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『蟹工船』の著者・小林多喜二の母・セツの波乱に富んだ生涯を描いた伝記小説。
秋田の貧しい家に生まれたセキは、農家の小林家に嫁ぐが、長男の死を機に北海道小樽に一家で渡り、パン屋を経営する。伯父の援助で進学した次男の多喜二は、卒業後、銀行に勤め、家計を支えるようになるが、反国家権力の小説により、何度か投獄され、そしてついには・・・。
プロレタリア文学で後生に名を残した『蟹工船』の著者・小林多喜二と、その母・セツの波乱に富んだ生涯を描いた伝記小説。
「三浦綾子電子全集」付録として、「母」を元にした舞台上演への寄稿文、夫・三浦光世氏による「創作秘話」、愛用のパーキンソン病患者用の椅子写真を収録!
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Posted by ブクログ
中学の時に一度読んだきりの「蟹工船」だが、強い印象に残っている。その作者、小林多喜二の母の語りが本書だ。実話を元にしたノンフィクションとのこと。
今の時代では考えられないような貧しさだが、母の心の清らかさと温かさには首を垂れるしかしない。誰から教えられることもなく、ここまで人を清らかに優しく、純粋にさせるものは何なのかと思う。当たり前のように心から子供たちがすることを信じて背中を押す姿もとても印象的だ。母を迎えた多喜二の父も同様だ。多喜二の優しさと清らかさ、賢さ、一途さも、こんな人は今まで知らない。小林多喜二とはこのような人だったのか。
貧しさ故に学校に行くこともできず、子供の頃から働き詰めで、その上子供を殺される経験までして、80過ぎまで生きてきた多喜二の母。戦後の日本には、このような方がたくさんいたのだろう。そのような方々の存在を胸に留めておきたいと、改めて感じた。
Posted by ブクログ
小林多喜二の母セキが作者に語る形で綴られる小林多喜二の人生と母の思い。幼い頃の思い出、遺体が戻ってきたときの怒り悲しみ、死後の絶望。セキさんの真っ直ぐな性格とあいまって、多喜二への思いがぐさりと刺さる。北海道に1人やっていた長男もなくしていたというセキさん、若くして子供を立て続けになくす悲しみが辛すぎて電車の中では読み進められなかった。
それにしても昔の女性はこんなにも真っ直ぐに子供を愛せていたのかと思うと羨ましくもある。セキさんの言葉に自分の時間がとか自分の人生が、とか自己犠牲を嘆く姿は全くない。子供が大きくなったらその家々を回って布団を繕ってやることを夢見る、そんな人生。もっとも、セキさんのように家族に恵まれず犠牲を強いられて辛い人生を送った女性が大半であろうからこの時代がよかったとも思わないが、子供を目の前にしたときの純粋な愛のようなものを、現代の私は随分拗らせてしまったのではないかと考えてしまった。
Posted by ブクログ
何気なく手に取って買った本でこんなに感動するなんて・・・。小林多喜二=プロレタリア文学=『蟹工船』と昔暗記したあの小林多喜二の母の物語だ。特高につかまり,拷問を受け,亡くなった多喜二。そんな知識で彼の印象を決めつけていた自分が恥ずかしくなった。三浦綾子さんは多喜二の母になりきって,独特の口調で語りかける。学はないが,寛容で息子の選ぶことはすべて善と信じ切る母。貧乏の中で育った多喜二は,貧乏な人を救うには世の中を変えなくてはいけないと考え,小説を書き続ける。若くして女郎に売られたタミちゃんに恋心を抱いた多喜二は彼女を救おうと自分の財をなげうつ。しかし,彼は彼女に指一本ふれようとしない。自立した学ぶ者同士が結びつこうと理想を語り,読んでいていらいらするほど,実直に生きる。いたわりあう二人があまりにいじらしく,いつしか「母」と同じ視点で彼ら2人を見守っている自分に気づく。彼の死はあまりにむごかった。母は牧師と出会い,息子の多喜二の死とキリストの死をだぶらせる。それでも命日が近づくたびに,哀しみが打ち寄せてくる。その哀しみは限りなく深い。
私はこの本を読んで多喜二が好きになった。タミちゃんという女性を好きになった。時代がもう少しずれていたら,彼ら二人はきっと結ばれていたにちがいない。
読み終わった後,もう一度多喜二が小さい頃書いた夢を読み返した。
「うちの母さんの手は,いつもひびがきれて痛そうです。着物も年がら年中,おんなじ着物を着ています。・・・ぼくは,ぼくのお母さんにも,よい着物を着せて,小樽の町中,人力車に乗せてやりたいです。これがぼくの夢です。」
こんな多喜二が好きになった。
Posted by ブクログ
読み終わって一言。しんどい。とにかくしんどい。
読んでいてこれ程までに胸を締め付けられるような小説がこれまであっただろうか? そう自問する。
読めば読む程、(殺されていい人なんていやしないのだけども)この人程、こんな死に方をしてはいけない人はいないだろうに、そう思って苦しくなる。
こんなに優しい人が、こんなに家族想いの人が、どうしてあんなに酷い死に方をしなければいけなかったのか。そればかりが頭の中でぐるぐると回った。
作中でお母さんも口にした疑問。小林多喜二はあんな目に遭わなければいけないような極悪人だったのか。そんなわけがない。元からそう思ってはいたが、この小説を読んでますますその思いが強くなった。
人一倍優しくて、誠実で、真面目な普通の人だ。
今ならば誰に咎められることもないような、当たり前のことを当たり前に言って、殺されるなんて。そんなことがあっていい筈がないのに。
ただただ悲しくて、それだけがぐるぐると胸の内に渦巻いているような、そんな感覚。
会ったこともない、それどころか私が生まれるずっと前に亡くなった小説家に、随分と惚れ込んだものだな、と自分でも不思議な気持ちになる。
知れば知る程、彼の小説を読めば読む程、彼が遺した作品は勿論のこと、彼自身もどんどん好きになっていくのだから本当に不思議なものだ。
それ程長くはないとはいえ、最初から終わりまでほぼ一気に読み切った。頁をめくる手を止められなかった。文字を追うのをやめられなかった。悲しい最期は知っているのに。
いつも以上に何もまとまらないけれどこれ以上書こうとしても悲しいとか辛いとかそんなことしか書けない気がするのでこのあたりでやめにしましょう。また読んだ時に、もう少し整理して何か書けたらいいと思う。
何度読んでも同じことになりそうではあるけども。
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小説・文芸
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