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恋人と過ごした不貞の日々。世間の外側で生きる、ただ一人の親友。毎週、同じ時間にかかってくる母親の電話。ちらつく父親の記憶。知らない誰かが奏でるピアノの音。──すべてが澱のように、少しずつ心に沈殿してゆく。「ねえ、私、どうしたらよかったんだろう?」第31回太宰治賞受賞作。「変わらざる喜び」改題。書き下ろし「お気に召すまま」収録。
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Posted by ブクログ
【名前も呼べない】 「どうしてそうなの、どうしてこうじゃないの、どうしてああなの、どういうことなの。答えられなければ歩くことも許されないのよ」 『私は単なる愛人じゃないと、多少なりとも役には立てているんだと、思いたかった。正しい場所に帰っていくための、潤滑剤として。』 『誰のために笑ってるの、と...続きを読む私に訊いたのは、それこそ誰だっただろう。覚えていない。ただ、答えられなくてやっぱり笑ってしまった自分がいたことだけは思い出せる。』 「いいじゃん。したくなけりゃ、しなければいいのよ。私もそう。手術して女になれとか職場でカミングアウトしろとかやたら言う奴いるけど、余計なお世話だよ。やりたくないことはしたくない。自分として生きてくだけで沢山だもの」 『ここに泣いている私がいて、泣き終わったら見える景色があって、それは泣き始める前と何一つ変わらなくて』 「みんなが当たり前みたいに、男と女は結婚して子どもを作るのが当然で、結婚してる男と女が近付いたら不倫で、父親の死に目にも遭わない結婚しない娘は親不孝で何かがあって、そんな目でしか物事を見ないで、見るだけならまだしも当たり前みたいに押しつけてきて、そんな中で生きなきゃいけないのが最悪って言ってるの」 【お気に召すまま】 『次に目が覚めた時、自分がどこにいるのかは考えたくなかった。ここでなければ、どこでもよかった。』 「嘘だあ。先生、何か隠してるでしょ」 「中島さん、彼氏が何か隠してるかもって思ったら、携帯電話とか見るほう?」 「えー、何ですかそれ…んー。いないから分かんないけど、たぶん見ません」 「それはどうして?」 「いいことがなさそうだから」 「正解。そういうこと。探ったってろくなことないなら、放置が一番」 「言わせておきなさいよ ー 見えるもの全部にもっともらしく理由をつけないと安心できない人なんか、放っておきなさい。そういうこともあるってだけよ」
伊藤朱里さんは「クライマックスの会話シーン」がいい。この作品もそうだった。 表題作のほかに「お気に召すまま」という書き下ろしが収録されている。こちらの作品の方が好きだった。ベッドの下に隠れるエピソードが印象的で、最後の会話シーンは力強かった。
表題作は恵那を取り巻く様々な人たちのやや異色の関係が交錯する.退職後に開かれた飲み会で宝田主任に子供が生まれたことを聞かされて驚く恵那を罵倒するメリッサ.恵那は宝田の妻亮子にピアノを習っていたが,微妙な関係になっていた.メリッサは実は男で女装して活動しているものの本職は保育士.恵那と宝田の会話,メリ...続きを読むッサとの会話,恵那の心持.どれもつかみにくい感じだ.「お気に召すまま」の方がしっくりした感じで共感を持てた.英語教師の美波は子供のころベッドの下の隙間に入り込み母の出て来いという声を無視した.程なく母は失踪し妹の有紀と父の三人暮らしだった.成長して結婚したが離婚し教師を続けている.生徒の中島文乃との会話が教師として地に着いたものを示している.父との会食での話の中にベッドの下が安楽地(save point)であったことを認識する美波.著者は弱そうだがしたたかな女性を描いたのかなと思った.
