無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで200万冊以上配信中!
「いちど観てみたいわ、春を。ここには夏しかないものね」 ぼくは柔らかい春の雨を想像した。美しく残酷な夏の終わりに―― 日本SF大賞受賞作家の初長篇、待望の電子書籍化。仮想リゾート〈数値海岸〉の一区画〈夏の区界〉。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしていた。だが、それは突如として終焉のときを迎える。謎の存在〈蜘蛛〉の大群が、街のすべてを無化しはじめたのだ。わずかに生き残ったAIたちの、絶望にみちた一夜の攻防戦が幕を開ける――仮想と現実の闘争を描く〈廃園の天使〉シリーズ第1作。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
※こちらの作品はブックライブ for Android、ブックライブ PLUS for Android、ブラウザビューアではダウンロードおよびオフラインでの閲覧ができません。
※期間限定無料版、予約作品はカートに入りません
Posted by ブクログ
残酷描写といえば…で、再読。
初めて読んだ飛浩隆作品がこれでした。
デジタル世界に構築され、AIキャラクターがキャストを務める仮想リゾート。今では当たり前にイメージできる娯楽のありかたが、2002年の刊行時に既に詳細に描き出されている、ばかりか、もう行き着くところまでいってしまっている。
そこでやれることは(悪い意味で)やりつくし、あげくサービス自体が崩壊。AIたちが呼ぶところの「大断絶」によって現実世界からのゲストが途絶え、放棄されて、すでに一千年が経っている。凡人の想像の2歩先を行く物語のはじまり。
とにかく何もかもが美しい。
見捨てられたリゾートで、自律するAIたちが生きている。風光明媚、清らかな風景の見えない下層には、倫理の壊れた舞台設計がある。響きのきれいなフランス名のAIキャラクターたち、その個性と関係性。ちょっと古くさい台詞回しすら、かれらのロールにあてがわれたプロンプトがそうさせていると思えてくる。
硝視体が見せるあざやかなエフェクト、ピクセル単位までこまやかに描き出される五感。姿も武器も異なる敵たちと、万華鏡のように変化する戦いのバリエーション。全体にまぶされたフェティッシュで猥褻なにおい。
ストーリーが展開するごとに世界の深度が増し、絶望の種類まで変わっていく。違う世界の存在を覗かせながら、すべてが見えそうで見えないもどかしさ。
それを描き出す言葉と文章のなにもかも、残酷描写までもが美しい。
そして、あまりの残酷に心を痛めながらも、これはすべてAIたちの話で現実ではないんだという意識が、つねに、うっすらとある。その逃げ道にすがって読み進めている自分の薄情さを自覚する、その罪悪感まで計算済みで作品に絡め取られている心地がする。
2002年に初版刊行。私が読んだのは、電子書籍版の刊行が2013年だったようなので、少なくともそこ以降です。
2002年の時代感覚の中でこれを読んでみたかったなぁ。9.11とFFXの翌年。まだYouTubeもtwitterもなかった頃に、これ。
どれだけの衝撃だっただろう…
Posted by ブクログ
90年代グロテスクの孫という印象の仕事。AI周りの描写は2002年という時期を考え合わせると非常によくできており、2019年の今読んでもまるで古ぼけていない。語彙は実に美麗だ。間違いなく何度も読み返し、あちこちのつくりを参考にするだろう。
とはいえこの物語には瑕疵とまでは言えないが、個人的に看過しがたい点がある。
人間の理不尽な残忍さを物語の基盤に埋め込んだだけならいかにもありふれていて薄っぺらいが、被虐者が残忍に「狎れ」た上で己の宿願を果たすため一層凄絶な手段を選択する描写を描くならば凄味は増す。物語後半に、檻に入れられた女のエピソードがあるが、そのことだ。しかし彼女の選択は辻褄が合わない。男から「それ」を得られるなら、硬い道具だってもっと簡単に得られるからだ。このエピソードが凄味を発するには、女がある程度は正気でなくてはならない。道具を持ってこさせる程度の思案もできないほど狂気に落ちているなら、彼女はどんなおかしなことでも選択できるわけだから、何をしたところでそれは彼女の選択ではなく、単純に著者の都合である。
