奇跡ではなく、軌跡。
もちろん、「もう奇跡とは言わせない」とNHKの豊原アナが叫んだからではない(2019/9/28 対アイルランド戦)。
「ラグビーワールドカップ2019、日本代表の活躍とその舞台裏を歴史に残す一冊」と紹介文にあるように、スタッフである藤井/薮木が綴る、“知られざる”軌跡が記
...続きを読むされていて、読み応えあり。
著者のひとり藤井雄一郎氏は、同郷の奈良出身だ。ジェイミージャパンの強化委員長を務めたが、それ以前に、ジェイミーとは家族ぐるみの仲良し。ジェイミーのオフの部分を伝える記述が、他に例を見ない良いところ。
もうひとりの著者、藪木宏之は、明大から神戸製鋼と、同世代としてそのプレイを見続けていたひとりだ。日本代表の広報を担当し大会期間中は舞台裏をハンディカムで撮影していたという。その映像記録を見ながら文章を起こしているので、再現度合いが実にビビッドだ。
多くの振り返り書籍が、やはり試合を中心に、あるいは選手自身のコメントやのインタビューを元に構成されているか、スポーツライターが、俯瞰した視点から、RWC2019日本大会の意義や、エディからジェイミーへの日本代表の質の変遷と、そして2023年へ賭ける期待というトーンで描かれる。同じテーマ、振り返りや期待を本書が語っているとしても、著者2名が、直接選手(メンバー31人)ではない、けどONE TEAMの一員(スタッフ含めた51人)であるという絶妙の距離感故か、1年近く経た今読むには、心地よい温度感で「あの頃」を伝えてくれている。
2019年の日本代表選手たち及びRWC日本大会に何が期待され、そして何が達成されたか。 2016年9/5 ジェイミーのHC就任会見で岡村正会長が発した言葉が、端的に表していたかもしれない。
「『RWC2019』日本大会では、イングランド大会以上の成績を目指して、日本はもちろん、世界からもリスペクトされるチームにしてほしいと思っています」
世界からもリスペクトされた点はどこだったのか。
多様性のあるチーム編成は言うまでもない。日本代表でありながら、「日本人という概念は、もはやほとんど意味を持たなかった」と藤井が言うように、
「日本代表チームでありながら、日本人という概念は消し去っている。この点が、ジェイミー・ジャパンが大西さんやエディーが率いた日本代表チームと決定的に違う点だと思います。」
そんなチームが試合を重ね、勝利を積み上げていく姿に、
「このチームが体現する多様性の生み出す力の魅力に、我々日本人が魅了された」
のは間違いないと思う。
あとがきで伊藤芳明は
「異なる文化がお互いに尊重しあい、多様な価値観を共有することで、単一の文化では持ちえない新たな力が生まれる力学に瞠目した」
と記す。
終わってみれば、南アの優勝。日本代表は、その南アに準々決勝で敗れた。スタンドで観戦していたが、前半までのほぼ互角の緊迫感は、あっ晴れという他ない。もちろん、そんなジャパンを最後は圧倒したスプリングボクスもあっ晴れだった。そのスプリングボクス127年の歴史の中で、61代目にして初めての黒人キャプテン、シヤ・コリシは優勝後にこうコメントした。
「様々な背景、人種が一つになって優勝できた。一つになれば目標を達成できることを示せた」
口先だけ、お題目だけではない、多様性の意義、可能性を見せてくれたRWC2019。4年に1度じゃない、一生に一度の想い出を作ってくれたと思っている。本書を読んで思い出した、あの感動と勇気。 それがまた、この先の未来に続きますように。