小説というよりは、寓話集。というか昔話集、と言いたい趣きすらある。
というのもマックス・リューティの所謂「昔話3回」の方程式があるからだ。
またカフカに比されるのは作者としても不本意だろうが、しかたない、と「変身」および短編数作しか読んでいない者でも感じざるをえないくらい、カフカチック。
というか同
...続きを読むじグラデーションに安部公房も星新一も筒井康隆もいて、その源流を仮に想定するならカフカと言わざる得ないくらい、カフカのすそ野が広いせい、なのだろう。
寓話的な短篇の中にあって、やはり個人的な好みは、比較的長めの小説的な数作だ。
「コロンブレ」「神を見た犬」はまだ寓意強めだが、「七階」「護送大隊襲撃」「小さな暴君」「戦艦《死(トート)》」は極私的短編アンソロジーに入れたいくらい、短編小説の見本として輝いている。
というより、そのエグさ・涙腺刺激度数は他に類を見ない。
このへんにこの作家の良さを見出してみたい、そして今後「タタール人の砂漠」を読もう。
■天地創造……天使がデザイナーという視点は面白いね。
■コロンブレ★……近づいたら死ぬと言われた海に、むしろ憧れてしまう。そして老いてから相対する、これも死そのものだ。最後はひどく皮肉。
■アインシュタインとの約束……地獄の大悪魔たちの望みなのだ」……早く原爆を造れ、という人類史的悲劇の暗示?
■戦の歌……人物も群衆も匿名の、山尾悠子が好みそうな。
■七階★……これは凄まじく怖い! 役場のたらい回し的なもどかしさを飛び越えて、もはや死と老いそのものを描いている。この窓のブラインドのSEは「悪魔のいけにえ」の鉄扉の音かもしれないくらいだ。
■聖人たち……聖人が死後「納められる」という発想は一般的なのだろうか? 独特なオトボケ感。
■グランドホテルの廊下……コントだね。関係ないけど、全裸でビジホのドアから出てしまったときの、酔い醒める瞬間よ。S県のアパホテルにて。
■神を見た犬★……ディストピアを描くのはだいたいSFというジャンルだが、この作品は相互監視という現実にある集団心理を、SFに頼らず描く。なおかつディストピア、ニアリーイコール、ユートピアなのだ、という視点は保持されているのである。ユニークに皮肉を描いており、面白い。
■風船……すべてを見通せるかわりに、とある感覚を失っている、という設定は、まるで「ベルリン・天使の詩」のようだ。その設定を引き破るかのような悲鳴の、強烈さ。
■護送大隊襲撃★……頑固一徹親父の幻覚に過ぎぬのかと思いきや、幻想が現実を食い破ってくる! 浪花節と言えば言い方は悪いが、そのギリギリ手前のリリシズムおよびダンディズムがある、かと思いきや、なんというラストの軽やかさよ。とても映像的な幻想文学。イーストウッドに任せたい。
■呪われた背広……星新一ブラック味120%。源流はたぶんカフカなんだろうけれども。
■一九八〇年の教訓……「神を見た犬」の同工異曲。
■秘密兵器……星新一よりは筒井康隆の味か。
■小さな暴君★……これは怖い! 単純な癇癪ではなく、ひと呼吸おいて、大人の持つそれぞれへの悪意を観察しているところが。サイコパスと一言で言って片づけることは、この作品ではできない。家族の持つ歪みを、敏感に吸収して歪んでしまう少年の歪みを、歪みをそれでも取り繕おうとしていた大人のうちで「綻び」になってしまった祖父が、暴いてしまう。暴かれた姿はもはや大人の手に負えない、もとは大人が熟成してきたものなのにもかかわらず。実写にするなら「危険な遊び」のころのマコーレー・カルキンくんだね。
■天国からの脱落……本作では「ベルリン天使の詩」だけでなく、「かぐや姫の物語」をも彷彿。
■わずらわしい男……この作家の描く神や天使や聖人はひどく人間的に辟易している。
■病院というところ……この作者で病院といえばもはや「七階」だが、迫り方の角度は結構違う作品。
■驕らぬ心……サキやオスカー・ワイルドの短編にもありそうな、皮肉と温かみの綯い交ぜ。
■クリスマスの物語……他人に不寛容を示した瞬間に、その場にいた神が消えてしまう、という描き方が面白い。あったかい気持ちこそが神なんだよ、と言い出せば神学的に話がずれてしまうかもしれないが、ブッツアーティは厳密な一神教という感じはしないね。
■マジシャン……作家ならではの寓話。
■戦艦《死(トート)》★……「護送大隊襲撃」と同工異曲だが、本のレビューという枠物語がある。とはいえ安穏としたレビューではなく、結論はない。世界へ開かれている。投下された爆弾を、読者が受けざるを得ない作りになっている。(漱石「こころ」の第4部があえて書かれなかったように)
■この世の終わり……忽然と現れるのはモノリスだったり、ばかうけ(小説「あなたの人生の物語」=映画「メッセージ」の)だったりするが、本作では割と凡庸に握りこぶしなんだな、と連想。