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圧倒的な物語力
物語の強度に圧倒された。
「血」の持つ宿命に抗いながら翻弄される男たちと、その生と死を見守る語り部たる産婆。
作者のいうところの「路地」、すなわちひとつの(被差別)部落の中で展開するストーリーがこれほどまでに広がりと深さと崇高さとエロスを持ち得るとは。
登場する6人の男たちの魅力もさるものながら、時空を超えて彼らを語りつくす産婆=オリュウノオバの奔放な思考が、本作品の常ならぬトーンを作り出している。
そして緻密で難解は文体も、この物語を支える不可欠の存在だろう。
それで、映画は.......どうなんだろう?
Posted by ブクログ
本作品には鬼が宿る。大江健三郎や三島由紀夫など読んだ瞬間に圧倒的才能を感じさせる天才が稀に居るが中上健次もその一人であろう。彼が「路地」と呼ぶ所謂部落出身者の湧き出る熱情を血で綴るように中本の一統の5つの物語を紡ぐ。説明的な読者への配慮は一切なく濃密で息苦しい程の言葉の茨が読者を捉える。
極めて優れた表現だと思うが筆者がいう「高貴で澱んだ血」を受け継ぐ者たちをオリュウノオバを軸に暴力や女性蔑視の表現を以て語られる。時空間や常識の概念に捉われず「高貴で澱んだ血」に縛られる。
芥川賞受賞作「岬」も凄い作品であったが本作はそれをも超えている。この作品がなんであったかは説明が難しい。ぜひ読書体験いただきたい。
Posted by ブクログ
夏芙蓉の甘い薫りが漂うと金色の鳥が甘い蜜を吸いに来る。熊野の山は烏天狗が舞い、天女が羽を休めにくる。龍は天へと昇っていく。鶯の声、梟の声が聞こえ銀色の川が流れる。蓮の池の上につくられた浄土は路地という。四民平等に憤り竹槍で刺されるは落人狩りをした土民たちの再現か。千年もの長きに渡って受け継がれてきた澱んだ血の所為か先祖が歌舞音曲に狂った報いの為の仏罰か。歌舞伎役者のような男振りに淫蕩、盗人は澱んだ血の為せる業。百年も千年も生きていたオバ。産婆と毛坊主の生と死を司る夫婦。非業の死を遂げる男衆たち。
紀州熊野の山村を舞台にした連作短篇集。ゾラのルーゴンマッカール家の遺伝を彷彿とさせる中本の血、マルケスのマコンドのような生者と死者、怪異が一体となった混沌とした世界観、有島武郎の『カインの末裔』のような土臭さ。面白い。中上健次は初読みだったが気に入ったので「紀州サーガ」をもっと読みたい。
〈どうせこの世がうたかたの夢で自分一人どこまでも自由だと思っても御釈迦様の手のひらに乗っているものなら何をやって暮らしてもよいと言いたかった。〉〈生きながらえ増え続けボウフラの如く生命がわきつづける事が慈悲なら空蝉のように生れて声をかぎりに鳴いて消える生命も慈悲のたまものだった。〉
Posted by ブクログ
★★★
山にへばり付くような土地作られた”路地”は、昔は町への出入りも制限され、男たちは革をなめしたり土木仕事をするしかない集落だ。
オリュウノオバはその路地のただ一人の産婆で住民の親世代は全員取り上げた。夫だった礼如さんは寺の和尚がいなくなってから在宅の坊主になった。坊主と産婆の夫婦である二人は、路地の住人の人生の出口と入口を見てきた。
礼如さんは中本家の血統。浄く澱んだ血を持つ中本の男たちは女を腰から落とすようないい男揃いで享楽に生き動物のように女と交り、決して長生きできない。
今は年を取り寝たきりとなったオリュウノオバはその床で中本の男たちの人生を想う。
中本の中でも格段の男振りを誇る半蔵、
体中から炎を吹き毛燃えるように生きていけないなら首をくくって死んだほうがましとヒロポンを打ち逢引相手の夫を殺す三好、
まるで異形との間に生まれたかのような文彦、
南米に移住して新天地を夢見るオリエントの康、
盗人生活から南米に渡り銀の幻影を見る新一郎、
北海道で路地と同じような境遇のアイヌ集落で発起しようとする達男。
寝たきりのオリュウノオバの意識の漂う時間は、過去も未来もない交ぜで、路地の過去千年を見てきて、そしてこの先の千年も見るだろう。
オリュウノオバの道徳観も、人が殺されればその分産んで増やせばいい、生まれたらみんな仏だ、というもの。中本の男たちが死んでも、自分が取り上げた子が死んだと嘆くのではなく、その死により中本の罪が清められたと拝む。
