その右翼的言辞から、首相の奏薦権を持っていた元老西園寺に嫌われ、なかなか首相になれなかったこと、"欧州情勢は複雑怪奇"とステートメントを出して内閣総辞職したこと、本書の対象人物、平沼騏一郎についてはそのくらいのことしか知らなかった。
しかし、司法界では検事総長、大審院長を歴任、そして首相と、司法
...続きを読むと行政の頂点を極めた唯一の政治家と言われると、どんな人物だったのか興味が湧く。
前半は、司法界での経歴や実績が語られる。西洋と同格になるための刑事法令改正の立案、検察官による捜査範囲の拡大や起訴便宜主義等検察権限強化のための活動に加え、大逆事件への積極的関与、政界絡みの贈収賄事件における捜査指揮と関係方面との調整、いわゆる平沼閥の存在などについて、詳しく紹介される。
後半はまず、首相を目指しての活動が紹介される。右翼団体と言われる国本社をバックに政治的影響力を増大させようとしたこと、陸海軍幹部との関係を強化しようとしたこと、政党とは一定の距離感をとっていたことなど。
そして大願かなって首相となったものの、泥沼化する日中戦争、アメリカとの対立、三国同盟締結を巡っての国内対立等課題山積の中、独ソ中立条約締結を契機に、首相を退くこととなる。
首相退陣後も近衛内閣入りし、重臣として一定の影響力を保持していたこと、開戦・終戦時にも意思決定に関わっていたこと、そして敗戦後はA級戦犯として裁かれる、という後半生が描かれる。
全体を通読しても、平沼がどういった政治信条の下、どのような政策を行おうとしていたのかが、今一つ焦点を結ばなかった。政党系の政治家であれば、一応一定の政策群が示される訳だが、天皇を中心に全国民が処を得ると言われても、それは精神論である。
本人自身が具体的な政策をほとんど語らなかったためであろうが、その辺り不完全燃焼の感が解消できなかった。
もっとも、活動歴や人物像で知らないことが多かったので、バイオグラフィーとしては、大変面白かった。