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Posted by ブクログ
著者である広野さんからいただいた「100歳、ずっと必要とされる人」を読み終えました。
「ずっといてほしい。福井さんが会社に来てくれるだけでいい」
そんなことを言われる人がこの世の中に何人いるんだろう。これを読んだ時、感動して涙が出ました。
「一粒の麦もし死なずば」
これは、私が小学校の時から好きな言葉です。まさか、この本に出てくるなんて思いもしませんでした。
「一粒の麦もし地に落ちて死なずば、ただ一つにてあらん、死なば多くの実を結ぶべし」
私が大学の先生を辞めて社会起業をした時、死ぬ時に幸せな人生だったと思いたいというのが一番大きな理由でした。それは自己犠牲という意味ではなくて、他人を幸せにすることの喜びで自分も幸せに生きられる・死ねるという信念みたいなものなのです。
だから、この本を読んで、福井さんの生き方に大きく共感しました。偉くなることなんて、どうでもいいんです。周りの人と幸せにさえ生きられれば。
Posted by ブクログ
今度、これからの働き方論のような発表を二回ほどする機会ができたので、ちきりんさんの本とか色々読んでいる内に、この本に行き当たったのですが、何と私の心に一番響いたのは、この中に書かれている資本主義に関する記述の部分でした。
この本の主人公の福井福太郎さんは、大学時代にフランスのシスモンディ(*)という学者の研究をしていて、それが福井さんの生き方のバックボーンになっているのだそうです。シスモンディは、資本主義を生み出しナポレオン戦争に勝利したイギリスが、何故、経済恐慌に陥ったのかという疑問から資本主義批判に転じ、雇用者と労働者が連帯することの重要性と、経済活動における倫理的な要素の必要性を説い学者だそうです。但し、彼は資本家の役割や企業の成長自体を批判した訳ではなく、その後の社会主義や共産主義とも一線を画しているそうです。
そして、福井さんがシスモンディの研究から導き出したのが「利他主義」の考え方なのですが、但し、福井さんの「利他主義」は「自己犠牲」という意味ではなく、相手と自分を対等に捉える「お互いさま」というニュアンスに近く、「全ての人の幸福を考える」「お互いに幸せになる」という互恵的な発想なのだそうです。ということで、49歳でサラリーマンになり、100歳になっても毎日電車で一時間通勤しながらサラリーマンを続ける「ずっと必要とされる人」の人生論、大変参考になりました。
(*)ジャン=シャルル=レオナール・シモンド・ド・シスモンディ(1773-1842年)はフランスの経済学者。フランス最後の古典派経済学者。元々は自由主義の立場であり、1803年の『商業の富について』でアダム・スミスの『国富論』を紹介するなど自由主義を擁護していたが、イギリスで恐慌を目の当たりにして自由主義に懐疑的になり、1819年の『経済学新原理』の出版を機に古典派経済学批判の立場に回り、イギリスのデヴィッド・リカードやフランス古典派のジャン=バティスト・セイらと対立するようになった。価値論や恐慌論の研究でカール・マルクスの先駆者であり、マクロ均衡論の研究でジョン・メイナード・ケインズの先駆者であったという評価も最近ではなされている。(Wikipediaより抜粋)
Posted by ブクログ
100歳にして電車通勤をしている現役サラリーマンを知った日経BPの記者が、その人の経歴なり考えや生活などを当人と共著で著した書である。
特に恵まれていたわけでもなく平坦でもなかった人生だが、普通の生活を過ごして生きてきたという。今なお働かせてもらっている会社は、かつての友人のつてによるものだが、この人との関係を大切にしているのが特長だ。
いまなお衰えない好奇心、たとえば宇宙のダークマターも知っているし、新聞の分からないカタカナも外来語を推測し辞書を引くそうだし、通勤という運動、などなど心身ともに無理せず、健康なのがいいのだろう。物事にこだわらない性格も大いに寄与していそうだ。
題名は、100歳でもサラリーマンしている人、とでもした方が内容を示すとしたら良かったかもしれない。
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