突然夫を銃で射殺し、その後六年もの間沈黙を保ち続けている画家の妻。彼女の口を開かせたいと使命感を覚えた心理療法士のセオは、彼女となんとか意思疎通を図ろうとするが――。
短い章立てでするすると読んでいくうちに、六年前の事件の真実を追うメインストーリーとともに、主人公の複雑な境遇や沈黙を守る女性の日記が
...続きを読む挿入されて、一筋縄ではいかない「不安定さ」が徐々に漂ってきます。何を含んだ、意図した描写なのだろう、という細かなエピソードの積み重ねが、一筋縄ではいかない物語の行先を示唆します。
ミステリとしてまったくの新機軸!というわけではないのですが、そのひとつひとつの細やかな描写の意味がすっと明らかになる鮮やかな一瞬には、これぞという胸のすく感覚がありました。
その一方で、展開上、救われない存在となってしまった人物があまりに憐れなように思えて、若干しんみりとした読後感は残りました。ラストの展開によって、すべてが隠されたままではなくなったけれども、その人はもう戻ってこないのだろうか、と思うと、あまりにも辛い人生ではなかったかと。眼を覚ます、それを匂わす描写が最後にちらっとでもあれば…と思いました。ご都合主義が過ぎるとされるとしても、私はそう感じたのでした。