人間に宿るタツノオトシゴ…脳にある海馬を、つまり記憶のしくみについて書かれた本。
タイトルと表紙の雰囲気に惹かれて手に取った。
神経科学や認知心理学など、科学の本でありながら歴史、文学、心理学、建築学、神話学、生物学、環境問題などいろいろな分野の話題を組み合わせながら、情緒的でユーモラスでもある。
...続きを読むそんな本書はノルウェー人の作家&神経心理学者の姉妹によって書かれている。姉妹同士であることの屈託のなさから、時には喧嘩をしつつも、好奇心旺盛な彼女らはとことん記憶について突き詰め書いたとのこと。とても愛着の湧く本だ。
姉妹は様々な記憶に、海馬に関する過去の事例や先行研究を紹介しながら、自身らでも実験の再現をしたり、それらを鑑みた上で、どんなことでも記憶しておこうという試みはやめるべき。と記憶の衰えに日々憂える私たちに寄り添うように語りかけてくれる。
第1章 海の魔物――海馬の発見
第2章 二月にタツノオトシゴ(海馬)を求めて潜水を――記憶は脳のどこに定着するか
第3章 スカイダイバーが最後に考えること
――個人的な記憶とは
第4章 カッコウのひな
――虚偽記憶はいつ(正常な)記憶の中に忍びこむか
第5章 大掛かりなタクシー実験とかなり奇妙なチェス対決――記憶力をよくする方法
第6章 忘却は思い出の真珠を作る――なぜ人は忘れるのか
第7章 脳内のタイムマシン
――過去を思い出すことも未来を想像することも
どの章も面白かった。
記憶の捏造は誰でも簡単にしてしまいがちであることがとてもよくわかった。
とりわけ目から鱗が落ちたのは第7章だった。
記憶は過去にも未来にも双方に働くというのは、薄々生活の中で分かっていたはずなのに、このようにわかりやすく科学的に説明されるとハッとしてしまったのだ。
過去の記憶があるからこそ未来を想像できる。
未来が想像できるからこそ、文学が生まれたのだ。
また、うつ病などを患うと未来の想像があやふやになり難しくなる。孤立を深めても未来の想像があやふやになる。生き詰まりそうになる。
そんな時は「物語」に触れるのが良いのだそうだ。
物語に、他者の人生に多く触れることで、生き詰まっていたところに、「今」以外の未来を見ることができる。
そうか…だから私はこんなにも物語を欲しているのか。とものすごく腑に落ちた。物語に触れるのは私にとって、とても大事なことだ。
具体的に未来をシミュレーションすることで、さまざまなシナリオの細部が明確になりどれを選ぶか判断しやすくなるという未来思考を「エピソード先見(⇔エピソード記憶)」と、トーマス・ズデンドルフ氏は呼んでいるらしく、とても興味深かったので書き留めた。
またノルウェーでの事例・研究やノルウェーで活躍する人物などもたくさん知ることができるのでそこもいい。
本書ではたくさん先行研究を調べていて、それでもまだ未知数な部分の多い記憶。人間の脳のしくみ。
もっともっと知りたいと思った。
そして何度でも本書を読み込みたいと思った。
もちろん、多くの人に読まれてほしいとも。