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明治四十三年の盛夏、漱石は保養さきの修善寺温泉で胃潰瘍の悪化から「大きな動物の肝の如き」血塊を吐いて人事不省におちいった。辛くも生還しえた悦びをかみしめつつこの大患前後の体験と思索を記録したのが表題作である。他に二葉亭四迷・正岡子規との交友記など七篇。どの一篇も読む者の胸に切々と迫って来る。 (解説 竹盛天雄)
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Posted by ブクログ
修善寺の大患と言われる、漱石が胃潰瘍の悪化から人事不省に陥ったときの体験談『思い出す事など』。他に二葉亭四迷や正岡子規との交流記など7篇。 漱石は、幼年期に養子に出されたり戻されたりの不安定な家庭環境を過ごし、その後は留学するものの、当時を振り返って「ロンドンで暮らした2年間はもっとも不愉快」とま...続きを読むで言い切るほどのストレスを抱えて、人間不信に落ち入り引きこもりになったりしています。神経がまいって胃がやられるのも無理からぬところですね。 しかし、大病して死の淵がら戻ってきてくれたことで、『こころ』をはじめとする10年の作家生活の後半に書かれた作品を読めるわけで、壮絶な吐血との戦いに打ち勝ち、よく帰ってきてくれたと思いました。 こういうものを読むと、大病前後の作品の変化を感じ取りながら、まだ読んでいない作品も読みたい気持ちが強まります。『硝子戸の中(うち)』もそうですが、漱石はエッセイも良く書けているなあと感心しきりです。 その他、二葉亭四迷のこと『長谷川君と余』と、正岡子規のこと『子規の画』は、漱石の目から見た知らない面を知る事ができ、とても興味深い内容で、この2篇も読めて良かったです。 余談ですが、岩波文庫の小説は「〇〇作」、随筆は「〇〇著」などと表紙・背表紙にあって、小説とそれ以外の区別が分かりやすくていいですね。
大病や大けがをすると、人生観が変わる、というのはよく聞く話です。 自分は幸いなことにそれ程のことは長らく無かったのですが、一昨年に左足踵の骨折という大けがをして2カ月くらい車いす、半年くらい杖突きで暮し、そのときにそういう気持ちはなんとなくありました。 まあ、コペルニクス的に何かが変わる、ということ...続きを読むでも無くて、「健康ってありがたいなあ」とか「一寸の差でもっとひどく、あるいは死んでいたかも知れない訳で、人知や能力というよりも、不条理な運っていうのはあるなあ」とか。その「一寸の差」で実際にもっと酷いことになったり、死んでしまう人もいるわけで。それに比べて自分がどうしてコレで済んでいるのかというと、マッタクながら合理的な説明などありはしない。 というようなことのごった煮で、なんだかしみじみしたり、仕事とか大変でも以前に比べると多少虚無的だったり、謙虚にならんとアカンなぁと折々思ったり、空の青さとか通りがかりの子供たちが眩しかったりするくらいで。だからまあ大まか、大した変化が無いとも言えます。はたから見れば。 なンだけど自分としては上手くいえないイロイロがあったりするわけで、その辺のことが実に上手に書いてある、漱石さんの病気エッセイ?「思い出す事など」。 でも実は、「あ、漱石さんの本でもこれは読んでないな」、というだけで内容は知らずに衝動買いしたのですけれど。 # 夏目漱石さんは、10代の頃に読んで。 おもしれえ、と長編小説は全部読んでしまいました。 どこが?と言われると即答しかねるのですが、いちばん好きな小説家さんかもしれません。 最近、2周目ぢゃないですけれど、再読したいな、とじわじわ思っていました。 というわけで、「夏目漱石の小説が大好きな読者」としては、ことさらに楽しめました。 そうぢゃない人にとってどうかは、分かりません。 # この本は大まかふたつに分かれています。 1.「思い出す事など」と全体が命名された、漱石さんが胃病で大喀血して死にかけて、長期入院して無事退院するまでの期間の思い出エッセイシリーズ。 2.それぞれ個別に発表された、漱石さんが二葉亭四迷さん、正岡子規さん、池辺三山さん、などの友人知人について書いたエッセイ。どれもが離別した人への哀悼みたいなもの。 # 本の表題通り、なんとなくメインディッシュは「思い出す事など」。 胃が悪かった漱石さんが、静養のために修善寺でぶらぶらしているときに、 気分が悪くなって大喀血。医師も「朝まではもたないだろう」とつぶやいた。 半時間ばかり意識を失った。周りは死んだと思った。 なンだけど、ともあれ復活。寝たきりから徐々に快方に...という出来事。 