自閉症は「発達障害」の1つであり、近年、増加傾向があるという。
精神疾患はとかく「わかりにくい」イメージがあるが、その「わかりにくさ」にはおそらく、いくつかの原因がある。
1つは、症状が目に見えず、また数値でも表しにくい点。癌や脳卒中であれば、腫瘍や病変部分がある。高血圧や糖尿病などには、血圧や血糖
...続きを読む値など、設定された基準値を外れていれば治療が必要とされる目安となる、測定値がある。心の病の場合、チェック項目があるが、診断者(医師)の主観はどうしても入ってくる。
それから、前の項目とも関わってくるが、「正常」と「異常」、「健康」と「疾患」の間に明確な線が引きにくい点。何となく困難を抱えているが、しかしはっきり精神疾患と言えるほどでもない、精神疾患的な「気質」「傾向」がある。いわゆるグレーゾーンである。極端なことを言えば、誰もがどこかしらに傷を抱える。完璧に異常がない精神は存在しない。身体でももちろんそうではあるのだが、精神の方がより「見えにくい」「線を引きにくい」感がある。
そしてまた、多くの場合、精神疾患は複数のものが重なる。自閉症とてんかん、鬱病と統合失調症、あるいは、自閉症に不安障害に強迫性障害といったように、複数の精神疾患を抱える人は決して少なくない。
こうして考えてみると、精神疾患の「わかりにくさ」は、見えてくるのが主に「症状」の部分で、「原因」の部分が見えにくいことによるのではないかと思えてくる。
足をすりむいたからその傷が痛い、血栓ができたから血流が滞った、というようにはっきり目に見える部分が少ないのだ。
では精神疾患の「原因」はどこか、といえば、もちろん、脳である。
脳で何が起きているのか、疾患(本書の場合は自閉症)が起こるのは、脳のどのような現象が原因なのか、発症の根底に何があるのか。現時点でどこまでわかっていて、どこからわかっていないのかを、脳発生の見地から解説するのが本書の目的である。
著者は、歯学部から、顔面発生学を通じて神経発生を専攻とするようになったそうである。本題に加えて、このあたりの研究遍歴も興味深い。
全体として、ブルーバックスらしく、非常にわかりやすい1冊である。
発達障害に関わるリスク要因は、脳の発生に合わせて、いくつか挙げられる。
神経の単位であるニューロンの産生。その配線。ニューロンとニューロンの連絡部分に当たるシナプスの形成。神経形成の際に補助や調整を司るグリア細胞。過剰なまたは不要なシナプスを刈り取る工程など。
脳の発達に関する基礎研究が進むにつれ、こうした各段階の詳細が判明してくる。
それとともに、自閉症などの発達障害は、それぞれの段階の不具合や不備から生じている場合があることがわかってきている。複数の段階で不備がある場合もあり、不備の程度もさまざまである。
単純にここに不備があるとわかったからといって、薬物等で対処して直ちに改善されるというものではないが、解きほぐす手がかりが掴めるようになってきたのは大きい。
神経細胞同士の連絡は、興奮と抑制によって制御されるが、自閉症でよく見られる「常同行動」(同じ行動をずっと続ける)は、抑制部分が働いていないことを示唆する症状と考えられる。細胞レベルで何が起こっているかがわかってくると、薬剤開発などの糸口になる可能性もある。
脳発生を知る上で役立つ遺伝学の基礎知識も平易に説き起こされている。
「冷たい母親」に育てられると自閉症となる、ワクチンで自閉症になる、といった、自閉症に関する「誤った神話」が明確に否定されている点も、有益な情報だろう。
著者の拠点は東北である。大震災の後、本書が上梓されるまでの経緯を述べたあとがきも読み応えがある。
自閉症に関する一般向けの書籍は数多いと思われるが、基礎生物学寄りの最先端の研究も盛り込んだ本はおそらくそう多くはない。
研究の前線に触れつつ、自閉症への理解を深める点で、格好の入門書である。