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天才絵師の名をほしいままにした兄・光琳が没して以来、尾形乾山は陶工としての限界に悩んでいた。追い討ちをかけるように、二条家から与えられた窯を廃止するとの沙汰が下る。光琳の思いがけない過去が、浮かび上がろうとしていた…。在りし日の兄を思い、乾山が晩年の傑作に苦悩を昇華させるまでを描く歴史文学賞受賞の表題作をはじめ、戦国から江戸の絵師たちを綴った全5篇を収録。松本清張賞作家の原点、待望の文庫化。
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Posted by ブクログ
各々に実在した近世の芸術家をモデルとする主要視点人物が据えられている5篇が収められている。 以下、何れも少し難しい漢字の題を冠した5篇の名と、各篇の主要視点人物のモデルとなった芸術家の名、伝えられる生没年を挙げる。尚、これ位の時代の人は自称、他称で色々な呼び名が在る場合、何かの契機で改名する、青年期...続きを読むと壮年期や老境というように人生の中で名乗りを変えるという例も多い。そこで「多分、最も広く知られているであろう」と見受けられる、百科事典的なモノで調べると直ぐに出て来る名を挙げておいた。 『乾山晩愁』(けんざんばんしゅう):尾形乾山(1663-1743) 『永徳翔天』(えいとくしょうてん):狩野永徳(1543-1590) 『等伯慕影』(とうはくぼえい):長谷川等伯(1539-1610) 『雪信花匂』(ゆきのぶはなにおい):清原雪信(1643?-1682?) 『一蝶幻景』(いっちょうげんけい):英一蝶(1652-1724) 何れも自身の創作の他方に在る人生の課題に向き合い、各々の“時代”の中での生き様が描かれるという物語で非常に面白い。 尾形乾山は彼以上に知られる存在と見受けられる尾形光琳の弟である。陶芸家であり、兄の光琳が画を入れるという共作も知られているという。兄の光琳が逝去して暫く経った頃、光琳に縁が在った女性と、光琳の子である少年が乾山の前に現れる。そんな中で展開する人生模様と創作活動との物語が『乾山晩愁』である。 狩野永徳は天才の名を恣にしたような時代の寵児であった絵師だ。「天を翔ける画」というようなモノを目指して、創作を追求する。他方で後継者の育成等にも配意している。そういう天才絵師の生き様を描くのが『永徳翔天』である。 長谷川等伯は地方から京に出て、絵師として声望を高めるのはやや遅めであったが、有力な後援者も得て立場を高めて行った。画壇の主流のような感であった狩野派に対し、長谷川派というようなモノを確立することを目論んで、創作活動に勤しみ、後継者の育成にも配意していた。そういう生き様と、等伯がやがて至った境地というようなことが描かれるのが『等伯慕影』である。 狩野探幽の高弟の娘であった雪は、探幽の下に画を学び、やがて母方の姓を採って、加えて師に許された“信”の字を入れて「清原雪信」と号し、絵師として活動をすることになる。この清原雪信が自身の幸福を追いながら創作活動に勤しもうとする中、狩野派一門の派閥争いのようなモノの影が彼女の人生に掛かる。そういう受難も在る中での生き様を描くのが『雪信花匂』である。 現在知られる「英一蝶」という名は、年齢を重ねて絵師として声望を得て活躍した以降の号であるという。寧ろ小説では多賀朝湖(たがちょうこ)という若い頃の名で登場している。狩野派に学んだ絵師であった朝湖は画業に飽いて放蕩の暮らしをしていたが、そんな中で「世の中の裏に在る争い」というようなモノの片鱗に触れることになる。そんな様子や、数奇な運命や、自身の創作に開眼して行く様の物語が『一蝶幻景』である。 何れの作品も、伝えられる有名な作品が生まれた経過や、作品そのものに関する話題は少ない。各々に人生と創作に向き合った芸術家達の生き様というようなモノ、彼らが生きた時代の様相というようなモノが主題であると思う。 読み易い分量の5篇は何れも佳い。広く御薦めしたい。
珍しく尾形光琳ではなく、弟の乾山を主役とした表題作から始まり、狩野永徳、長谷川等伯、清原雪信、英一蝶といった絵師達の物語が続く。安部 龍太郎の『等伯』を読むと永徳は完全に悪者だが『永徳翔天』を読むとあら、良い人じゃないと思った。 お寺、美術館巡りがますまず楽しくなる。