陰惨の極みを描きたい著者の都合が先走って、物語の中でも特に慎重を期さねばならなかった場面でこの手の疑問が湧いてしまうのは大いに興が殺がれる。敢えて好意的に受け止めなければ、この重要な場面はすんなりと流れていかない。
この作品に限らず、90年代にあちこちで見かけたこの手の過剰なグロテスクはしばしば、このようにその前段でだらしない漏らしをしでかす。グロテスクを書きたいという都合が先にあり、その次に物語の体裁を整えるという順序を明かしてしまう。過剰なグロテスクを美しく整えるにはそれに見合うだけ精密な設計が必要だが、それが大抵足らない。おおよそは出来ていても、細部が綻んでいる。書き手はそれを気にも留めない。
しかしそのような、ファサードは大伽藍然として実際には細部の綻んでいる作品というのが、毒と荼味の塩梅がちょうどよくなるものなのかもしれない。
Posted by ブクログ
久々に「ヤバい」小説。田舎の鄙びたリゾートをおそう謎の物体。天才少年の活躍により、どうやら別の世界からやってきた人工知能に襲われていることがわかり、生き残った住民は不思議な力を発揮する「石」を駆使して謎の物体と戦うが、、、というよくある設定で映画マトリックスを想像させるが、大きく異なるのは、襲われている方も人工知能の世界の住人であること。高度に発達したAIにより、各自(各AI?)が独自の個性と記憶と判断能力を持ち、まるで自然人のように振る舞う。AI対AIなのか、そのAIを操っている人間がAIを襲わせているのか、全くわからないままストーリーは進む。読んでいて不思議なのは、まるで自分が傍観者としてすぐ近くでこの大事件を観察している気がすること。アバターやIDなど、ネットの世界で自分を代理させている”人格”があることが、このリアルさを生んでいるのだと思う。
Posted by ブクログ
ーーー仮想リゾート〈数値海岸〉の一区画〈夏の区界〉。南欧の港町を模したそこでは、ゲストである人間の訪問が途絶えてから1,000年、取り残されたAIたちが永遠に続く夏を過ごしていた。だがそれは突如として終焉のときを迎える。
仮想と現実の闘争を描く〈廃園の天使〉シリーズ第1作
初めて読む作家、飛浩隆の長篇SF
特徴はなんといってもその文章だと思う。
ときには韻文を連ねながら、詩的に美しい文章と、SFとしての「理屈づけ」が絶妙にブレンドされている。
続編への期待を余韻として残しながらも、すごく綺麗な終わり方だった。
シリーズ2作目の既刊『ラギッド•ガール』も早く読みたい。
「決めろ。『しかたがない』ことなど、なにひとつない。選べばいい。選びとればいい。だれもがそうしているんだ。ひとりの例外もなく、いつも、ただ自分ひとりで、決めている。分岐を選んでいる。他の可能性を切り捨てている。泣きべそをかきながらな」
Posted by ブクログ
「最期の言葉は―――そうだ、あの蜻蛉にかけてやったのと同じ科白」
美しく清新で、残酷な物語。
存在意義を失われて1000年。設計されたものと、使用されたことによって蓄積された負の記憶。この数値海岸のAIたちが、ゲスト(人間)によって付けられた爪痕が、来訪者によって抉りだされる。
その時に生じた、苦しみと痛みと何よりも悲しみは、ひとつとしてみていて気分のいいものではないはずなのに、目が離せない。それは、人間を限りなく模倣したAIたちが、観客でしかない自分では感じることができない苦痛と悲劇に、哲学的ともいえる絶望に見舞われているから。それを憐れむことや先を求める残酷さすら、読者たる自分には自由に選択できるのに比べて、AIたちはどこまでも不自由に、分かりきった決められたロールを繰り返すしかない。その圧倒的な不平等さが、今の日本にはどこにもない、生まれの「身分」による優越感を味わせてくれるのだろうか。
上の言葉は、自ら「罠のネット」と同化することを選んだジェリーが、最後に見せることができた優しさ。設計されたロールではなくて、彼女自身が生きて獲得したもの。長すぎた夏休みを終える、一言です。この物語を締めくくるのにふさわしい、一文でした。
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
※こちらの作品はブックライブ for Android、ブックライブ PLUS for Android、ブラウザビューアではダウンロードおよびオフラインでの閲覧ができません。
小説・文芸
小説・文芸
小説・文芸