漱石さんの読者や日本文学に詳しい人などは「修善寺の大患」と呼んでいます。 漱石さんは、ことの起こりから、復活して静養してタンカのまま東京に転院、無事退院するまでの思い出を33のエッセイに綴っています。 漱石さんの文章の特徴ですが、一見わがままで傲慢に見えて、実のところとっても自分を突き放した謙虚さ。偽善も嫌だけど露悪もイヤだ、という感じに読めます。好きです。ひねくれていますが。 そして、アカラサマではないけれど、吹き出しそうな滑稽味を時折放り込んでくる。 病の自分を天空からみたり、自分の心の中に入ったり。自由自在という感じで、このあたりは親友だった亡き正岡子規さんに対して、「俺だって病気ものを書けるぜ」みたいな対抗心?オマージュ?なんて無駄な深読みも楽しく。 (ただ、病中無聊につきこんなの作った、と挿入される漢詩にはお手上げ。全部スルーしました) # 病気の身辺、思い出話ですから、平たく今風に言うと長めのブログみたいなもの。 そう考えると、やっぱり文章が上手くて品があるなあ、と思います。 「私が俺がさ、こんな非日常な体験したんだよね。大変だったんだぁ。それで、こんなことを感じたの」 と、いうブログがあったとして、これほどおもしろいことは無いだろうなあ。 ま、漱石さん好きなんで、偏見でしょうが。 # 結局、胃潰瘍、胃の病気ですから。完治すっきりということはなく小康を得て数ヶ月後に退院。漱石さんはその後も何作か書かれていますが、結局はこの持病の延長で後年亡くなります。 死にかけた瞬間は本人は記憶がないので。 エッセイのほとんどは、意識が戻ってからの、苦しくて痛くて不安で、恐ろしく暇な寝たきり状態、あるいは半寝たきり状態の日々のささやかな出来事。その時期に、思い出したり考えたり感じたりしたこと。 それらを書けるだけに回復した後に振り返り、「思い出す事など」。 病気に伏せって日常から遠ざかる不思議な感覚。 自分以外の人が亡くなって、自分は助かる。居心地の悪さ。不条理さ。 そんな肌触りみたいなものが活写されていました。 (「思い出す事など」には含まれませんが、この本に入れられている「変な音」も入院時代のひとこまを絶妙に切り取った名編。芥川龍之介さんのエッセイ風短編小説みたいなスバラシイ味わい。) # 他の文章は、亡くなった、あるいは去った知人(当時のそれなりの有名文化人)への哀惜の辞です。 ぶっちゃけ、弔辞みたいな部分もあります。 だから必然的にちょっとしんみりしますし、じんと染みます。 (だから対象の人を知らないと、読んでもちょっといまいちなんだろうな、と思います。でも、僕は池辺三山さんという人は知りませんでしたが、「三山居士」もかなりぐっと来ました。マア、相手を知らなくてもグッと来るからこそ、本にして売る価値がある訳ですが。) どれも素敵ですが、白眉は「子規の画」です。 単簡に言うと「子規に貰った画が出てきて懐かしかった。良く観ると、あまり上手い絵ではなかった」というだけの話なんです。 なんですが、そんなよしなしごとを思い出を交えて書きつづり、肩の力の抜けた軽さの中で、じんわりと早世した親友への思いが滲んで、広がって、浸されて、ぼんやりしてしまう心地良さ、そして痛み。脱帽。 # 何故だか連想してしまったのが、アメリカのロック音楽のアルバム、「ソングズ・フォー・ドレラ」(1990)。 ルー・リードとジョン・ケールのふたり連名のアルバムで、全部ふたりで演奏してます。唄はルー・リード。1987年に死去したアンディ・ウォーホールを偲んだアルバムです。これも言ってみれば、弔辞。 ルー・リードとジョン・ケールは1967年にヴェルヴェッツ・アンダーグラウンドというバンドでデビュー。このバンドをプロデュースして世に出したのはウォーホール。短い年月ですが、ヴェルヴェッツはウォーホールの「作品」のようにニューヨークを中心とする文化で輝いたバンドでした。 なんだけど、濃い蜜月の後、感情的な喧嘩別れをしたようで。ヴェルヴェッツはウォーホールの元を離れ、バンド自体もすぐに解散。 ルー・リードはソロのロック・アーティストになり長く商業音楽で活動し。 ジョン・ケールは実験音楽とか前衛のほうに行ったみたいです。 そしてずっーとはぼほぼ絶縁状態のまま、ウォーホールさんが死んだのが、ヴェルヴェッツの季節の凡そ20年後。 若いころに共闘して絶頂を見て喧嘩別れしたルー・リードとジョン・ケールが、互いにいいオッサンになって再びふたりきりでアルバムを、ウォーホールに捧げよう、という。 ロック、ということになるのですが、静かで音数も少なくて、ルー・リードのつぶやき系の唄声と、ジョン・ケールさんの尖がった音が気持ちいい、大人のアルバム。 中でも肩の力の抜けた、温く心地良い温泉のような1曲「Nobody But You」なんか、うるっと来ちゃうくらい好きです。 そんな曲を久しぶりに思い出しました。大好きな一編でした。
