「大変なことになったねぇ」
「大変だねぇ」
周りに学生カバンを放り出し、二人ともセーラー服のままコタツに足を突っ込んだ。
猫の千世が、足にぶつかった。後ろではツカちゃんの妹が『小学4年生』を読んでいた。
「お姉ちゃん、ねえ『ぽんぽこ』のビデオ観てもいい?」
「ダメだよ、これからゲームやるんだもん」
...続きを読む「なにやんの?」
「ツインビー」
「えーぽんぽこ観たい~」
「あーとーで!」
「じゃあ、ゲーム死んだらすぐやらして」
「死んだらね」
「早く死んでね!」
……ツカちゃん、元気かな。 看護師になったって言ってたけど。
(p.142)
「わたしに言われても困るよ」
「 黙ってるのは推進派と一緒だよ」
「説教しに呼んだワケ?」
「……や、悪りい、そうじゃなくて。気晴らしをしようと思ってただけで」
腰にぶら下げたキーチェーンの先には「NO NUKES」の文字。
「 ワタシだって、イイと思っているわけじゃないよ」
「わかってるよ、ゴメン」
「エラそうに講釈たれるほど知識もないから……」
小難しい話をする人が増えた。 風紀委員みたいに振る舞う人が増えた。他人に、意見表明させたがる人が増えた。それに答えられないと「アッチ側」と言われたりする。
(p.161)
後日アキオは九つ下の彼女・イチコの二十六歳の誕生日に七万円のBMXを買った。
「約束しちゃったしさ」
アキオは電話口で言い訳をした。
「別にわざわざわたしに報告をしなくてもいいんじゃないの」
「や、なんとなく……この間話してたし」
「……ふーん。で、どうだった?」
「スッゲー喜んでた」
「ヨカッタじゃん。で?」
「やらしてくれた」
「サイアク」
「超やらしてくれた」
「しね」
(p.165)
「まとも? まともって一番ツマンなくないですか? ボク、確信しちゃいました。人から反対されればされるほど、その意見が正しいって思うタイプなんで」
(p.280)
・天才エッセイスト(と自分は思います)しまおまほによる初の長編小説。
・しまおさん世界の大きな魅力である「ぼんやり」。
主人公のそれが年齢、世相と共に周囲とズレが生じていく姿が切ない。ぼんやり生きてもいいじゃないですか。
・単行本化は相当な重圧だったらしく発売前に「不安で泣いちゃった」とラジオで語る。
・エッセイで輝いていた文体が小説として読むとあれ?と思う部分もあり。ただ、会話描写など変わらずしまおさんらしく周囲を切り取る鋭さが光る。
・後半の展開は個人的にはまさにホラー。主人公の体調不良の原因が判明するシーンでは思わず「ギャッ!」と声が出そうになった。
・自分の中にも確実に住む角田には気をつけなければと自戒。