緒方正人のレビュー一覧
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「はじめに」を読んで、あっ、これはあんまりちゃんとした文章を書く力のない人の書いたほんじゃないかな。
読むのよすか…
と思ったが。
文章が粗であることを、大きく上回る思索、悩み苦しみ。胸に迫る迫力で、涙ぐんでしまった。
考えれば考えるほど、ものごとはつながりこんがらがる。
もっと手応えのある思考を...続きを読むPosted by ブクログ -
水俣病に家族を奪われ自身も水俣病になった作者が、最初は水俣病を引き起こしたチッソや国を相手に責任を強く追及していたが、賠償金で解決することや、相手の対応者が次々に変わっていくことで、誰を相手に戦っているのかわからなくなり、また魂は救済されないと感じ、最後は自分自身も社会のシステムに組み込まれている一...続きを読むPosted by ブクログ
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被害者でありながらも、もし自分がチッソの立場にいたら、正しく生きられたか?工業社会の中で人の魂はどこにいったのか?公害も戦争も根にあるのはこの仕組みが作り出す人なのではないか?という問いに辿り着いた筆者の人生への壮絶な向き合い方が描かれている。Posted by ブクログ
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・有名な「ニーバーの祈り」を思い出した。
最初は恨みから闘争にあけくれ、次第に意識変革がおき、自分にできることを見つけて表現していく。
・水俣病による深い人間苦に狂い、「根源」に還っていこうとする著者の想いと行動に強く打たれた。
・水俣の問題を通して、資本主義と自然保全のバランス、ひいては自分の...続きを読むPosted by ブクログ -
私たちがその埋め立ててきた命の真実ということについて、一番根本をなすところは、私が思うには「人間の罪深さを埋め立ててきてしまったんじゃなかろうか」というところにあります。それは海や山に対する罪深さであり、侵してきたことの、埋め立ててきてしまったことの、海も山も川も汚してきてしまったことの罪深さです。...続きを読むPosted by ブクログ
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〝叩きのめしたい相手というのは化けものだった。ー
つかみようがない。県知事だとか公害部長だとか県議会とか、国会議員とか環境庁の役人たちとか、ニ、三年でポストがコロコロ入れ替わる。
変わらないのはわれわれと弁護士だけ。だけどおれは人間と喧嘩したかったし、人間の詫びがほしかったんだと思う。〟
〝ふと気...続きを読むPosted by ブクログ -
水俣病で父を亡くし、また自らも水俣病の認定を申請していた著者が、「チッソは私であった」との境地に至るまで。「チッソは私であった」というのは、水俣病を引き起こしたチッソが近代化の宿痾だとすれば、そのシステムの中で生きている自分もまたチッソではないか、ということだと理解している。近代化のシステムの中で被...続きを読むPosted by ブクログ
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公害の被害者が思考の結果、システムを要因と考え自らも加害者の要素を持っているという思考に至る点に関心を持った。
その過程を見たかったが割とスッと書かれていた。エッセイをまとめたもので重複感もあり、かつ本人の語りべ文体でもありややダレた。Posted by ブクログ -
著者は、1953年生まれ。熊本県の女島で網元の家に生まれる。20人兄弟の末っ子。
父親は、著者が6歳の時に、劇症性水俣病で、発症してわずか2ケ月で死ぬ。その悶え苦しみ狂うように死んでいった父親が、6歳の身体全身に刻印されている。本人も水俣病患者である。
父親の仇として、チッソを憎み、その闘いの川本輝...続きを読むPosted by ブクログ