のときに財政規律をしっかり守っていることが条件となる。国はマクロ経済リスクに対して保険をかけるだけでなく、個別のリスクにも保険を用意した。20世紀前半の相次ぐ危機や戦争に直面した国々は、社会保険、医療保険、家族手当などの制度を構築し、個人に最低限の収入や病気の際の補償を提供している。
 しかし1980年代から貿易自由化と経済のグローバル化が進むと、今度は先進国で雇用の喪失という新たなリスクが生じた。デンマークが1990年代に導入したフレキシキュリティと呼ばれるモデルは、一方では経済的自由主義とイノベーションの課題に取り組むと同時に、失業の負の影響から個人を守る。このモデルは、生涯にわたる教育訓練の機会の提供、貧困ラインを下回るリスクに対す補償などを用意してさらに改良することが可能だ。負の所得税は貧困リスクに対する1つの方策であり、とくに季節労働者や臨時雇い労働者への所得保障となる。
 次章では、国家が権力を持ち過ぎて国民を監視する危険性や、逆に権力が弱体化して失敗国家あるいは破綻国家となる危険性を論じる。とくに注目するのは、権力集中を防ぐためのチェック&バランス(抑制と均衡)メカニズムだ。具体的にはメディア、労働者団体、非営利組織をはじめとする「市民社会」の構成要素が果たす役割を検討する。こうした組織が最終的に権力分散や行政の監視役を果たすと考えられる。

第15章 市場・政府・市民社会のトライアングル
この章のまとめ
 イノベーション主導型経済がうまく機能するためには行政権の制限が必須となる。とくに既得権益を守りたい既存企業と政府が結託しないよう監視することが重要だ。そうすれば、イノベーティブな企業の新規参入が容易になり、ひいては創造的破壊のプロセスが活性化される。
 行政権を制限する強力な手段は憲法である。「不完備契約」の状況で憲法は規範や権力の階層と三権分立を定め、司法の独立性を保障し、議員を選ぶ選挙制度および議会における採決の規則、法案修正権、違憲審査請求権、さらに国家元首の任期を定める。これらはどれも行政権の範囲と限界を規定するものだ。だがこうした憲法の規定も、つねに目を光らせ行動に移す用意のある市民社会の存在がなかったら空文と化すだろう。
 ここで重要になってくるのが、市場、政府、市民社会が構成するトライアングルである。市場はイノベーションを促すインセンティブを提供し、企業のイノベーション競争の場となる。政府はイノベーションの知的財産権を保護し、契約が守られるよう監視し、投資家や保険者として介入する。そして市民社会メディア、労働組合、非営利団体など)は、行政権の制限や市場の効率性・倫理・正義の維持を目的として定められた憲法の規定に実効性を持たせ、あるいはそうした規定を生み出す働きをする。
 市民社会がひとたび立ち上がれば、資本主義を望ましい形で規制し、より包摂的で弱者に優しく、かつ環境に配慮する方向へ導くことに大きく貢献できる。ただしこの進化は直線的ではないし、国によって進むペースが違う。今日の資本主義にはどのような形態があり、めざすべきはどのような資本主義なのだろうか。次の終章ではこの問題を取り上げ、創造的破壊の原動力を探る本書の冒険に幕を下ろすことにしたい。

終章 資本主義の未来
 市場経済は創造的破壊を誘発するものである以上、破壊的な性質を備えてはいる。だが歴史を振り返ればわかるように、市場経済は富を生み出す原動力であり、2世紀前には想像もできなかった水準まで社会を発展させたことも事実だ。となれば私たちは、資本主義の重大な欠陥と陥穽を繁栄と貧困撲滅の代償として受け入れるほかないのだろうか。
 本書では、創造的破壊に牽引される経済成長が、競争、不平等、環境、金融、失業、健康、幸福、工業化、貧困国による富裕国のキャッチアップとどう関わりどう折り合いをつけるのかを理解しようと試みてきた。そこに政府はどう介入するのか。行政権をとう制限すれば、先ほど述べた資本主義のさまざまな問題に取り組みつつ富の創造を活性化することができるのか。これらの問いにも本書を通じて答えを探してきた。
 とくに重点的に取り上げたのは、市場に万事を委ねる自由放任型の資本主義から政府と市民社会が十全にその役割を果たす資本主義へと移行し、イノベーションを阻害せずに社会的移動性を高め不平等を減らすにはどのような政策を講じるべきか、という問題である。また、適切な競争政策を導入し成長の停滞に歯止めをかけるには、イノベーションをグリーン技術の開発へと誘導し気候変動と闘うには、グローバル化に背を向け保護主義に走るのではなく投資とイノベーションによって競争力を高めるには、仕事を失った人を守るために効果的なセーフティネットを用意するには、どんな政策が望ましいかも論じた。
 そして最後に強調したのは市民社会の力である。市民社会はさまざまな経路を介して政府を動かす力を持つ。既存企業が政府と結託し、自分が登ってきた梯子を外してしまって新規参入を阻むといった事態も、市民社会の監視の目があれば阻止することが可能だ。

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2023年07月13日

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