コンクリートは永遠のものではなく、放っておいたら壊れるのだ。
笹子トンネルの天井崩落事故以降、高速道路のトンネル点検の場面にたびたび遭遇した。そう、コンクリートには点検が必要なのである。
建物・構造物が完成するまでの工事保険はあっても、人間の生命保険に相当するような保険がない。けれどコン
...続きを読むクリートも病気になる。「塩のとりすぎ」も体に悪い。健診を怠れば、病魔は深刻なところまで進む。けれど、保険がない(資金の手当がない)から、なおせない。これが現在のコンクリート建造物の実情である。笹子トンネルの件は、大きく報じられて国が動いたが、橋やらビルやら下水管やら、コンクリートで出来た古いものは沢山ある。
そして、戦前の、現場施工のコンクリートに比べると、生コンを工場でつくって持っていく、という現在のスタイルのコンクリートのほうが強度に劣るという。
欠点を克服した新型コンクリートの紹介もあるが、全体の主旨としては、とにかく健診をして保険に入れるようにしろ、と。
コンクリートから人へ、という浅はかなフレーズでコンクリート界隈が貶められたりして、学生も減ったり、ということで将来が危ぶまれるところもあるようだ。式年遷宮のように、ダムをずらして複製していくやり方なども提言されている。
鉄筋と出会ったことがコンクリートの飛躍でもあり不幸でもあった。コンクリートのメカニズムと、必ず起こるといってよい危機への備え。とかく、住宅レベルでは一度打ったらもうそれっきり、というコンクリートだが、病気もするし死んでしまうこともあるのだ。
コンクリートには問題もあるが正しく扱って安全な未来を、という方向ではあるが、怖さがどうしても目立ってしまう。特に近年の日本では、いろいろなものがメンテナンスフリーのように思い込まれている。
モノは、もっと適度に壊れないとイカンのだ。あるとき急に、ではなく、適度に。