濃厚かつ圧倒的で吸引力のある作品です。
★★★
巻末の吉本隆明氏、江藤淳氏の解説が、論文のようで世界背景を解説してくれています。
作中の現実的出来事はかなり過酷だが、オリュウノオバの漂う意識という語り口で、同じ文章内でも複数の語り手からの目線で語られるために、幻想的でもあります。
作品内で圧倒的な文章力を見せつけられた二つの場面。長すぎて「引用」に入らないので書き出してみる。
(二つ目はネタバレのため、嫌な人は避けてください)
P127
≪オリュウノオバは眼を閉じ、風の音に耳を傾けてさながら自分の耳が舞い上がった葉のように風にのって遠くどこまでも果てしなく浮いたまま飛んでいくのだと思った。見るもの聴くもの、すべてがうれしかった。雑木の繁みの脇についた道をたどり木もれ陽の射す繁みを抜け切ると路地の山の端に出て、さらにそこをふわふわと霊魂のようになって木の幹がつややかに光ればなんだろうと触れ、草の葉がしなりかさかさと音が立てば廻り込んでみる。それはバッタがぴょんととび乗ったせいだと分かって、霊魂になっても悪戯者のオリュウノオバはひょいと手をのばしてバッタの触角をつかんでやる。風が吹いたわけでもないし他の危害を加える昆虫が来たわけでもないのに触覚に触れるものがあるとバッタは思い、危なかしい事は起こりそうにはないがとりあえずひとまず逃げておこうとぴょんとひと飛びするのを追い、さらに先に行くのだった。そこから朝には茜、昼には翡翠、夕方には葡萄の汁をたらした晴衣の帯のような海まではひと飛びで、田伝いに行って小高い丘から防風に植えた松林までえもいわれぬ美しい木々の緑の中をオリュウノオバは山奥から海に塩をなめに来た一匹の小さな白い獣のように駆け抜けて浜に立ってみて潮風を受け、ひととき霊魂になって老いさらばえ身動きのつかない体から抜け出る事がどんなに楽しいかと思い、霊魂のオリュウノオバは路地の山の中腹で床に臥ったままのオリュウノオバに、
「オリュウよ、よう齢取ったねえ」とつぶやきわらうのだった。「寝てばっかしで、体痛い事ないんこ?」
「痛い事ないよ」
オリュウノオバは霊魂のオリュウノオバにむかって、いつも床に臥ったままになってから身辺の世話や食事の世話をしてくれる路地の何人もの女らに訊かれて答えるように言って、霊魂のオリュウノオバが風にふわりと舞い、浜伝いに船が一隻引き上げられた方に行くのを見ていまさらながら何もかもが愉快だと思うのだった。オリュウノオバは自由だった。見ようと思えば何もかも見えたし耳にしようと思えば天からの自分を迎えにくる御人らの奏でる楽の音さえもそれがはるか彼方、輪廻の波の向うのものだったとしても聴く事は出来た。≫
≪以下ネタバレ!!≫
P76(中本の血統の一人、三好が首をくくった時のオリュウノオバの幻想)
≪オリュウノオバはため息をついて、三好の背に彫ってあった龍がいま手足を動かしてゆっくりと這い上がって三好の背から頭をつき出して抜け出るのを思い描いた。これが背の中に収まっていた龍かというほど大きくふくれ上り梢にぶらさがった三好の体を二重に胴で巻きつけて、人が近寄ってくる気配がないかとうかがうような眼をむけてからそろりそろりと時間をかけいぶした銀の固まりのようなうろこが付いた太い蛇腹を見せて抜け出しつづけ、すっかり現れた時は三好の体は頭から足の先まで十重にも巻きついた龍の蛇腹におおわれてかくれていた。龍が抜け出た背中の痛みを舐めてなだめるように舌を出して腹のとぐろの中に頭を入れる度に宙に浮いた形のまま龍の腹はズルズルと廻り、風で物音が立つと飛び立とうとして顔を上げた。龍が急に顔を空に上げ、空にむかって次々と巻いた縄をほどくようにとぐろを解きながら上り一瞬に夫空に舞い上がって地と天を裂くように一直線に飛ぶと、稲妻が起り、雲の上に来て一回ぐるりと周囲を廻ってみて吠えると、音は雲にはね返って雷になる。
三好が死んだその日から雨が降りつづけた。
オリュウノオバはその雨が、中本の血に生まれたこの世の者でない者が早死にして夫にもどって一つこの世の罪を償い浄めてくれたしるしの甘露だと思い、有難い事だと何度も三好にむかって手をあわせた。≫
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