都市計画の講義などでは必ず示される『アメリカ大都市の死と生』の著者ジェイコブズが、都市同士のかかわりやそれによる都市の盛衰に目をむけて視野を広げた一冊(旧訳題『都市の経済学』)。
『アメリカ…』ほど名が知れていないが、それは、塩沢氏の解説でも指摘されているとおり、それまでの都市経済学の根本を覆すよう
...続きを読むな大作であるがゆえに、かえってなかなか後世の研究者による追随や拡張を許さなかったという面があるのだろう。
しかし今日の日本では、「地域(地方)が消滅する」といった文脈から地域再生に目が向けられ、また藻谷氏の『里山資本主義』が売り上げを伸ばす等しており、ジェイコブズによる主張にようやく世間が追いつき、参照しようとしているのかもしれない。(『里山資本主義』はまさにジェイコブスのいう「輸入置換」の重要性を、よりミクロな視点から説いたものであるとも言える。)
20年以上前の著作であるが、きわめて今日的であり、地域ないし国家において行政・経済・都市計画・インフラ整備、あるいは国際協力に携わる者に対し重要な問題提起をする。必読。
個人的には、TVAの失敗のことや、ミャンマー(ビルマ)の鎖国的政策のことにかかわる記述が印象的。
前者は、TVAはえてして土木工学(河川工学)において、日本にとっての見本となったと語られるものだからだ。
また後者は、ミャンマーは現在日本(やその他先進国)から急速に
"技術を含めて学びながら"投資を受け入れており、これが恐らくミャンマー(ヤンゴン)の輸入置換、経済発展を実現するだろうと考えたからだ。
===
本書でのジェイコブズの主張は、おおよそ以下のとおり。
(なお、<>は便宜的に大見出しをつけてみたもの)
<0.導入:都市の経済学へ>
○経済成長を考える際の単位は「都市」であるべき。(「国民総生産」から始めるスミスの議論だとか、「途上"国"」の今後の発展を前提とする議論とかは、間違っている)【1章】
<1.都市と輸入置換と5つの力>
○都市は「輸入置換」により成長する。(つまりイノベーションによる成長する)【2章】
○輸入置換により成長した都市は、その周辺地域に5つの観点で(バランス良く)影響を与えることで、「都市地域」とも呼べるような一帯を育む。それは「(1)市場、(2)仕事、(3)移植工場、(4)技術、(5)資本」の5つの力である。【3章】
○逆に、中核たる輸入置換都市なくして、これらのうちいずれかの力"のみ"を遠隔地に投入しようとしても失敗する。【4-9章】
○よって後進都市の成長のためには、輸入置換・イノベーションが必要だが、それは緩やかで日常的で流動的な交易におけるインプロビゼーション(ちょっとした創意工夫)によってのみ生まれる可能性がある。だから先進都市経済との交易ではなく、後進都市同士の交易を必要とする。【10章】
<2.国単位から、地域単位へ>
○(国毎の)通貨というのは、対外貿易では、行き過ぎた経済格差を(為替変動により)修正する機能を有するが、地域単位での格差を修正しない。それどころか国単位で丸められることにより、例えば首都の都市が強力であれば、その他諸都市はそれに引きずられた調整を受けてしまう。【11章】
○よって、諸都市が停滞してきた際にも国として束ねるべく、諸都市には(1)軍需生産を与えたり、(2)補助金・交付金を与えたり、(3)先進都市による投資をしたり、するのだが、これらは諸都市のインプロビゼーションや輸入置換を妨げる、いわば「衰退の取引」である。【12-13章】
○結局のところ、地域ごとの多様性・自由さ(=ガチガチに縛らない「漂流」的なあり方)こそ、インプロビゼーションそして発展を可能にし得るのだ。【14章】
===
最後に、二編の解説について。
一つ目、片山氏(もと鳥取県知事)のものは、解説というより、自己紹介とコメント、といった形。自分の知事時代の功績を(ジェイコブズの主張に照らして)美化して記述する様子には違和感がある。しかし、公共事業の経済効果に係る見方には、ある程度、なるほどと思った。また地域通貨についての「今後改良されて、地域間格差を埋める手立てとなれば」という指摘には全く同感。
また二つ目、塩沢氏のものは真っ当な解説で勉強になった。本書の背景や意義を、自身の本書への出会いから得た衝撃も織り交ぜながら、分かり易く説明している。「関西経済論」に関する記述だけは、やや冗長に感じたが…。