絵師と画家が同じものか分からない。 が、以前、ある画家の絵を見て、それを通して画家の目に映る世界に触れて、確信したことがある。 画家は、狂気を見ている。 この話に登場する絵師たちも、同じ世界を見ている気がする。 特に、永徳は。 美しいものを描けるのは、汚いもの、地獄を知っているからこそなのか。 そう...続きを読むだとすると、絵師は修羅になるのではなく、修羅が絵師になるのかもしれない。
尾形乾山(光琳)・狩野永徳・長谷川等伯・狩野雪信・英一蝶…絵師たちを主役に歴史の動乱を書いた短編集。切り口が面白い。
大ファンである葉室さんの最初の受賞作品ということで手に取りました。武士の話ではなく、絵師の話。いつものパターンのは違いましたが、後の作品にもこの短編からの逸話が見受けられますよね。和歌も出てくる。芸術が葉室さんの作品を武骨だけでない奥深さの隠し味のような気がします。絵師も"修羅"...続きを読む。歴史ものとしても、絵師を通じた時代感も味わうことができました。
戦国から江戸元禄期に渡り後世に名を残した尾形乾山、狩野永徳、長谷川等伯、清原雪信、英一蝶といった絵師、陶工達を描いた5篇の短編集。主人公はそれぞれ異なり、独立した作品集ではあるが、時の権力者に深く関わる狩野派が絡んでおり連作短編集的な楽しみもある。 天才的な絵師の創作活動を語るというよりも、創作する...続きを読む上での絵師が、人としていきる様々な欲望や希望、そして到達する達観を見事に描いている。
江戸の絵師ー尾形乾山、狩野永徳、長谷川等伯、狩野雪信、英一蝶ーをそれぞれ主人公とした短編5篇。 著者には、『いのちなりけり』3部作や『はだれ雪』など忠臣蔵異聞ともいえる作品があるが、本書でも赤穂浪士討入りの裏話が綴られる。 表題作の「乾山晚愁」では、赤穂浪士討入りの装束も尾形光琳好みで、光琳の匂いが...続きを読むすると語られる。光琳絡みで討入りの資金が出ているとの解釈も。 「一蝶幻景」では、赤穂浪士は大奥の争いの代理だったと。背景にあるのは、大奥を舞台としての幕府と禁裏の争いが。 絵師たちの生き様とともに忠臣蔵異聞も描かれる、小説家の想像力の豊穣を味わえる短編集で、忠臣蔵ファンにも見逃せない一冊。
久しぶりに読む葉室作品。今作は絵師に焦点を当てた五編。 表題作は尾形光琳の弟・乾山(けんざん)。初めて知った人物だが、家族が偉大だと辛いところがあるだろうと思いながら読んだ。 しかし話は意外にも赤穂浪士の討ち入りと絡んでくる。最大の後ろ楯であった二条家から出入りまで禁じられるという窮地に…。 表題...続きを読む作なのに短いのが勿体ない。乾山の紆余曲折、兄・光琳の隠し子とその母との関わりなど、読みところが多い割にサラッと流されていた。 第二話は狩野永徳が如何にして絵師として天下を取ったのか、第三話ではその狩野派に勝負を挑んだ長谷川等伯の闘いと何故その後長谷川派は消えていったのかを描く。 こういう、武将たちだけではない天下取りの闘いは面白い。信長や秀吉が茶の湯を政治利用したように、絵画も政治や出世に関わった。ということは、絵師たちもまた如何に武士たち権力者たちに入り込むかという闘いがある。絵師たちもまた時代の流れ、先を見る目が要る。彼らから見ると、戦国時代も一味違って映る。 第四話は趣を変え、狩野探幽の姪の娘、清原雪信の話。これまた初めて知る人物。閨秀画家として名を成しながら狩野派の勢力争いに巻き込まれていく。その中で恋と意志を貫き絵師として短くもしっかりと生きた彼女の姿は美しかった。 しかし彼女以上に魅力的だったのは兄の彦十郎。絵師としては才能がなかったし乱暴者で厄介者だったが、妹のために彼らしい後押しをしてくれた。 第五話は英一蝶。詳細が分からない島流しのエピソードにこんなドラマを作り上げるとは。 前話の彦十郎もチラッと出てくるのも嬉しいが、ここでまた赤穂浪士絡みの話になるのもニクい。忠臣の話に終わらせないところは面白い。 絵師たちの闘い、生きざま、心の澱や襞の奥までも見えた作品集だった。
どの世界にいても自分と戦い、周りと戦う。 それが刀でなく絵筆でも。 どう自分らしい生きかたをするだとか、潰されない生きかたをするのかを模索していく過程が非常に面白い。
前に書いたレビューが何故か消えている…もう一度。 尾形光琳はよく知っているけれど、その弟の乾山はあまり知らなかった。器が有名だよね、くらいの知識。 その乾山を主人公に据えた話。 語り口も端的で美しく、色々な人の思いも昔の日本的で上品で、読んでいて心が洗われるよう。内容はドロドロだけど。
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