ファーストインパクトは著者のポートレート写真だった。
「一度料理人になりかけた」というジャーナリストの佇まいは、満面の笑みでもカバーしきれていないほどの強面。こんな人物に訪ねて来られたら、嫌でも口を割らねばなるまい…。
だが本書でインタビューを受けるのは「独裁者」に仕えていた元料理人たち。強面の来訪
...続きを読むとは比べものにならないほど、恐ろしい瞬間に立ち会ってきたはずだ。(何より貴重な生き証人である)
「世界の運命が動いたとき、鍋の中では何が煮立っていたのか?[中略](料理を)見張っていた料理人たちは横目で何に気付いただろう?」
ポートレートを皮切りに、そこからは本の構成に魅せられていった。
著者は各大陸の独裁者(実は結構厳選されている!)に仕えた料理人に、独裁者の人物像や彼らが口にしたものを聞き、時には好物を再現して貰っている。
面白いのが、「第◯章」の代わりに「朝食」等食事にちなんだ名称で振り分けているところ。その間に提供される一風変わった「オードブル」も、今振り返るとシビれる演出だ。
朝食:
スターリンを手本にしていたというサダム・フセインだったが、料理人の口を通すと表だった冷酷さは見られず。
寧ろ「(フセイン時代のような)強権でしかイラクを統治できない」という世論さえ存在するという…。フセインのイメージが味変した瞬間だった。
昼餉:
途中から著者の存在を忘れるほど、オドンデ・オデラの身の上話に聞き入った。イディ・アミンらの料理人として職務を全うし、裏切りに遭ってもなお生き永らえている…。
天命で定められたかのような人生、もう誰にも乱されずにいて欲しい。
午餐:
面白半分で本書を選んだことを後悔した章。人々が音もなく粛清されていくのが自然と映像化され、気分が悪くなった。
エンヴェル・ホッジャ(アルバニアの独裁者)を知らなかったので、得体の知れない感じが余計恐ろしさに拍車をかけていたのかも。
夕食:
カストロさん、2016年までご存命だったんだ…。トップに上がる前は思いつきで食事を摂る人だったらしいけど、食べることは大好きだったそうな。乳製品消費を推進する食育家みたいな一面もあったというのが、あまり独裁者らしくない笑
デザート:
本書唯一の女性料理人。取材中は常に笑顔を絶やさず、ポル・ポト時代に笑顔を強いられたせいだと思っていたけど、本心から彼のことを慕っていた…。政権下を生き抜いた一般人との落差が凄くて、今も色々と違和感が拭えない。
全「メニュー」で共通していたのは、どの独裁者も料理人に親切で厚待遇だったこと。「相手の胃袋を掴む」とはよく言ったもので、料理人が毎日命懸けでメニューを考案するたびに、独裁者は彼らに期待と信頼を寄せていった。
本書の原題は直訳すると『独裁者に食べさせる方法』になるらしい。「食がその人を作る」と言うように独裁者にも、おふくろの味をはじめ一口食べれば活力が湧く一皿があった。
同時にその積み重ねが、独裁者を作り上げる一助になってしまうとは…。