太宰治賞の表題作も書き下ろしの併録作も非常に上手い。むしろ上手すぎるほど、描写にも構成にも隙がない。それだけにしんどい。こんなものばかり読んでいたら女性として生きることがとてつもない苦行に思えてきそうで困惑する。
第31回太宰治賞受賞作。 表題作は、所謂、不倫小説なのだが、読み進めていくうちに最初に戻って読み返したくなる著者のトリックにまんまと引っかかった。 読み返してみると、著者は何も「嘘」をついていないことがわかり、ズブズブと物語にのめりこんでいってしまう。 書き下ろしの2作目も、著者特有の女性主人公...続きを読むがあまり明るくない過去の体験をベースに、「いま」を見つめていくお話なのだが、どこか品があって、どこか救いがあるところがいいな、とおもった。 たまたまかもしれないが、『名前も呼べない』『お気に召すまま』両作品とも、どこか欠落した部分を抱え、「わたしなんて…」思考の強い主人公なのだ。わたしはこういう受け身の人間があまり好きではない。だが、その主人公に喝を入れる脇役がちゃんといるので、作品としてのモヤモヤ、苛立のようなものが、ちゃんと回収される。 『名前も呼べない』ではメリッサという親友が本当に素敵なキャラクターだった。主人公と仲良くなるエピソードは、メリッサが「それ」とわかっていても惚れてしまう。 『お気に召すまま』では、主人公自らが怒りを表現するシーンがよかった。 それも、女子高生の文乃が居たからこそ。 お風呂やベットがすこしの光をくれる。 これらのアイテムを使って、行動にうつしていく主人公の気持ちがなんとなく嬉しいというか、踏ん切りがつく。 どこかで経験のある感情たちなのだとおもう。 この小説は、映画のようにあまり予告編を吟味しないで、物語に飛び込んで味わってもらいたい。 それにしても、『こちらあみ子(今村夏子)』、『君は永遠にそいつらより若い(津村記久子)』といい、太宰治賞は骨のある女流作家を輩出するなあ。
予想外のトリック的なところもあり、オ!!っと思わせられる部分もありました。 全滝的に重くて、暗い気持ちになりながら読んでいました。正直読んでいて愉快な本でもないし、カタルシスも何も無いのです。どんより系と勝手に名付けたくなるような小説でした。
女の、醜くてどうしようもなくて面倒で鬱陶しくてでも、パズルの凹凸みたいに噛み合えば少しだけいとしいかもしれない感情の起伏。沈んで浮上する、その訳の分からない綺麗とは言い難いエネルギー。好みは分かれそうだけれど、私は好きだったな。
「お気に召すまま」の方が良かったですかね。 表題作の方は違和感を感じつつ読んでたら、サプライズに見事にやられました。 「穿つ」という言葉がやたらと多用されている印象を受けました。お気に入りの単語なんでしょうか。
家庭のある相手と不倫をしていた主人公の恵那は前職の新年会でその恋人に子どもが生まれていたことを知る。最後にネタバラシがあって、おっと思ったけど、それがわかったあとだと題名はもしかしてこういうこと?ってちょっとしらけてしまった。 文章はすらっと読めるしうまいと思う。けど会話文のセンスが残念で、メリッサ...続きを読むは痛々しくて聡明にはいまいち見えないし、ここで一言!って時のインパクトがない。あと新人は短い中でややこしい生い立ちを付け気味。 『お気に召すまま』離婚経験者の主人公は家族、友人、勤務先の学校の人の中で色々を乗り越えていく
すっかり騙されました。しかも後味の悪い方に。 途中で違和感を覚えつつも「まあ常識的に考えてそういうことはないよな」と思い込んでいた自分への、 これは罰か、それとも復讐か。 「名前も呼べない」ことの意味(もしくは意図)が、今になってようやくわかった。 名前には、意外といろんな意味が含まれているのだ。暗...続きを読む号のように、符丁のように。特に、その「響き」の中に。 陳腐な感想だけれど、女性はやっぱり恐ろしい。 主人公の恵那にはほんとうにイライラさせられた。自分が知る小説の登場人物のうちでも一二を争う「嫌な女」だ。少なくとも今年の内では一番の、「嫌な女オブザイヤー」である。 しかし彼女を打ちのめすのだから、亮子さんも相当な「嫌な女」だ。性悪だ。ほんとうに、恐ろしい。 それほどまでにこの二人は飢えていて、剥き出しで、朝井リョウ氏の言葉を借りれば「滾っている」。 例えば母と娘であろうと、姉と妹であろうと、親友同士であろうと、師と教え子であろうと、 女同士というのは結局どこかでライバル同士であり、もしかすると敵同士であるのかもしれない。 いや、そんな耳障りの良い言葉では表せないような、「名前も付けられない」関係性があるのだろう。 それだけにその関係性は正体がつかめなくて、時には強固であり、また逆に脆かったりもする。 けれどお互いが存在しないと、彼女らは敵同士にもなれない。 いくつかの「歪んだ愛」に翻弄された主人公が最後に求めるのものが、 「性別を超えた友情」であるところが印象的だった。 収録作の「お気に召すまま」では、主人公の父親と妹という肉親が重要な役割を担っている。 男女の性愛なんて、脆いものだ。 晩年の漱石作品をふと思い浮かべた。
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