佐藤優氏が「新約聖書を宗教に特別な関心をもっていない標準的な日本人に読んでもらうために書いた」という、全2巻の第1巻。
第1巻では、イエス・キリストの生涯について記した4つの福音書が収められている。
キリスト教の理解では、イエスが出現し、人間の罪をあがない、十字架上で死んだことによって、人間の救済は
...続きを読むすでに始まっており、そのメッセージ(福音)を伝える核になるのが4つの福音書であるという。そしてそれは、大きく、「神の国」をイエスの中心的な福音であると考え、互いに近い関係にある「マタイによる福音書」、「マルコによる福音書」、「ルカによる福音書」と、「永遠の命」をイエスの中心的な福音と考え、言葉(ロゴス)が神であるという独自の神学に基づいて書かれている「ヨハネによる福音書」の二つのカテゴリーに分類されるという。
そして、著者は各福音書について以下のように述べている。
「マタイによる福音書」・・・キリスト教の思想としてよく引用される箇所が多い。「(主の祈り)天におられるわたしたちの父よ、御名が崇められますように。・・・」は、現在も、カトリック教会、正教会、プロテスタント教会のすべてで唱えられる。
「マルコによる福音書」・・・4福音書の中で最古のもの。「神の国」の到来を中心的な福音と考え、「人間により理想的な社会や国家はできない。神の支配がもうすぐ実現するのだから、人間は悔い改め、その支配を受け入れる準備をせよ」と説く。
「ルカによる福音書」・・・「マルコによる福音書」を下敷きに、知識人が書いたと考えられ、その著者は「使徒言行録」も執筆している。キリスト教における、「この世の終わりは、歴史の目的であり、終焉であり、完成である」という考え方が色濃く反映されている。目的に向かって突き進んでいくという、欧米文明に刷り込まれたキリスト教的発想、目的論がわかる。
「ヨハネによる福音書」・・・他の福音書と全く異なる。ロシアのキリスト教はこの福音書の影響を強く受けており、ロシア人の気質が欧米人とかなり異なるのはそのせいと考えられる。「言は肉となって、わたしたちの間に宿られた」ことが強調され、抽象的概念の世界で真理を追求することに意味を認めず、その真理が具体的にどのような意味を持つかについて常に関心を持つという、キリスト教徒に刷り込まれた価値観を表している。また、イエスの出現によって、人間に神に従うか神を拒否するかの二者択一を迫っており、物事を突き詰め、決断を迫るというキリスト教文化圏に埋め込まれた文化のもとを示している。
各福音書の本文訳のみではなく、ビジネス関連の著書も多い著者が、聖書が欧米のキリスト教文化圏の発想・価値観にどのような影響を与えているのかという観点からの解説も加えており、有益な書である。
(2010年11月了)