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著者の太平洋戦争従軍体験に基づく連作小説。冒頭の「捉まるまで」の、なぜ自分は米兵を殺さなかったかという感情の、異常に平静かつ精密な分析と、続編の俘虜収容所を戦後における日本社会の縮図とみた文明批評からなる。乾いた明晰さをもつ文体を用い、孤独という真空状態における人間のエゴティスムを凝視した点で、いわゆる戦争小説とは根本的に異なる作品である。横光利一賞受賞。
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Posted by ブクログ
敗北がもたらす堕落を端的に示した作品で,まさに戦後文学を代表するものと言える。これぞ去勢だなと。後半になるにつれてユーモアが増して弛緩していくにつれ,前半の不殺のテーマが張り詰めるといった構成を感じた。
太平洋戦争。フィリピンのミンドロ島へ出兵した筆者。そこで米軍に捉えられ捕虜となる。その体験を記した本書。殺せたはずのアメリカ兵をなぜ撃たなかったのか?なぜ自殺ができなかったのか?その問いをつぶさに、自分自身にぶつける誠実な手記。
大岡昇平さんの小説はテレビドラマを見て読んだ「事件」以来かな。俘虜の心理を自ら分析してみせるくだりが秀逸です。俘虜となってから日本に帰るまでが描かれているのでけっして楽しい展開ではありませんが、戦時中の日本人の考え方など理解できました。
『野火』以来の大岡作品を読もうと思って本作をチョイスしたら、結果的に戦後70年にふさわしい読書となった。まずはこのタイミングで読めたことを喜びたい。さて、肝腎の内容についても、もちろん優れているのだが、なかでも白眉は冒頭の「捉まるまで」。著者が米兵と遭遇し、なぜ銃を撃たなかったかについて冷静に考察し...続きを読むている。もちろんのちほど「潤色」した部分も多少はあるのだろうけど、戦時下の前線において、生死のはざまを前にして繰り広げられる「哲学」には、月並だが考えさせられるものがある。その他の部分も示唆的な内容に満ちていて、あまり注目されにくい俘虜というものの存在について、あるいはもっと広く日本人というものについて、そのすべてを浮き彫りにしている。負けたのもさもありなんという気がする。また、単なる文学としてのみならず、貴重な戦争の資料としても眼を瞠るべき部分は多い。捕虜の扱いはハーグ陸戦条約で明確に定められているが、そのことについて触れたくだりもあって、当時からすでにそのことが意識されていた――つまり、それに背く扱いがなされた場合は、意図的に条約を無視していた――ことがわかるし、また、いまだに論争のやまぬ「南京事件」についても、もちろんそれをメインに描いた小説ではないから多くは語られていないが、南京占領のさいに旧日本軍においてなにかしらの残虐な行為があったという記述もあり、この時期ですでにそういうウワサが広まっていたことを考えると、ネトウヨの一部にみられるような事実無根という主張は無理筋であることもわかる。わたしはふだんから歴史認識問題についてもある程度関心があるので、その点からいっても本作を読むことができてとてもよかったと思う。
著者がフィリピン・ミンドロ島で従軍し、収容所で日々を過ごした頃の記録。 鋭い人間観察と心理描写。 緊迫した塀の外とは裏腹にコミカルに描かれる収容所内部の様子。 多彩な人物が織り成す一種の密室劇は純粋に面白く、ページをめくる手が止まらなかった。 一小隊が飢えのあまりにフィリピン人を撃って喰おうとして、...続きを読む逆にアルミ缶をドンドン叩かれて集まった仲間にグルグル巻きにされて米軍に突き出されるシーンと、田辺哲学を信奉する学生との煙草の箱をめぐるやり取りが特に好き。 あと自ら投降した兵士達のエピソードの数々。
久々にものすごく時間をかけて読みました。 戦場での強姦に関する場面など(従軍看護婦なのに実際は従軍慰安婦という感じの、ということや)は正直吐き気がしましたが。 うまく感想がいえません。こういう戦争モノを読むと何も言えません。
これは小説?「野火」の方が有名な気がするし、野火の方が小説らしい形。でも、私には俘虜記の後になぜわざわざ野火を書いたのか分からない。文体も内容も完成度が高いと思う。いや、ぜんぜん別物なのかもしれないが・・・。
戦争文学の傑作。 戦争の最中に起きた筆者自身の心情や自分の行動を緻密に分析、客観視している。 本書の特徴は筆者の冷静さである。感情的な言葉で表せられることが多い戦争の事実や心情を彼は冷静に見つめ直し、表現している。 私のような戦争未経験者が戦争に触れるとき、"必ずしも"激しい...続きを読む怒りや悲しみを感じるわけではない。「直接経験していない」ことが常に我々に一定の冷静さを与える。本書における筆者の態度は戦争の悲惨さに対してある程度冷静にならざるおえない私の心情に近く、それが本書を読みやすくしている。激情や悲しみ、怒りを伴わずとも我々は置いてけぼりを食らわなくて済む。
