著者のジェイコブ・ソール(1968年~)は、歴史学と会計学を専門とする南カリフォルニア大学教授。
本書は、2015年に単行本で邦訳が発刊され、2018年に文庫化。
本書は、「帳簿(会計)」という斬新的な視点を軸に歴史の裏側を明らかにしたものであるが、一般に経済に大きな影響を与えると考えられている「帳
...続きを読む簿(会計)」が、実は政治や文化に影響を与え、更には歴史までも動かしてきたことを示す、興味深い内容となっている。
大まかな内容は以下の通りである。
◆会計の初歩的な技術は古代メソポタミア、ギリシャなどに見られ、ローマ帝国初代皇帝アウグストゥスは、会計の数値を自らが建造した記念碑にも刻み、透明性の高い精密な会計を自身の政治的正当性と功績に結び付けた。
◆12世紀、フィレンツェ、ジェノヴァ、ヴェネツィアなどの商業都市国家が並立し、当時欧州で最も豊かだった北イタリアにおいて、“複式簿記”が発明された。その要因は、それまでとは異なるアラビア数字が使われていたこと、貿易が発展して多くの資本が必要となり共同出資方式が考案されたため、帳簿が単に所有しているものの記録ではなく、出資者への利益配分を計算するための記録となったことというのが定説である。
◆14世紀にトスカーナ商人のダティーニが、15世紀にフィレンツェのメディチ家が、会計技術を支えに富豪となったが、ルネサンス期の思想に強い影響を与えた、人間の栄光は芸術・文化・政治的業績に基づくのであり、現実的・現世的な商業は重視しないとする“新プラトン主義”により、会計と責任の文化は根付かなかった。
◆16世紀以降、“太陽の沈まぬ帝国”スペイン、欧州最大の王国・仏ブルボン朝などの君主国で会計が注目されたこともあったが、複式簿記による国家の会計システムを安定的に確立した君主はいなかった。それは、君主にとって会計の透明性は危険ですらあったためである。例外は、共和制を維持し続けた黄金時代のオランダ(とスイス)だけであった。事実、ルイ16世期の国家財政が民衆に開示されたことが、フランス革命の要因のひとつとも言われる。
◆18~19世紀、アメリカの建国の父たちは、会計の力を信じ、それを駆使した。鉄道の登場による会計の複雑化は公認会計士を生み、更には、多くの専門家を抱えた大手会計事務所が作られることになった。しかし、大手会計事務所が、独立性を必要とする“監査”と企業の立場に立つ“コンサルティング”の双方を手がけるという構造的矛盾を起こすに至り、エンロン事件やリーマンショックが発生した。
そして最後に、「本書がたどってきた数々の例から何か学べることがあるとすれば、会計が文化の中に組み込まれていた社会は繁栄する、ということである。・・・これらの社会では、会計が教育に取り入れられ、宗教や倫理思想に根付き、芸術や哲学や政治思想にも反映されていた。」、「いつか必ず来る清算の日を恐れずに迎えるためには、こうした文化的な高い意識と意志こそ取り戻すべきである。」と結んでいる。
数百年に亘る会計の歴史を辿りつつ、現代の複雑化した金融システムを維持するために、我々にはどのような心構えが求められるのかを示唆する、奥深い一冊と思う。
(2018年5月了)