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Posted by ブクログ
私は野たれ死をするだろうと考える。まぬかれがたい宿命のように考える。私は戦災のあとの国民学校の避難所風景を考え、あんな風な汚ならしい赤鬼青鬼のゴチャゴチャしたなかで野たれ死ぬなら、あれが死に場所というのなら、私はあそこでいつか野たれ死をしてもいい。私がムシロにくるまって死にかけているとき青鬼赤鬼が夜這いにきて鬼にだかれて死ぬかも知れない。私はしかし、人の誰もいないところ、曠野、くらやみの焼跡みたいなところ、人ッ子一人いない深夜に細々と死ぬのだったら、いったいどうしたらいいだろうか、私はとてもその寂寥には堪えられないのだ。私は青鬼赤鬼とでも一緒にいたい、どんな時にでも鬼でも化け物でも男でさえあれば誰でも私は勢いっぱい媚びて、そして私は媚びながら死にたい。
──『青鬼の褌を洗う女』
Posted by ブクログ
表題作の「堕落論」他、「続堕落論」と二つの間に挟まれていた「天皇小論」を読んだ。かなり好きな思想で、個人的には、「続堕落論」よりも「堕落」することについて妥協のない無印の「堕落論」の方が好き。
全体の趣旨は結構単純で、基本的には、戦前の国家主義的なイデオロギー批判だと読んでいいのだと思って読んだ。人間の本質は、倫理的でないこと、堕落した生活や生き方をすることにあって、放っておく限り人は堕落する。だから、世界の歴史は、人間を堕落させないための「カラクリ」を生み出してきたのだという。それは、天皇制であったり、武士道であったり、形は違っているが、その本質は同じで、理想的な生き方、倫理観を示すことによって、人を堕落させずに従わせようとするものである。こうしたものの存在が、第二次大戦における未曾有の被害を生み、日本を敗戦に向かわせたのだというのが、坂口安吾の歴史認識である。
では、そういった国を破滅に向かわせた「カラクリ」から逃れるためには、どうしたらよいのか? それが「堕落」である。
だが他人の処女でなしに自分自身の処女を刺殺し、自分自身の武士道、自分自身の天皇をあみだすためには、人は正しく堕ちる道を堕ちきることが必要なのだ。そして人の如くに日本も亦堕ちることが必要であろう。堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない。政治による救いなどは上皮だけの愚にもつかない物である。(p86)
「堕落」というのは、何か理想的な状態があって、その理想的な状態から堕ちることである。であるからにして、「堕落」は普通、悪いことだと考えられる。けれども、安吾はそのような「堕落」観を否定する。
敗戦後国民の道義頽廃せりというのだが、然らば戦前の「健全」なる道義に復することが望ましきことなりや、賀すべきことなりや、私は然らずと思う。(p89)
戦後の社会が教えてくれたのは、かつて「健全」であったことの方がよっぽど「不健全」だったという事実で、そのような意味での悪しき「健全」から逃れる方法が、個人の「堕落」なのである。だからこそ、「堕落」は常に、「不健全」になりうるイデオロギーからの「堕落」であり、「制度の母体(p101)」として新しい「カラクリ」を作り続けるものでなくてはならない。このあたりの主張は、無印の「堕落論」よりも「続堕落論」の方が分かりやすくなっている。その分、無印の「堕落論」が持っていた「堕ちる道を堕ちきることによって、自分自身を発見し、救わなければならない」という「堕落」の徹底ぶりが、やや妥協されているように感じたところで、個人的には、徹底的に堕ちきる無印の方が好きである。
それにしても一番面白かったのは、わざわざ言わなくてもいい「私は二十の美女を好む」だと思う。
その当然堕ちるべき地獄の遍歴に淪落自体が美でありうる時に初めて美とよびうるのかも知れないが、二十の処女をわざわざ六十の老醜の姿の上で常に見つめなければならぬのか。これは私には分らない。私は二十の美女を好む。(p79〜80)
いや、そうなのかもしれないが、わざわざ言う必要あるかと思う。安吾は、イデオロギーが生み出す「美」を否定する一方で、「美」に惹かれてしまう人間の性のようなものは否定しない。ところどころにそれは現れて、自分自身が「二十の美女を好む」ことを一々言うところとかは、すごく好きである。しかし、一方で怖いとも思う。
私の近所のオカミサンは爆撃のない日は退屈ねと井戸端会議でふともらして皆に笑われてごまかしたが、笑った方も案外本音はそうなのだと私は思った。(p100〜101)
巷では、時代が不幸になると安吾は読まれるようになるそうだ。どんな理不尽な状況やルールの下に置かれても、それが当たり前になると、その理不尽さはいつの間にか慣らされて、その理不尽の中で楽しみを感じるようになる。これは、理不尽なルールに満ちた中学校で、楽しそうに過ごす中学生たちを見ていると、身に沁みて感じることである。
「堕落論」は、いかに「堕落」することが、人間にとって困難な振る舞いであるかを、よく教えてくれていると思う。
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