太平洋戦争後に"戦後派"と呼ばれる作家が登場しました。 その内、一般的に、戦争体験を通して感じたことや、その意味を論じる文学者たちを第一次戦後派と呼び、戦争体験如何に依らず、戦前の文士たちによって培われた小説技巧を昇華させ、新たな手法を取り入れることで優れた小説を生み出していった...続きを読む作家たちを第二次戦時派と呼びます。 大岡昇平氏は、第二次戦時派として真っ先に挙げられる作家だと思います。 本作『俘虜記』は、氏の戦争体験を元に書かれており、小説というよりも体験記に近い内容です。 ただ、他の戦争小説とは異なり、戦争の理不尽の中に置かれた人間の感情吐露などの批判や訴えかけを行っているものではなく、ユーモラスでシニカルな内容になっています。 文章は堅苦しくなく、読者に読んでもらうことを念頭に書いているような感じがありました。 今の大衆小説に通じるサービス精神のようなものが感じられ、そういったところが第二次戦時派として第一次と分けられる部分だと思います。 米軍俘虜(=捕虜)になった主人公・大岡が、俘虜収容所の様子を思うままに書いたような作品です。 大岡は比島のミンドロ島で作戦行動中、米軍兵士に捉えられ、俘虜として連行されます。 米軍の姿は大岡が先に見つけていたのですが、彼を撃たなかったことに関する心情描写がリアルで是非読んでいただきたい箇所です。 その後、マラリア治療のため野戦病院に入り、俘虜収容所で同じように連行された俘虜たちとの生活が描かれます。 そこでの生活は制限された食事、虐待に近い米軍兵士の扱い、病に冒されても治療はされず、生きたまま腐っていく仲間たちの姿が待っている、わけではなく、条約に基づいて丁重に扱われた、それなりに人間らしい日々が描かれるものとなっています。 戦争文学というと、生き地獄のような行軍や、銃弾行き交う凄まじい戦場を駆け巡る戦争ドラマを想像しますが、本作で描かれるのは、食事は残飯が出るほど与えられ、俘虜にも仕事を与えられ給金も発生し、芸術も培われや遊戯も行われる、想像していた戦争中とはちょっと違う内容です。 これはこれで一つの真実だと思いましたが、戦争が終了した後とはいえ、この内容を出版するのは大胆というか、当時、批判があったんだろうなと思いました。 ただ、切り取られた空間に押し込められた人々の本来の姿があぶり出されていて、文明批判のようなものを感じました。 また、作中の大岡は戦争に負けることはもはや自明であると途中で考えていて、天皇制に対する思いのようなものも書かれています。 そういった点で、広く一般的に読みやすい小説でありながら、これからの社会の旗振りを担おうとする、第二次戦後派の文学的傾向が感じられます。 俘虜になってから日本へ帰るまでの、大岡昇平が経験したタイトル通りの"俘虜記"が、装飾されずに淡々と詳細に書かれています。 結構厚く、通読には根気が必要と思いますが、戦争ものとして紛うこと無き名作です。
戦争に関する著書は、ノンフィクション、小説問わず数多くある。特に第二次世界大戦(太平洋戦争)に関する本は、星の数ほどあるだろう。その戦争の意義や勝敗の意味、その後の社会に与えた影響を分析する著作も枚挙にいとまがない。では、それらの著作の中で、戦争の最中に敵軍の俘虜となり、虜囚として過ごした日々を克明...続きを読むに著したものがどれほどあるだろう。 戦いの記録は山ほどあり、我々はそれらによって日本も諸外国もいかに苛烈を極めた戦闘を繰り広げてきたかということを程度の差こそあれ知っている。だが、翻ってみると、戦争で捉われの身となった俘虜が収容所でどんな生活を送ったのか、ということについては意外なほど無知である。 著者がいうように、俘虜という身分はもはや「兵士」ではない。不謹慎を承知の上で戦争をゲームと例えるならば、俘虜はすでにゲームオーバーとなったプレーヤーが、ゲームそのものが終了するのを待つ身ということになるだろう。捉えられ、閑暇を貪る身となった者たちの日常を描く作品が極端に少ないのも、そう考えれば当然と言える。 俘虜となった者たちにも、しかしながら等しく日常は存在する。戦闘に明け暮れる兵士たちの日常がすなわち戦争であるが、俘虜となりもはや戦争への参加を許されない身分となった者たちが、ただひたすらに戦争が終わり、帰還できる日を待ちわびる日常もあるのだということを、『俘虜記』は教えてくれる。 俘虜の一人に大岡昇平という人物がいたことの幸運を、我々は喜ぶべきかもしれない。大岡氏は俘虜という閑暇に満ちた生活を、冷徹に観察し、つぶさに記憶し、静謐に描いたのだから。こうして内部に身を置いた者以外にはほとんど知り得ない俘虜の生活が、本作によって詳らかにされたのである。米軍以外の俘虜となったり、他の収容所に幽閉されたりすることでの違いはあっただろう。それでも、俘虜の生活という一見怠惰にも見える日常を生きいきと、克明に描き、その中から米軍と日本軍の、つまりは米国と日本の(当時の)考え方の違いは浮き彫りになる。 大岡氏はさらに、俘虜の生活を描く中に、自身の省察を挟み込む。例えば俘虜生活の観察を通して、日米の違いを感じ取り、日本軍の敗戦について確信に近い予感を得ていた。俘虜となった絶望、あるいは怠惰に流された生活を送っていただけでは、これらの洞察は得られない。虜囚の身となりながらも、自己を含めたあらゆるものを客観視して、分析できる冷静さを備えていた大岡昇平に対して、だから私は快哉を叫びたい。 抑制の効いた文章は、ドラマティックな展開を期待することなどできようはずもない俘虜の生活がテーマゆえ、時に退屈を感じる人もいるだろう。それでも、「俘虜」という戦争がある以上、おそらく永遠に残り続ける身分とその生活をつぶさに記録した作品として、『俘虜記』を読むことは貴重な経験となったと思う。
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