漱石は小説も面白いが、むしろ随筆や日記の方が面白い。 本書もその類。 死の淵から辛くも生き延びた漱石と、逝ってしまった周囲の人々。 生き延びた悦びと、自分だけが生き残ってしまったことへの言いがたい感慨が、淡々とした筆致の中に情緒を感じさせ印象深い。 20代の頃は、漱石のよさがわからなかった。 よ...続きを読むうやくわかる年になったか、と、こちらも感慨深い。
布団の上から身を動かせずに見えるものがこんな豊かで慈愛に満ちたものなのか、そしてそれを表現している文章の綺麗さに感動してしまった。死に近いという一点のみでは、少なくともその気概を持って接する分には若い人には負けない。どっかでこういう言葉を聞いたけど、いやいや、もうただただ頭を垂れるしかない小さな自分...続きを読むがそこにいるだけだった。 知り合いの旦那さんが亡くなられる数年前に読んでいた本が並んである本棚から拝借してきた本の中の一冊なんだけれども、こうやってものを介して出会う前に一度お話ししたかったなと思わずにはいられません。 思い入れこみでの評価だけども、星5つの基準を変えなきゃなと思いました。
「修善寺の大患」と呼ばれる大喀血、そして三十分の死。その前後、夏目漱石は何を思い、どんな風に過ごしていたのか。療養生活を振り返りながら諸処の想いを綴った随筆。ほか「子規の画」「変な音」「三山居士」等随筆を収録。 以前文庫に収録されていたものを読んだのですが改めて読書。毎年年明け付近には読んでるので...続きを読む。久しぶりの漱石だったのですがやはり筆致が素晴らしいし、どんな些細なことでも含蓄深い。思っていたよりスイスイ読めました。時折挟まれる俳句と漢詩もいい味を出しています。晩年は漢詩が多い漱石ですがこの頃から漢詩多めです。 個人的には人生の悲哀と煩悶にいつも苦しんでいる小説が多いので漱石もなんかいろいろ小難しく考えて苦しんでるような人なんだろうなあと、漱石についてそれなりに勉強してるし愛もあるのにそれはないだろwって印象を持ってるんですけど、自分のために看病してくれたりわざわざ東京から来てくれた人に対してものすごく感謝してたり、この人達のために生きたいと書いていたりする。「ああ、ほんとはこんなにまっすぐに想いを述べられる人なんだ」と、その文章に胸打たれて思わず泣きそうになりました。そういうの多かったです。やっぱ読み応えすごい。 ほかの収録作品でもそうです。「三山居士」は寂しさの余韻がいい。「子規の画」も好き。いろいろ書きたいのですが長くなるので。次は八犬伝読書でふつーの読書ちょっとおやすみします。
いや久しぶりに読んだけど、もう異様な古びなさだね、これは。さすがは文豪の代名詞。 死に対して徹底的に透徹した視線は圧巻で、「僕もちょっと死んでみるかな」と思わされるほどで。 『硝子戸の中』もそうだけど、漱石はエッセイにその真骨頂があるように思う。
★4.0 思い出す事など 大病を患った時に死を意識した漱石さん。オチのある文章が相変わらず面白いのよ。
修善寺の大患。 病の中でも、漱石の透徹した洞察力と周りの人々への暖かいまなざしが感じられる。 特に心に残ったのは、見舞いにきてくれた友人や門下たちに心から感謝する漱石の姿。なんていうか、そんなにストレートに好意を表に出すタイプじゃないと思ってたので・・・。
これは、「修善寺の大患」と呼ばれる事件の前後のことを語った自叙伝になります。 漱石は1910年に胃潰瘍で入院し、その年の夏、療養のために伊豆の修善寺に赴きます。そこで800gもの吐血をし、一瞬生死の狭間をさまようことになります。ここにはその時のことも詳しく書かれていました。自分では血を吐いたと思った...続きを読む直後に目の前の入れものに大量の血が入っていたのですが、その一瞬と思われた時間が後で聞くと30分程度あり、その間漱石は意識を失っていたそうです。 またここには入院中のメモ(漢詩を書き残していた)を頼りにその頃のことを振り返った記録も記されています。容体に反してその頃の精神はすこぶる平穏であったといいます。そんなものなのでしょうか。私も入院した時に備えて頭の中を鍛えておこうと思います。
漱石自信の自叙伝的な作品。主に胃潰瘍の療養中のことがかかれています。他にも、二葉亭四迷との交友関係についてもかかれており、興味深い作品になっています。
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